20.家族の願い
ーーーーソフィーの様子がおかしい。
ジョンはソフィアが部屋に入ってきた時からそう感じていた。
はじめは、レイラのいいようにさせられたせいできっと疲れたんだろうと思っていたジョンだった。
しかし、いつもゆっくり歩いている時よりも、さらに遅く歩くソフィアを見て、ジョンの頭の中に不安がよぎった。
そして食事が始まり、話ながら料理を進めていくうちにどんどん無表情になり顔が青ざめていくソフィアを見て、頭の中にあった不安が警戒へと変わり、メインのステーキが運ばれてきた時、ジョンは音を立てて立ち上がった。
「ジョン、全くお前は食事中だぞ、座れ」
「兄さん行儀悪いよ」
「ジョン?ふふっ、もう一度礼儀を叩き直さないとかしら?」
シリウスとリアンに注意されレイラに笑いながら恐ろしいことを言われたジョンだったが、そんな言葉は全て無視し、テーブルの反対側にいるソフィアへと近づき、膝をつくと目の前のソフィアの顔を覗き込んだ。
「ソフィー?」
声をかけ、ソフィーがジョンに振り向いた瞬間、その小さく軽い体がぐらりと揺れジョンのいる方へと倒れ込んできた。
「ソフィー!!」
ソフィアが倒れたことで全員が食事を中断し、シリウスは急いで駆け寄ってきたが、ジョンが倒れてきたソフィアを素早く横抱きにし、ソフィアの部屋の寝室へと連れて行った。
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「ソフィー大丈夫か?」
ーーーーここは、どこだろう
「もう少しでマーガン先生が来るからな」
ーーーージョン様の声が聞こえる
何も言えないままソフィアは意識を失った。
「マーガン先生、ソフィーは?」
「落ち着いてくださいジョン様、ソフィア様は大丈夫ですよ」
「俺、ソフィーが調子悪いのに気付けなかった」
「ソフィア様は必死に隠しておられたのでしょうな。楽しい時間に水をさしたくなかったのだと思いますよ」
「それでも....前は気づけたんだ........」
少し悔しそうな顔をしたジョンは拳を握りしめてマーガンに言葉を返す。
「ソフィアさまの体調が悪くなったのは急にいろんなことがありすぎて溜まったストレスが原因でしょう。要は精神的な疲労です。靴づれもしていました。それとコルセットも締めすぎだったのではないかとエミリアが申しておりました。」
歩くのがいつもより遅かった理由をジョンはようやく理解した。
「それと、お食事はされましたか?」
「あぁ、普通に夕食を食べていたところだった」
「......でしたらそちらも原因の一つかもしれません」
「どういうことだ?」
マーガンはジョンの問いに、ソフィアの食事量が少ないことや重いものが食べられないことを教えた。
「食事のこと、なんでマーガン先生とエミリア先生しか知らないんだ?」
「......ソフィア様に止められていました」
「なんで.......」
「理由は分かりませんが食べるものについては誰にも言わないで欲しいと言われておりましたので」
ジョンはソフィアがなぜ自分の食事について隠すのか疑問に思った。
マーガンは、知りたいのなら自分でお聞きくださいとジョンに言い、話し終えたあと部屋を出ていった。
「ジョン?ソフィアは大丈夫かしら?マーガン先生は何と?」
レイラが部屋に入ってきたが、ジョンは正直今は誰にも会いたくなかった。
ソフィアに無理をさせただろうレイラに一瞬怒鳴りそうになったが、堪えたジョンは少しイラついた口調でレイラの質問に答えた。
「ソフィーは精神的疲労だってさ、靴づれとコルセットの締めすぎもあるって。母さんソフィーに何したんだよ」
事情を知らないレイラはただ娘ができるということに喜んでいただけだったが、それが逆にソフィアを追い詰めてしまった。
「そう、じゃあ病気とかではないのね。ごめんなさい、私のせいかもしれないわ」
「.......何したんだよ」
「身ぐるみ剥がしちゃったのよ」
「はあ?」
レイラの言葉に変な声の出たジョンだったが、すぐに意味を理解して、深いため息をついた。
「じゃあソフィアに触ったんだな?」
「ええもちろん。でも後はメイドの二人に着替えを任せたくらいよ」
メイドという言葉にさらに深いため息をつきそうになったジョンだったが、なんとか堪え、もっと早くレイラに事情を伝えておくべきだったと後悔した。
レイラにはシリウスが話すと言っていたが、早めに説明するように言おうとジョンは思った。
「ソフィアはあんまり体が強くないんだ。それと分かるだろうけど、今はまだ歩くことも精一杯で人と関わることに慣れてない。母さんがソフィーのことを歓迎してくれるのは嬉しいけど、もう少しソフィーのこと考えて行動してほしいんだよ」
ソフィアを心配しているジョンの言葉に、レイラは自分がはしゃぎすぎて、考えが足りていなかったことに気づき、ソフィアから合わせてくれていたと分かり反省した。
「ごめんなさい。だめね私、今日は嬉しくて全然周りが見えていなかったわ。ソフィアに喜んでもらいたかったのに........これじゃ意味ないわね」
ソフィアのいる寝室の方を見ながら深いため息をついたレイラは明日また来ると言って部屋を出ていった。
ジョンも顔色は悪いが安定した寝息を立てて寝ているソフィアを見て安心し、部屋を出ていった。
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「...................」
(私、夕食の時に倒れてそのまま......)
夜、目が覚めたソフィアは自分がネグリジェを着ているのを見て倒れたことを思い出し、起き上がった。
部屋には誰もおらず、その暗く静かな部屋は塔でのことを思い出すため、起きたソフィアはそばにあったガウンを羽織り杖を片手に静かに部屋を出て行った。
そして、水をもらいに行こうと一階の応接室の前を横ぎったソフィアは部屋から漏れた灯りと聞こえてくる声に思わず足音を消し近づいて、いけないことだと分かってはいたが聞き耳をたてた。
「そうなの、ソフィアにはそんなことがあったのね。ごめんなさい、私全然知らなくて勝手なことをしてしまって.......」
「いいんだ、レイラ。きっとソフィアは驚いたろうが、嬉しかったと思うぞ」
「そうかしら?」
「僕もこれから気をつけます」
聞こえてくるのはシリウスとレイラの話し声だった。その他にもジョンやリアンの声が聞こえ、ソフィアの過去をレイラとリアンにシリウスが話し終えたところだった。
自分の過去が知られてしまったことを少し悲しく思って聞いていたソフィアだったが、知らなければ今日のようになってしまうと思い話をしたのだろうと理解していた。
「でもソフィアはあまり表情に出ないからな。私たちが気づいていかなければいけないだろう」
「そうね、ソフィアはあまり笑わないものね。私たちと生活していくうちに笑うようになってくれると嬉しいわよね」
「ええ、あんなに可愛いですから笑顔もきっと可愛いでしょうね」
シリウスとレイラ、リアンの言葉を今まで黙って聞いていたジョンは静かに話し始めた。
「ソフィアは自分のことあんまり話さないから、こっちから突っ込んで聞くのもたまにはいいと思うんだ。もちろん本人が言いたくないことは別としてな」
「そうね、私たちからひいてても始まらないものね!」
ジョンの言葉にレイラが賛成の意を述べた。
他の二人も頷いたところで、今度はシリウスが話し始める。
「ソフィアは、私たちに一歩引いているところがあると思うのだが」
「あー、あるな。いまだにソフィーにあんまりお兄様って言ってもらえないし」
「私もお母様って呼ばれたいわ」
「俺もお兄様って呼ばれたい!」
自分たちのソフィアへの願いを吐き出した家族は、その後もソフィアへの今後の対応の仕方について話していた。
側でこっそり聞いていたソフィアは家族の優しさに心がじんと暖かくなり目元が熱くなった。
「.......あの子が亡くなってからようやくできた娘ですもの。大切にしたいわ」
「ああ、そうだな」
「俺もようやくできた妹だからな〜」
「ふふふ、そうね。私が産めなかったあの子の分まで愛していきたいわ」
ーーーーああ、私はまた誰かの........
ソフィアは静かに立ち上がりそっと部屋へ戻ろうとした。
しかし、ずっと座っていたからか足がもつれて転んでしまった。
その時に鳴ってしまった杖の音で、応接室にいた四人は話をやめ、真っ先に廊下へと出てきたのはジョンだった。
「ソフィー!大丈夫か?転んだのか」
ジョンに聞かれたソフィアは、今の話を聞いたことを隠すことに決め、バレないように必死で顔を取り繕った。特にジョンは勘が鋭く、人のことをよく見ているため、ソフィアはいつも以上に気をつけなければならない。
「は、はい水をいただきに行こうと」
「なんだ、部屋のベルで呼んでくれれば行ったのに、立てるか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「お兄様」と言おうとしたソフィアだったが、それを言えば先ほどまでの会話を聞いていたことがバレてしまうと思ったので言うのはやめた。
そしてジョンにお礼を言いながら杖を受け取り立ち上がると応接室へと入った。
「先ほどは皆さんのお食事の時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
「そんなこといいのよ〜!気にしないで!私の方こそごめんなさいね、無理をさせて」
「いえ、とんでもありません」
より一層距離の感じるソフィアの態度に全員苦笑いを浮かべ、それに気づいたソフィアは先ほどの四人の会話を思い出し、自分から話せば少しは喜んでくれるのだろうかと考え、言葉を口にした。
「あの、家庭教師の件についてなのですが」
「ああ!そうだった、明後日から来ることになっているのだが、体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。お料理が美味しくてつい食べ過ぎてしまい恥ずかしいです」
「......そうか、それは良かった」
四人はジョンからソフィアの食が細いことを聞いていたので、ソフィアの言葉が嘘であることはすぐに分かったが、今回は気を遣ったソフィアの言葉に合わせることにした。
そして、まだ厨房にいたアーサーから水をもらい、今日の料理がとても美味しかったことと、最後まで食べられなかったことを謝罪し、ジョンに連れられて部屋へと戻って行った。
その日はソフィアの心に暗い影を落としたがそれに気づかないように、ソフィアは深い眠りへと入っていった。




