16.特別
この回で少しソフィアとウィリアム王子の関係が変わります!
初めて部屋の外に出たソフィアは、ストレスから熱をだしウィルの仮眠室で眠っていた。
暗いところが苦手かもしれないというソフィアを気遣ってか、仮眠室には薄ら明かりがついている。
夜、聞こえてきた小さな風の音で目が覚めたソフィアは自分がどこで眠っていたのかを思い出し、慌ててベッドから降りようとし、ジョンが部屋へ来たときと同じようにベッドの下の床に座り込んでしまった。
立てなくなったソフィアはなんとかレオンが名付けた『車椅子』に座ろうとあたりを見渡した。
そしてなんとか車椅子を見つけることは出来たが、それは歩けないソフィアにとって酷く遠い距離にあるように思えた。
しかし、毎日汗で体が濡れるほど歩く訓練をしているソフィアはそれでもあきらめず、必死に腕の力で足を引きずりながら車椅子がある方へと向かっていった。
もう少しで車椅子へ手が届くと思ったところで、懸命に体を支えていた細い腕から力がなくなり、ソフィアはその場に倒れ込んでしまった。
塔から出て、毎日食事をするようにはなったものの、たまにしか与えられなかった食事のせいかソフィアは食が細く、スープ一杯を飲むのも一苦労だった。
食事を運んでくるのはメイドではなくエミリアであるため、それを見たエミリアは必死に涙をこらえながら食事をするソフィアを見つめていた。
このことから、ソフィアの体は羽のように軽く、倒れたり転んだりしても小さな音しかしないため、誰も気がつかない。
今は夜で、それもかなりおそい時間なのか、普段なら小さく聞こえるソフィアの音も静寂の中では少し大きく聞こえた。
執務室には残った仕事を丁度終わらせたウィルが、ソフィアの音に気づき仮眠室へと歩いてきた。
「ソフィア、起きたのか?」
姿は見えないものの、聞こえてきた心地良い低音の声にソフィアはドキッとし、扉のある方を見た。
扉はゆっくりと開き、ソフィアの中にはかつての暗闇の中での出来事が頭の中をよぎったが、入ってきたウィルがすぐに明かりをつけたためソフィアの中にあった恐怖は消え去っていった。
ソフィアが床に倒れているのを見たウィルはすぐに駆け寄ろうとしたがやめ、ゆっくりと部屋の中へと入っていき、倒れていたソフィアと目線を合わせるようにして目の前にしゃがみ込んだ。
「何をしてるんだ?」
「いえ、えっと...椅子に行こうとして......」
「そうか、頑張ったな」
そう言われた瞬間、ソフィアの体の奥には暖かいものが広がった。
「それにしても良くここまで歩いたな。体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そうか..少し触れても良いだろうか?」
その言葉にビクッ!と体を震わせたソフィアだったが、すぐにウィルが説明をし始めた。
「いや!今日のジョンとの熱の件があるからな、少し確認したいだけなんだ。いいか?」
「はい、どうぞ」
そう、触れることを許可したソフィアの白く小さな額にウィルの大きくて温かい手が触れる。
ソフィアは無意識の中で触れてくる手を気持ちいいと感じていたことに最後まで気づかなかった。
「熱は....少しあるが下がったな、良かった」
「はい、ご心配ありがとうございます」
確認し終わったウィルは少し考えながらソフィアへ話しかける。
「どこかに行きたかったのか?」
「え?」
「いや、椅子に座ろうとしていたからどこかへ行きたかったのかと思った」
「あ、いえ、眠れなくて....」
ベッドに戻ることが出来なかったという意味で言ったソフィアだったが、ウィルはそのままの意味で捉えたらしくソフィアを執務室へ誘った。
「そうか、なら一緒にお茶を飲みにいかないか?俺も丁度仕事が終わったところなんだ」
「え?あ、はい」
自分の言った言葉が違う意味で捉えられたことが分かり一瞬戸惑ったが、ソフィアはまあいいか、と思いウィルと一緒にお茶を飲むことにした。しかし自分で立つことが出来ないソフィアはじっとウィルを見つめた。
「なんだ?...ああそうか」
ウィルもソフィアが立てないことに気づきソフィアにもう一度許可を取ろうかと思ったが、ソフィアのこちらを見てくる可愛い赤いウサギのような目を見て、少し意地悪いことを考えた。
「ソフィア、自分で頑張れ」
「!!」
その言葉にソフィアは驚き、目を見開いた。
「ははっ!冗談だ冗談。触れても平気か?」
「....はい、お願いします」
ソフィアの表情が面白かったのか笑ったウィルは、少し頬を膨らませ全く怖くない顔で睨んでくるソフィアに許可をとり、華奢で真っ白な軽い体を横にして軽々と抱え上げ、そのまま執務室へと連れて行った。
てっきり椅子へと座らせてくれると思っていたソフィアは、横抱きにして自分を膝の上へと乗せたまま執務室のソファへ腰掛けるウィルにさらに驚いた。
「あ、あの椅子へ乗せていただけるのでは....」
「あそこでは落ち着いて寝られないだろう?今日はこれが終わったらそのままいつもの部屋へ連れて行く、そっちのほうが落ち着いて寝られるだろうしな」
「あ、えっと...はい、申し訳ありません」
「ソフィア、そういうときはありがとうと言え。謝罪より礼の方が俺も嬉しい」
「...はい、ありがとうございます」
確かに自分はお礼を言うより謝罪をすることの方が多いかもしれない、とウィルの膝の上で考えていたソフィアは、ウィルが飲んでいるお茶を見て違和感を覚えた。
「ウィリアム殿下」
「ん、なんだ?」
ウィルから微かに香る匂いの正体に気づきいたソフィアは少し意外に思いながら、いつものような全く変わらない表情でウィルを見つめた。
「それはお茶ではありませんが.......お酒を飲まれるのですか?」
「あぁ、まあ、執務の後は基本毎晩飲んでるな」
「毎晩ですか....体に障るのでは?」
ウィルの言うお茶とは酒のことで、全くお茶ではないと思ったソフィアはもう何杯目かも分からないほどお茶を飲んでいるウィルを見て心配そうに問いかけた。
「ああ....ソフィアは酒はだめだったか?」
「?」
「マーガンから聞いた、つらかったな」
「....」
酒がだめだとなぜ思ったのか疑問に思ったソフィアは、マーガンから聞いたというウィルからの言葉で、エミリアに話したことが全て伝わってしまったのだと瞬時に理解した。
「勝手に聞いて悪かった、マーガンを責めないでくれ」
「いえ、だいじょうぶです」
「知っているのは俺とジョンとレオンだけだ。安心して欲しい」
「はい....」
「信用できないか?」
ーーーー信用していないわけではない、むしろ信用も信頼もしている。しかしそれを言葉にしたところで自分は受け入れることができるだろうか、受け入れてもらえるだろうか。そうしたことをいつか後悔するときはないか。
そんなことを悶々と考えていたソフィアは考えがまとまらないままウィルに返事をした。
「信用はしています。皆さんが私の話を聞いたことも怒っていませんし大丈夫です。」
結局、ソフィアはいつも通りの顔で淡々と話をした。
そんなソフィアを見て、ウィルは静かに語り始めた。
「ソフィア、人間は失敗も後悔もする生き物だと思わないか?少なくとも俺はそうだった。今でもたくさんしているし、でもその中で見つけた人との関わりや学んだことも多くある。ソフィアはずっと塔の中に閉じ込められていて、そういった経験が極端に少ない。今まで関わってきた人たちは自分のいる場所に寄ってくるばかりだろう?」
「...はい」
「だからこれからはまず、自分の目で見て生きたいところへ行き、周りの者たちと関わっていくことで、自分の中の自信や価値観をつくっていくことが必要なんじゃないか?当然、歩む道には失敗も後悔もあるだろうし、受け入れたくない者も多くいるだろう。それでも皆、それを恐れながらも受け入れ前へと進んで行っている。ソフィアの周りにはもう十分ソフィアを受け入れ、そして愛してくれている人たちがいる。怖がりながらでもいい、踏み出しさえすればきっと君は前に進むことが出来るはずだ。違うか?」
ウィルは自分の考えを言った上でソフィアに尋ねた。
「殿下のおっしゃるとおりかもしれません。ですが私を受け入れてくれるのは、皆さんが私の事情をご存じだからではないですか?同情....かもしれません。申し訳ありません、こんな言い方をしてしまって」
「いや、構わない。考えは俺の持論だからな。そうだな.........俺がソフィアを信用して受け入れていると言ってもソフィアは信じられないんだろう?」
「はい、申し訳ありません」
「そうだな、ではそれを示めそうか」
「示す、ですか?」
ウィルがそれをどのように示すのか分からないソフィアは首を傾げながら聞いた。
「ああ。俺は、自分が受け入れた者に対してしか『俺』という一人称を使わない。そのほかの者には全て『私』で通しているからな。ここに来たばかりのソフィアに対してもそうだった」
「!!!」
それは今まで聞いてきたどんなものよりもはっきりと、ソフィアに受け入れていることを教えてくれる言葉だった。
「たぶん、多くの者がそういったところを一つは持ってる。それが他人には分かりづらいだけでな。ソフィアもそうだろう?」
「私がですか?」
「ああ、ソフィアはきっと受け入れた人には触ることを許している。ジョンとかエミリアのようにな」
ウィルは自分のことを自分以上に分かっているのではないかと思ったソフィアは、ようやくウィルの言ったことを受けとめようと思った。そして、
「私は、ウィリアム殿下のことも受け入れています」
はっきりとそう口にしたソフィアの言葉にウィルは目を見張り、飲んでいたかなり強い酒をゴクッと必死に飲み込んだせいかむせでしまった。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、悪いな」
差し出された水を一気に飲み干したウィルはソフィアから顔を少しそらした。横からみえたウィルの顔は酒のせいか少し赤くなっていた。
「それなら、これから君を送っていく時には触れても大丈夫だな」
「殿下だけは、最初から触られても怖くありませんでしたので大丈夫です」
ソフィアはウィルの膝の上で、こくんっと首を縦に小さく振り、無自覚に言葉を放った。
そんなソフィアの可愛らしい仕草と言葉に完全にやられたウィルは、少し酔った額に右手を押し当て、左手でソフィアの頭に優しく触れ、部屋へ送って行くまでずっと撫で続けていた。
いや、だいぶウィルの語りが多かったですね。
ですがソフィアはこれをきっかけにして、これから少しずつ変わって行くのかもしれません。




