15.気持ち
「助かったよマーガン先生」
「ウィル様、あまりソフィア様に無理をさせてはいけませんぞ」
「ああ、気をつけるよ」
「では、私はこれで失礼いたします」
そう言ってソフィアの眠る仮眠室を出て行ったマーガンは、そのままウィルのいる執務室へと入って行った。ウィルの使う仮眠室と執務室は続き部屋となっており、仮眠室を出ると執務室があるという作りになっている。
執務室に来たマーガンを見てウィルはソフィアの容態を聞いた。
「マーガン、ソフィアの体調はどうだ?大丈夫なのか?」
「ええ、問題ありません。熱は少々高いものの意識ははっきりしていますから時期に治るでしょう」
「そうか、良かった。しかし何が原因だ?ただの風邪か、緊張か」
「極度の精神的なストレスでしょうな」
「しかし、この部屋では比較的落ち着いて居るように見えましたが」
「や~っぱりかー、いや、そうじゃないかとは思ったんだけどなー」
マーガンとウィルとレオンが話しているところに仮眠室から出てきたジョンが話しに加わった。
「何かあったのか?」
「ここに来る前ちょっとな~。ソフィーが部屋から出ようとして扉を開けたときちょうどそこにメイドがいてな、ソフィーちょっと震え出しちゃったんだよ。まーすぐに俺が声かけたら落ち着いたんだけどな」
「しかしなぜメイドに?ソフィア様が人に恐怖を抱くのは分かりますが、見ただけで怖がるのはなぜでしょうか?」
「ジョン、メイドの他には誰か居なかったか?」
「あとは見回りの兵士が数人いたくらいだな~....そっちか?」
「あぁ、あるいはそのどちらもという可能性があるな」
ソフィアが何に対してストレスを感じていたのか分かりつつあったところでマーガンが口を開いた。
「これはエミリアがソフィア様から聞いた話なのですが」
「なんだ?マーガン」
「他言はしないとお約束いただけますかな」
「分かった、約束する」
ウィル以外の二人も約束し、三人は黙ってマーガンの話に耳を傾けた。
「ソフィア様は塔に囚われている間、ほぼ毎日のように服を回収しに来るメイドや本を投げに来る男に罵倒され暴力を振るわれ続けてきたらしいのです。その証拠に、助けられた当初は無数の傷やあざが体中にあったとエミリアが申しておりました。さらに夜には酔った兵士が数人部屋へとやってきていたという話を聞きました」
そこまで聞けば三人は塔で何が行われていたか理解したようで、ウィルはドブリスと牢で対面したとき以上に怒りのこもった瞳で険しい表情をしており、ジョンはソフィアが側で寝ていなければ部屋のものを殴って破壊するのではと思うほど強く拳を握りしめていた。
マーガンの話が終わると、今にも人を殺しそうな目している二人を見てレオンはため息をつき、宥めに入った。
「二人とも、お怒りなのはよく分かりますが殺気を飛ばさないでください。そんな暇があるならこの書類の山を片付けてください。ジョン、あなた今暇ですね?手伝いなさい」
「いや、俺はこの後騎士団に行かなくちゃ....」
「おや、そうですか。ソフィア様をおいて帰られるんですね?仮にも『お兄様』なのに」
押しつけられる仕事の山から逃げようとしたジョンだったが、ジョンの弱いところを完全についたレオンの言葉に負け、仕方なく二人の仕事を手伝うことにした。
「...ったく、分かったよ、手伝いますよ~。」
「分かれば良いんです。そもそもあなた、最近ずっとソフィア様のところばかり行っていて仕事をしていないんじゃありませんか?」
「そんなことはないぞ!前日に仕事を終わらせたり、早く終わらせているだけだ。なんなら前より仕事してるぞ?」
「....信じられませんね」
「いや、レオン。ジョンの言っていることは本当だ。俺もはじめは信じていなかったが、騎士団の連中に話を聞いてみたら真面目に仕事をするようになったと言っていた」
ウィルのジョンに対する言葉にレオンは本気で驚き、今までまともに仕事をしておらず、書類仕事は部下に回すわ巡回作業は他の兵士に押しつけるわだった、訓練しかちゃんとしたことのないジョンが、仕事を真面目にしていると聞き、レオンだけでなくマーガンや話が終わり部屋へと入ってきたギールさえもその事実に目を見張った。それくらい皆にとっては青天の霹靂ともいう出来事であったのだ。
「なぜ急に...いえ、良いことではあるのですが、ジョン、あなた何か変な物でも口にしましたか?」
「食べてねーよ...」
「ジョンは昔から優秀なのに、面倒くさがるところがあるからな。良い傾向だ」
「いや、私が聞きたいのは何がきっかけだったのかということです殿下」
いつのまにか仕事があると言ってギールとマーガンは部屋を出て行った。しかし、そのことを全く気せずに三人は話し続けた。
「いやぁ、なんかな?ソフィーが『仕事をちゃんとやる人は好感がもてる』って前に話したときに言ってたんだよ。だから俺、ソフィーに『お兄様かっこいい』って言ってもらえるように仕事を頑張ることにしたんだ」
「ソフィア様に言われただけで...はぁ..まあ理由は分かりました。今後ともソフィア様には是非ジョンの悪いところを直していってもらいたいですね。」
「はははっ!そうだな、期待しておこう」
レオンの言葉にウィルが笑い、ジョンの仕事をするようになった話は終わりを告げた。
三人は残りの仕事を早く片付けるため、次にウィルが話し始めるまで無言で手を動かし続けた。
「ソフィアは、あまり笑わないな」
急にウィルがソフィアの表情についての話をし始めた。それにソフィアと最も接する機会の多いジョンが真っ先に答えたる。
「あぁ、あんま表情に出ないからな~。まあ大体の気持ちは分かるけどな」
「しかし、あまり笑わないのも社交界に出てからは困るのでは?」
「んーそれは問題ないと思うぞ~」
「なぜです?」
「俺もさ、なんとか笑ってほしくて笑える話の書かれた本を持っていって読んだんだよ」
「どうだったんだ?」
「どうも何も、すぐに俺が求めていることが分かったのか作り笑いされて終わったよ...ソフィーはさ、ああいう、ひでー環境で育ったせいか、楽しいとか嬉しいっていう感情をよりも、怖いとか悲しいっていう感情を経験する方が圧倒的に多かったんだよな。だから何かあってもまず、『何をされるのか分からない』とかいう考えになって、そっちに感情がいっちまうんだと思うんだ。だから、怖くないように自分を取り繕ったり、何も考えないようにして必死で自分を守ってるんじゃないかって思うんだよな....なんて~」
見た目よりもずっとしっかりとソフィアのことを観察し、考えていたことを口にしたジョンは、真剣に話してしまったことを少し恥ずかしく思いごまかした。
「では、これからはもっとソフィア様が楽しいと思える生活を送れるように私たちも考えていかないとですね」
「そうだな~つってもソフィーは今でも十分頑張ってるんだけどな。今日初めて部屋の外に出たのもきっと『外に出たい』って感情より『人を怖がるのを克服したい』って気持ちの方が大きかったと思うしな」
「ジョン、あなた本当にソフィア様のことだけはよく見ていますね」
「まあな!あぁ、でも作り笑いでもソフィアはめちゃくちゃに可愛かった...俺一瞬死にそうになった」
「勝手に死んでいなさい。でも、作り笑いでそこまで可愛いなら本当の笑顔はどれほど美しいんでしょうね」
「おい!レオン!俺の妹で変な想像するのはやめろ!お前でも許さねーぞ!」
ジョンとレオンの言い合いを聞きながら、ウィルは早くソフィアの笑った顔が見たいと無意識に考えていた。




