12.新しい名前
ウィルとレオンが部屋から出て行った後、すぐにコンコンっ、と部屋の扉を叩く音が聞こえ、セシルが「はい」と返事をするとマーガンとエミリアが一緒に部屋へと入ってきた。
「体を起こしていて大丈夫ですか?」
ベッドから体を起こしていたセシルにエミリアが心配そうに声をかける。
「は、はい、大丈夫です。」
今までまともに人と話したことのないセシルは、たどたどしくはあったが自分がちゃんと人と話せていることに安心していた。
「それは良かったです。では、これから熱を計って脈をとります。そのあと傷口に薬を塗っていき、最後にマーガン先生とお話ししていただいて診察は終わりとなりますが、よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします。」
これから行う診察の手順を説明したエミリアは、すぐに診察をしはじめ、セシルの熱と脈を見て「ほっ」と安心して息を吐き、マーガンの方を見た。
マーガンは小さく頷くと部屋から出ていき、エミリアはそっとセシルから夜着を脱がせ、体にある無数の傷に薬を塗っていった。
「......ここは痛くないですか?」
「はい、大丈夫です。」
同じような会話を何度も繰り返すうちに治療は終わり、セシルは夜着ではなく、軽くて動きやすい服をエミリアに着せられベッドから足を下ろして立ち上がろうとし、失敗した。
足に全く力が入らずそのまま倒れそうになったセシルを、慌てたエミリアが必死で布団へ押し戻し、その反動でエミリアが代わりに転んだ。
「いったたたた」
「も、申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」
「あははは、恥ずかしいわね〜。ええ、大丈夫です、ご心配ありがとうございます。」
「いえ、元はと言えば私のせいですから」
「そんなことはありません!誰も自分が立てないなんて思いませんもの、セシル様のせいではありませんよ。けれど次からは気をつけてくださいね。」
「はい........気をつけます。」
そんなことがあり、治療が終わったところでエミリアがマーガンを部屋の中へと呼んだ。
マーガンはベッドのそばにあった椅子へと座り、セシルに話しかけてきた。
「セシル様、体調はいかがですかな。」
「はい、歩くことは出来ませんが話すことは出来ます。」
「ほほほ、そうですか。毎日よく食べてよく寝てしっかり力をつければ少しずつ体力も回復し、歩くこともできるようになるでしょう。」
「はい、ありがとうございます。」
セシルはマーガンと話をするのは初めてだったが、顔に生えた白いひげをなでながら笑顔で話をするマーガンを見て、そのゆったりとした口調と優しい態度にとても安心感を覚えた。
「ところで、セシル様は外に出たいとお考えですかな。」
「・・・・はい。歩けるようになれば考えていますが・・・」
今まで一度も外の世界を見たことのないセシルは外に出たいと望んでいながらも、はたしてそこは自分を受け入れてくれるだろうか、そんな場所にいる資格が自分にはあるのかと考え、口を閉ざしてしまった。
「そうですか。そうですな、歩くことが出来れば外へ出ることも叶いましょう。しかし、セシル様は外に出るためには一つ頑張ってもらわなければならないことがございます。」
「・・・なんでしょう?」
「光の克服です。セシル様の体はもうずっと光をまともに浴びていません。それは人の体には決して良いとは言えないことです。ですから、セシル様には光を浴びてもらうところから初めていただかねばなりません。ここまではよろしいですかな?」
「はい。」
「そしてここからが重要です。セシル様の体は光に耐性がありません。普通人は生まれた時から光を浴びて生きますから、光に耐性があるので何ら問題はありません。ですがセシル様の体はその耐性がないため、いきなり光を浴びると大きな火傷となってしまいます。まずはその耐性をつけるようにするため、歩けるようになるまでの間は、部屋の中のカーテンを閉め、少し光が入るくらいの状態にして生活ください。その際、私が用意したこの車輪付きの椅子をお使いいただいて構いません。この椅子があれば歩くことは出来なくても建物の中を見ることは出来るでしょう。」
「あ、ありがとうございます。」
光を浴びることも出来ず、歩くことが出来なければまた塔の時と同じように部屋から出られなくなると考えていたセシルは、マーガンがくれた車輪付きの椅子を見て、これがあれば歩くことが出来なくても部屋から出ることができると知り、嬉しく思った。
顔に気持ちは全く表れなかったが、嬉しく思っていたセシルの気持ちが分かったのか、マーガンは笑顔で首を「うんうん」と大きく縦に振り、話を続けた。
「それと歩く方は筋力が衰えていますからな、はじめはゆっくりとベッドの端に掴まりながら、慣れてきたら部屋の取っ手に掴まりながらというように、徐々に歩けるようにしていきましょう。」
「はい。」
「毎日の訓練にはエミリアやメイドが付き添いますので安心してください。私の話はここまでですが、何か他に聞きたいことはございますかな。」
「・・・・わたしは、外に出ることが出来ますか?」
エミリアは「光が克服できれば出られるようになりますよ。」と答えたが、セシルの言葉の意味を正しく理解し受け取ったマーガンは
「あなたを受け入れない場所はございません。あなたが周りを受け入れれば、自然と周りもあなたを受け入れるでしょう。」
そう言ったマーガンは後で食事を持ってくることを伝え、エミリアとともに礼をして部屋から出て行った。
診察を終え、朝からずっと人が来ていたせいか、少し疲れたセシルはそのままベッドで眠ろうとした。しかし、ジョンとローエン侯爵であるシリウスが入れ替わるようにして入ってきたため、もう少しだけ起きていなければならなくなった。
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「親父!急いで来てくれ!」
「先に用件を言え」
「だーかーらっ!いいから早く来いって!」
セシルが起きたことを伝えようと近衛騎士団の団長室にやってきたジョンは、机上の書類から目を離さないシリウスに少し苛立ちながら早口で説明し始めた。
「だから!セシル嬢が起きたんだって!うちの養女になる話もなんとかウィルが納得させた!」
「!!そういうことを早く言え!今すぐ向かう、お前も来い!」
「へいへい、言われなくても親父とセシル嬢を二人きりにさせるわけないだろ~」
ジョンが王太子を呼び捨てにしたことを気にする暇もないままシリウスは急いでジョンとセシルのいる部屋へと向かった。
部屋に入ろうとしたとき、ちょうど中からは診察を終えたマーガンとエミリアが出てきたところだった。
「これはローエン侯爵閣下!お久しぶりにございます。」
「マーガンか、久しいな」
「ええ、ところでセシル様に何かご用でしたかな?」
「ああ、少し話がしたいのだがいいか?」
「ええ、構いませんとも。しかし、セシル様はお疲れでしょうからな、あまり長くならないようにお願いしますよ」
「分かった」
その後、マーガンとエミリアが出てきたばかりで開いていた部屋の扉をシリウスは軽く叩き、「失礼する」と言ってジョンと共に部屋の中へと入っていった。
「すまない。私はシリウス・フォン・ローエンという。少し話をしたいのだが、そちらへ行ってもいいだろうか。」
「はい、どうぞ」
部屋へ入ると、これから眠ろうと半分まで体を布団へ入れていたセシルがいた。それを見てシリウスは謝罪しジョンに言われていたとおり許可をとって、セシルのいるベッドへと近づき側にあった椅子へと腰を下ろした。
一瞬、セシルのその病的なまでに白い体を見て驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻しセシルの方を見て話を始めた。
「君がうちの養女になってくれると言ったとジョンから聞いたが間違いないだろうか。」
「はい、間違いありません。」
「ありがとう。細かいことは後日にするが、何か聞いておきたいことはあるか?」
「・・あの、ローエン侯爵が私を養女にしたいと願い出たとウィリアム殿下からお聞きしましたが、なぜでしょうか?」
しばらく悩んだように黙ったシリウスだったが、やがて口を開き話はじめた。
「少し長い話になるが構わないか?」
「はい、おねがいします。」
シリウスは、セシルの母親と自分の関係や、セシルの母親にドブリスが何をしたのかなど今までのことをすべてセシルに話した。それを聞いたセシルは、自分がなぜ「セシル」と呼ばれるのか、ドブリスがセシルと言いながらも自分を見ていなかった理由も全て理解した。
(「セシル」は私の母親であって私ではなかった......この人が見ている私はだれ?)
シリウスの方に顔を向けながらも、セシルの赤い瞳は何も写しておらず、目の前を真っ暗な闇が覆っていく。
そんなセシルの心を知ってか知らずかシリウスは話を続けた。
「それと、君には出生証がないんだが....出生証が何か知っているか?」
「はい、出生証については知っています、塔にあった本で読みましたから。」
「そうか、それなら話は早い。出生証がなければこの国では生きていけないからな。」
「はい」
「君には出生証がない。つまり、君はまだこの世に生を受けていないことになっているんだ。これから出生証を作りはするんだが、生まれた日や名前を記入する部分があってな....そこを変えたい。」
「.....?」
シリウスの言いたいことがよく分からずセシルは少し首を傾げる。
「あーもう!親父がはっきり言わねぇなら俺から言う!つまりさ、俺たちでセシル嬢の生まれた日と名前を付けて良いかってこと!」
「っ!!!!」
思ってもいなかった二人からの提案にセシルは初めて大きく目を見開き驚いた顔をした。
「お、そんな顔もできるんだなぁ!」
「まぁそういうことなんだが、養女とは名ばかりでな。出生証を初めて作るのだから、君はこの国で私の実の娘ということになるんだ。それを踏まえた上でもう一度聞きたい。本当にいいのか?」
ジョンとシリウスの話を聞いたセシルは、目の前に先ほどまであった真っ暗な闇が少しずつ消えていくのを感じていた。
「はい、よろしくお願いします。」
「よっし!そしたら名前なににしよっかー?かわいいのがいいよなー」
「あ、あの、わたしはなんでも」
「もう考えてある」
「「え?」」
シリウスの言葉にセシルだけでなくジョンも疑問の声をあげた。
「え?なんで?俺が付けようと思って考えてたのに!」
「私とレイラの娘なんだ、二人で付けるのは当然だろう。」
さらっとシリウスに娘と言われたセシルは恥ずかしそうにその真っ白な顔を少し赤らめた。
「で、母さんと決めたのはなんて名前なんだ?」
「ゴホンッ!君の名前は今日から『ソフィア』だ。」
セシルは一瞬その名前を聞いて驚いたが、首を縦に振って頷いた。
「ソフィア」という名前はセシルが塔にいるときに読んでいた物語に出てくるお姫様の名前だったのだ。
自分も自由になれるかもしれないと、少し希望を見つけたセシルは名前をくれたシリウスにお礼がしたいと思い静かに、けれどはっきりと言葉を零した。
「はい、ありがとうございます。その・・・・お父様。」
「「!!!!!!!!」」
相変わらず無表情ではあったがその心がこもった言葉にシリウスは今まで見たことがないほどの緩んだ顔をして笑った。その横でジョンがずっと「俺は?俺は?」と言っていたが、無視された。
そして今日、少女は「セシル」から「ソフィア・フォン・ローエン」となった。




