11.はじめての.........
朝、目が覚めて瞼を開いたセシルは、肌触りの良いベッドに体を預けながら、昨日あったことを思い出していた。
ーーーーーエミリアという女性が診察に来てそれから
そこまで考えたセシルは人の気配があることに気づき、ふと頭だけ動かし、部屋を見渡して扉の横に眠っている男を見て、息を飲んだ。
漆黒の髪をした男は長い足を膝の前で組み、眠っている姿からでも分かるその大きな身体を微動だにせず、綺麗な形を保ったまま眠っていた。
ーーーーだれかしら、私の知らない人だわ…
それに、ここはどこかしら?私はあそこから出られたの?
セシルがぐるぐると考えているうちに、男は瞼を開き、小さく欠伸をして少し眠たそうにしながら起きた。そして、男はセシルが目覚めたことに気づき、話しかけてきた。
「あぁ、起きたか............少し話をしたいんだが、そちらへ行っても良いだろうか?」
急に話かけられ驚き、なぜそんなことを聞くのかしらと思いながらも男の言葉にセシルは寝たままの状態で、細い首を縦に小さく振った。
近づいてきた男は曇りのない、青空のように澄み渡った青く綺麗な瞳を向け、セシルのいるところまでやってくると、静かな、けれどよく耳に響くいい声で話しかけてきた。
「あー、ここがどこか分からないだろう。まず、ここはセレスト王国の王宮の中だ。そして私はこのセレスト王国の王太子で、ウィリアム・ルーギニア・デ・ライト・セレストだ。長い名だからウィルと呼んでくれ。セレスト王国は君がいた塔のある国だ。分かるか?」
セシルは頷いた。セシルがいた檻の中へはいつも本が投げ入れられていたため、その本を全て読んでいたセシルは本の裏に「セレスト王国」と書かれているのを見ていた。そのため、自分のいる国がセレスト王国だということは何となく知っていた。
「あの........わたし、ゴホッゴホッ!」
「水だ、飲めるか?」
喉がカラカラに乾き、うまく話せなかったセシルは咳き込んでしまい、それを見たウィルはベッドの隣にあった水差しを素早く手にとり、セシルの体を起こすのを手伝った。
体を触られた瞬間、セシルはビクッと肩を震わせたが、すぐにウィルがそのことに気づき手を離したため、以前のように震える状態が続くことはなかった。
手渡された水を飲んだセシルは話をしようと再び話し始めた。
「あの、私は檻から出られたということでしょうか?」
「ああ」
「あなたが助けてくださったんですか?」
「.........そうだ」
ウィルは、今にも消え入りそうなか細い声で、けれどしっかりと話しをするセシルに少し驚いた。
一瞬、ウィルはレオンがマイヤー伯爵邸に行く道中に言った言葉を思い出し顔を顰めたが、直ぐに頭の中にあった嫌な想像を追い払い、セシルへと向き直った。
「あ、あの、ありがとうございました・・・それと、私はこれからどうしたらいいのでしょうか?」
「ああ、そのことだが…」
そのとき、セシルたちのいる部屋の外から扉を叩く音が聞こえ、ウィルが「入れ」と言った瞬間、バン!と大きな音をたて扉を勢いよく開け、茶色の髪にワインレッドの瞳をもった、ウィルよりも少し背の高い男が入ってきた。
「おおい、ウィルっ!執務室にいないと思って来てみれば!俺より先に義妹に会いやがって、許さないぞ!」
「お前は朝から騒々しい。彼女が驚いているだろう。昨日エミリアに言われたことを忘れたのか?」
急にドカドカと入ってきた男をウィルが睨み注意をする。
そのときセシルは頭の中で、「いもうと?誰のこと?この人はだれ?」と入ってきた男が言った言葉について考えながら、塔で酔った兵士が部屋に入って来て、セシルの体に触れてきた時のことを思い出し、体を強張らせ、硬直させた。
「ぉっと!悪い悪い!どーもこんにちは、セシル嬢。俺は君と話がしたいんだけど、近くに行っても大丈夫?」
「あぁ、あ、あの・・・」
「安心しろ。今君を傷つけようとする者はこの場にはいない、大丈夫だ。」
「・・・・はい。あ、のだいじょう、ぶ、です。」
「よかった!ありがとう」
近寄ってきた男はジョン・フォン・ローエンと名乗った後、唐突にこれからは自分のことをお義兄様と呼ぶようにとセシルに言ってきた。
疑問に思ったセシルは「なぜですか?」と尋ね、ジョンの飛躍しすぎた行動に呆れたウィルは、セシルがここに来るまでの経緯や出来事を順を追って説明した。
ウィルの話を聞き終わったセシルは、しばらく考えてた様子でベッドの一点を見つめていた。
セシルが黙り込んだのを見て話しすぎたかもしれないと思ったウィルがジョンをチラリと振り返ったが、大丈夫だと言うように頷いたジョンを見て、そのままセシルが話し始めるのを待つことにした。
「あの男は、私の父だったのですね・・・。そしてあの女の人は私の義母だった・・・」
「「.............」」
そう言ったセシルの顔にはなんの感情もうつっておらず、ただ事実を理解しようと口にしただけだった。
そして、今後の予定についても話されたセシルはそれについて自分の考えを述べた。
「あの…私は文字を書くことは出来ませんが、読むことは出来ます。檻にいた時に運ばれていた本を読んでいたので……。」
「そうか、では文字は書くことだけを学べば良いな」
「はい、何から何までありがとうございます。ですが養女となるのは........その、私は、これからは平民として自由に生きたいと思っております。学ぶ場を与えてくださるウィリアム殿下には、申し訳ないのですが…」
「えー!セシル嬢、俺の義妹にならないの?!うそだろ!」
セシルの言葉にジョンは驚き、残念そうに肩をガクッと落とした。セシルはジョンの様子に、申し訳なさそうにし謝罪した。しかし、ウィルはセシルのことを見つめながら再び話をし始めた。
「学ぶ場を与えることは気にしなくていい。学ぶことは国民の権利でもある。しかし、オリビア・フォン・マイヤー伯爵夫人はまだ見つかっていない。もしかすると、君が一人でいれば彼女はまた何かしてくるかもしれない。悪いがこの先王宮で、ずっと君を保護し続けることは出来ない。だから事が片付くまではローエン侯爵の養女として安全を確保するのがいいと考えていたんだが、どうだろうか。もちろんその間も君の好きなように生きればいいし、侯爵家なら護りも堅いからそういった意味では安心して暮らせるだろう。」
「・・・そうですね、そういうことであれば…分かりました。」
ウィルの言葉に少し考え込んだセシルだったが、義母であるオリビアに今までされてきたことを思い出し、震えそうになる体をなんとか止め、ウィルの提案に賛成するように頷いた。
「え!じゃあセシルちゃん今日から俺の義妹?まじか!やったぜ!俺急いで親父呼んでくる!」
セシルの何倍も大きな声で叫んだジョンはバタバタと走りながら部屋を出て行った。
「まったく騒がしい人ですね」
ジョンと入れ替わるように、仕事をひと段落させたレオンが部屋へと入ってきた。
「こんにちは、セシル様。私はレオナルド・フォン・バーミランと申します、以後お見知り置きを。話をしたいのですが、あなたの近くに行くことを許していただけますか?」
「あ、はいどうぞ。」
「ありがとうございます。」
部屋に入って来た人達がセシルに近寄る際、必ず許可をとるので、最初は疑問に思っていたセシルも、自分に気を遣ってくれているのだと分かり、警戒して怯えていた体を少しずつ緩めていった。
「殿下、マーガン先生が彼女の診断をなさりたいそうなのですがよろしいですか?」
「ああ、頼む。俺もそろそろ仕事に戻ろう。」
「そうしていただけると助かります。昨日殿下が夜いなくなられたせいで溜まった書類が山ほどあります。」
「それは早く片付けなければならないな」
ウィルはレオンと少し話をし、ベッドの側の椅子から立ち上がり、セシルに軽く別れの挨拶をして部屋から出て行った。




