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第5話 仮面を剥ぐ夜

石畳を蹴る俺の足音が、静まり返った京の夜に空しく響く。  



前方で逃げる男の足取りは、訓練された新選組隊士のものだ。



だが、その背中には、俺が知るどの隊士とも違う、異様なまでの「殺気」が混じっていた。



追いつきざま、俺は愛刀である加州清光の柄を叩きつけ、男の体勢を崩す。

  

男は回転しながら受け身を取り、路地のどん詰まりでようやく立ち止まった。



振り返ったその顔を見て、俺は思わず息を呑んだ。



「……お前、誰だ」



見覚えがあるはずだ。



屯所の寝食を共にし、稽古場で共に汗を流した男。


名を「高瀬誠二」。


新選組の中でも、影のように目立たず、しかし真面目一筋で通してきた男だった。



だが、今の彼の瞳には、忠誠心のかけらも宿っていない。



そこにあるのは、冷え切った計算と、獲物を狙う獣の眼光だけだ。



「沖田組長。……いえ、今の貴方は、あの沖田総司ではないようですね」


誠二が口角を歪め、薄く笑った。



俺の心臓が跳ね上がる。



まさか、俺が「入れ替わり」であることを見抜いているのか?


「何を言っている」



「数日前からの貴方の奇妙な言動。近藤さんへの進言、食事の管理、そして何より、あの剣の気配。天才と呼ばれた沖田総司は、もっと危うい、壊れそうな輝きを放っていたはずだ。今の貴方は……まるで、明日を計算して生きている死人のようだ」



誠二は懐から短刀を引き抜くと、ゆっくりと構えた。



彼こそが、長州の過激派と結託し、池田屋の情報を流していた内通者だったのだ。



だが、彼の目的は単なる金や思想ではなかった。




「貴方が何を隠し、何を目指しているのかは知らない。だが、歴史という濁流を変えようとするその『異物』が、俺には酷く目障りでね。長州の連中には、貴方の首を差し出せば大金が手に入ると約束してある」



男が踏み込んでくる。鋭い斬撃が俺の頬を掠めた。



やはり、身体が重い。



呼吸をするたびに肺の奥が刺すように痛み、視界の端が白く明滅する。

 


史実の沖田総司であれば、ここで圧倒的な剣技でねじ伏せていただろう。



だが、俺は技術の蓄積がない、ただの「知識を持った現代人」だ。

 


「……くっ!」


刀と刀が激しくぶつかり合い、火花が散る。  



腕の痺れよりも先に、肺からせり上がる血の味が喉に溜まる。



ここで倒れるわけにはいかない。



俺が死ねば、池田屋の悲劇は避けられず、新選組の運命も史実通りに突き進む。



「お前が俺を『異物』と言うなら、それでいい」



俺は刀を捨て、懐から出し抜きの道具を取り出した。 

 


現代で学んだ最低限の護身術と、この時代では未知の戦術。



「俺は、何としても生き延びてやる。……この時代を、俺の知る『最良の結末』に変えるまでは!」


闇の中で、二人の男の命を懸けた、泥臭い攻防が始まる。

隊士たちの足音が、すぐ近くまで迫っていた。



この男を今すぐ仕留めなければ、俺の「秘密」ごと、全てが露呈する。



池田屋まで、あと数日。



俺たちの運命を賭けた賭けは、いよいよ引き返せない場所へと足を踏み入れていた。

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