第23話:霧の中の離別
明け方の冷え切った空気が、俺の肺を突き刺す。
新選組と名乗ったことで、温泉宿の主人は沈黙を守ったが、それは彼らにとって「見なかったこと」にするための唯一の手段だった。
俺と龍馬は、荷物を纏め、未明の霧の中へと足を踏み出した。
ここからは、互いの進む道が分かれる。
俺は近藤さんや土方さんの待つ京の屯所へ戻らねばならない。
一方、龍馬は維新という巨大な嵐を巻き起こすために、再び各地を奔走するはずだ。
「……沖田さん。あんさんとは、面白い湯浴みやったな」
龍馬は背中に手を当て、気負いなく笑った。
先ほどまでの死闘や、死体の懐を漁ったあのどす黒い空気は、霧の中に消えたかのように彼からは感じられない。
「坂本さん、あんたも……無茶をするなよ。次に会う時が、本当に敵同士かもしれないんだから」
「ははっ、そんときはそんときよ。わしは、あんさんがその『肺の病』を乗り越えて、また笑って刀を振るう姿を見てみたいんや」
龍馬はそう言うと、振り返りもせずに霧の奥へと消えていった。
彼の歩く背中には、この国の未来を背負う男特有の、揺るぎない確信が満ちている。
俺は一人、道に残された。
懐には、あの「掃除屋」から奪った作戦図が入っている。
その紙の手触りが、まるで俺の命を削るかのように重い。
温泉地での休息は、俺を確かに癒やしたが、それ以上に「歴史というシステムの排除対象」であることを自覚させるには十分すぎた。
俺は一度だけ、龍馬が消えた霧の彼方を振り返り、すぐに踵を返した。
京へ戻れば、またあの血生臭い日常が待っている。
だが、今は以前とは違う。俺には「守るべきもの」と、突き止めるべき「敵」がいる。
霧が晴れ、朝日が山肌を焼き始める。
俺の歩みは、以前よりもずっと重かった。
だが、その一歩一歩が、史実という名の運命を少しずつ、確かに踏み外しているという確信があった。
新選組一番隊組長、沖田総司。
帰還の道すがら、俺は懐の作戦図を何度も確かめた。
京の町に潜む「掃除屋」たちの正体を暴き、俺自身の死というシナリオを、俺の手で破り捨てるために。




