第18話:暗闇に刻まれた紋章
月明かりを反射して濡れた石畳の上で、数人の男たちが冷たくなっている。
龍馬は拳銃を懐に仕舞い、何食わぬ顔で浴衣の裾を整えた。
「……こりゃあ、えらい騒ぎになってしもうたのう」
その直後、館内からバタバタと慌ただしい足音が響き、旅館の主人と女将が手にした提灯を頼りに露天風呂へと駆けつけてきた。
灯りが転がり、男たちの死体を無慈悲に照らし出す。
女将の悲鳴が夜の山間に響き、主人は恐怖で腰を抜かした。
「ひっ、お、お侍様……! これは一体……!」
絶体絶命の窮地だった。俺が刀の柄に手をかけようとしたその時、龍馬がスッと前に出た。
彼はあえて殺気を消し、満面の笑みで主人と女将に向き直る。
「いやあ、すんません! 実はこいつら、とんでもない悪党でしてな。この辺りで盗みを働いておった奴らですわ。わしら二人で、村のために一肌脱いだちゅうわけです」
龍馬は主人の肩をポンと叩くと、懐から小判を数枚、無造作に取り出して掌に置いた。
「驚かせてすんません。……これ、宿代と、後片付けの賃金ですわ。な? ここのことは内緒にしておくのが、一番あんたらのためやと思いませんか?」
龍馬の人心掌握術は魔法のようだった。
男の飄々とした笑みと、無駄のない言葉運び。
恐怖に硬直していた主人の表情が、小判の輝きと龍馬の言葉に誘導され、じわりと不安から「隠蔽」という選択肢へと変化していくのがわかった。
「……内緒、ですかい?」
「そうです。侍同士の揉め事なんぞに巻き込まれたら、この風情ある宿も終わりでしょう? な、女将さんもそう思いますやろ?」
龍馬の視線に促され、女将もコクコクと頷く。事が収束へと向かうのを見届け、俺は手早く死体へと歩み寄った。
「沖田さん、何を……?」
「こいつらが何者か、確認しておかないと。高瀬が死に際に言った『代償』が、ただの偶然だとは思えない」
俺は死体の懐を荒々しく漁る。
着物は血で湿り、嫌な感触が手に伝わる。
長州の過激派であれば何かしらの紋章や密書があるはずだ。
指先が固い何かに触れた。
引き抜くと、それは京の夜の闇をそのまま切り取ったような、不気味な黒漆の印章だった。
「これは……?」
龍馬が覗き込み、表情を険しくさせる。
それは長州藩でも、会津藩でもない。
俺が史実で学んだ幕末の勢力図には存在しない、未知の紋様だった。
俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。
高瀬が言った「歴史の歪み」とは、単なる幕末の勢力争いではない。
俺のような「異物」を排除しようとする、歴史そのものの防衛本能のような何かが、この時代に蠢いているのだ。
俺は印章を懐にねじ込み、宿の主人たちが死体を運び出すのを冷たい眼差しで見つめた。
この戦いは、もう新選組という枠組みを超えていた。




