第15話:湯気の中に隠した銃口
龍馬が去った後の湯船は、先ほどまでの活気が嘘のように静まり返っていた。
俺は湯船の縁に頭を預け、冷たい岩肌に後頭部を預ける。
坂本龍馬。
彼と直接言葉を交わしたという事実は、俺の「歴史改変」という計画に、予測不能なノイズを混入させたようなものだ。
「敵同士、か……」
呟いた言葉が湯気に消える。
龍馬は今、何を思い、どこへ向かおうとしているのか。
彼はこの時代において、新選組という巨大な壁を乗り越えるための「鍵」を握っているはずだ。
その時だった。
脱衣所の方から、妙に場違いな足音が聞こえた。
濡れた板張りを歩く、複数の足音。
それも、湯治客のような悠長なものではない。
訓練された、殺気を含んだ足取りだ。
俺は即座に湯船から這い上がり、脱衣所に置いていた着物を引き寄せた。
身体を拭く暇もない。
刀を手に取った瞬間、脱衣所の入り口を塞ぐようにして、三人の男が姿を現した。
「……見つけたぞ。新選組、一番隊組長・沖田総司」
男たちの装束に、組織の紋は見当たらない。
だが、その手には明らかに長州の過激派が好む細身の刀と、そして――異様な膨らみを持った懐があった。
「高瀬の仲間か」
俺が低く問うと、男たちは無言で懐から小さな火縄銃を取り出した。
山間の温泉地で、まさか銃撃を受けることになるとは。
「坂本とお喋りを楽しんでいたようだが、あの男は俺たちの標的でもある。……お前と一緒に片付けさせてもらう」
俺は舌打ちした。
龍馬はすでにこの場を離れている。
恐らく、この男たちは龍馬を追い、その過程で俺という「新選組の看板」を処理しようと考えているのだ。
肺が焼けるように熱い。
湯治の効果で多少は持ち直していた体力が、この緊急事態で一気に削がれていく。
銃口は三つ。
俺の手元には刀が一振り。
史実の沖田総司なら、ここで笑って切り捨てただろう。
だが、今の俺は違う。
俺は脱衣所の棚を蹴り倒し、わざと大きな音を立てて注意を逸らした。
「銃なんて、この湿気の中でまともに火がつくと思ってんのか?」
俺は挑発しながら、あえて銃口の死角へと駆け出した。
歴史を知っているということは、相手がどこでどう動くかを予測できるということだ。
俺は温泉の配管――蒸気が噴き出す管のバルブに手をかけた。
この温泉地は、俺の庭だ。
バルブを全開にした瞬間、白い蒸気が爆発するように広間を満たした。
視界は遮断され、銃を持った男たちの悲鳴が上がる。
俺は蒸気の壁を突き破り、刃を振るった。
殺し合いの真っ只中だというのに、俺は自分の中に芽生えた「この時代を生き抜くための冷徹さ」を、はっきりと感じ取っていた。




