第12話 医学という名の「毒」と「希望」
松本医師との出会い
屯所の縁側で、俺は力なく膝をついていた。
わずか数十歩を歩くのにも、今はこれほど体力を削られる。
池田屋の激闘から数日。
俺は「完全謹慎」を言い渡され、ただ部屋で天井を眺めるだけの退屈な日々を送っていた。
「……随分と、不摂生な天才がいたものだ」
ふと、背後から声をかけられ、俺は振り返った。
そこには、幕府お抱えの医師、松本良順が立っていた。
後に日本に西洋医学を本格的に根付かせることになるその男は、興味深げな眼差しで俺の顔を覗き込んでいる。
「松本先生……どうしてここに?」
「近藤局長からの依頼だよ。何をしても吐血が止まらず、それでいて『俺はまだ死なない』と息巻く、厄介な隊士がいると聞いてね」
松本は俺の前に腰を下ろすと、躊躇なく手首を掴み、脈を測り始めた。
その指先は冷たく、しかし的確だった。
彼は俺の胸の音を聞き、瞼の裏をめくり、最後に溜息をついて立ち上がった。
「沖田君、君の肺は、驚くほど疲弊している。この時代の医術では、正直に言って手遅れと言わざるを得ない。……だが」
彼は懐から、見たこともない透明な小瓶を取り出した。
中には、薄い琥珀色の液体が入っている。
「君の話を聞いたよ。池田屋での戦術、そして、あの爆発物を無力化した手法。まるで西洋の科学を知っているかのような振る舞いだったそうだな。君は一体、何者なんだ?」
俺の心臓が跳ねた。
鋭い観察眼だ。
高瀬のような狂信者とは違う、科学者特有の冷徹な知性が俺を値踏みしている。
「ただの……少し先が見えるだけの、病弱な剣士です」
「ふむ。謙遜はよそう。この薬は、オランダから取り寄せた『最新の処方』だ。本来なら幕閣の要人にしか使わぬものだが、君という稀有な症例に興味が湧いた」
松本は俺にその小瓶を差し出した。
「これは万能薬ではない。だが、君の寿命を少しだけ引き延ばすことはできるかもしれない。……ただし、これを使うには君も『対価』を払ってもらう必要がある」
「対価?」
「君の知識だ。君が知っている、この時代の医学にはない知識を、一つずつ俺に教えろ。君が生き延びたいと願うなら、俺はその知識を使って君を延命させる」
俺と松本。二人の「異端」が、庭先で静かに契約を結んだ。
新選組の天才剣士と、幕末随一の蘭方医。
この出会いが、後の新選組を史実とは全く異なる組織へと変貌させる――俺はそのとき、直感的にそう確信した。
俺は震える手で小瓶を受け取った。
これは、未来から来た知識という「毒」であり、俺が生き延びるための唯一の「希望」だった。
13話に続く
温泉地であの男と出会います。




