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第10話 最悪の邂逅

池田屋の二階へと続く階段は、血と硝煙の匂いで満ちていた。  



一歩踏み出すたびに、肺の奥がナイフで抉られるように疼く。


血を吐くのは時間の問題だ。


だが、俺は唇を噛み締め、鉄の味を飲み込んで強引に呼吸を整えた。


二階の広間に踊り出た俺の目に飛び込んできたのは、狂気そのものだった。



そこには、史実では池田屋にいたはずのない男――高瀬が言っていた「歴史の修正力」の化身とも言える、長州藩の精鋭たちが十数名、狂ったように刀を振り回していた。


「……出たな、新選組一番隊組長!」


敵の隊長格と思われる男が、爛々とした瞳で俺を射抜く。  



その傍らには、見たこともない奇妙な装置が置かれていた。


おそらくは長州が隠し持っていた、西洋の技術を応用したという爆発物か。



俺の記憶が警告を発する。



この場所で、あの装置が作動すれば、池田屋は全壊する。



近藤さんも、土方さんも、俺も――全員が瓦礫の下敷きになって死ぬ。



これが高瀬の言った「代償」の正体だったのか。



「総司、下がるんだ!」

 


背後から土方の声が聞こえる。




しかし、俺が下がれば、奴らは迷わず装置を起動させるだろう。



俺は思考を加速させる。



現代知識で言えば、あの構造は導火線に火を点けるタイプだ。



ならば、物理的な破壊よりも、化学的な遮断が有効なはずだ。



「……土方さん! あの装置に水を! いや、酒でも何でもいい、液体をぶちまけてください!」



俺の突飛な指示に、土方は一瞬たじろいだが、すぐに腰の瓢箪を投げつけた。

 



空中で酒樽のような飛沫が舞う。



俺は敵の首を狙うのではなく、その酒を装置へと導くように刀を振るった。



カィン、と乾いた音がして、装置の一部が弾け飛ぶ。

 


火花が散り、酒がそれに触れて蒸発する――直後、爆発は起きず、ただ鈍い破裂音がして内部機構が沈黙した。



「な……っ!? 何をした!」

 


敵が動揺する。俺はその隙を見逃さなかった。


今だ。


俺は限界を迎えていた肺を無視し、死力を尽くして踏み込んだ。

 


「……歴史を変えるのは、運命じゃない。俺だ!」

 


俺の剣筋は、かつて天才と謳われた沖田総司の、そのものだった。



だが、その一撃を放った直後、視界が真っ白に染まる。 

 


全身の力が抜け、膝が床に落ちる音がした。



喉の奥から、今度こそ止めどなく、鮮やかな紅い液体が溢れ出す。



池田屋の床が、俺の血で染まっていく。


勝ったのか、負けたのか。


意識が遠のく中、俺は自分の「死」と「生」の境界線が、極めて曖昧になっているのを感じていた。

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