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第9話 可視化される無能

PRINCEが指を鳴らすと、部屋の中央に青白い光の粒子が集まり、巨大な日本列島の立体地図ホログラムが浮かび上がった。


「うわぁっ! 妖術だ!」


「魂が吸われるぞ!」 


豪族たちがパニックになる。


『静まれ。これは未来の地図だ』 


PRINCEは地図上の各地に赤い点を灯した。


『現在、この国は地方豪族が好き勝手に支配する「部族連合」に過ぎない。効率が悪く、意思決定が遅く、防衛力が脆弱だ。このままでは大陸のずいに飲み込まれる』


「ず、隋だと……?」 


馬子の顔色がサッと変わった。彼のような権力者にとって、大陸の超大国は最大の恐怖の対象だ。


『そこで、システムを変更する。血縁による「氏姓制度」を廃止し、個人の能力に基づく「官僚制」を導入する。……gennai、 【可視化階位システム(ビジュアル・ランク)】 起動』


ブォン、という音と共に、豪族たちの頭上に「何か」が浮かび上がった。 それは、ゲームのステータス画面のような、半透明のウィンドウだった。


【氏名:蘇我馬子】

【政治力:95】 【知力:88】 【忠誠心:20】 【野心:SSS】


【氏名:物部A】

【政治力:12】 【武力:60】 【知力:5】


「な、なんだこれは? ワシの頭の上に何か浮いておるぞ!?」


馬子が自分の頭上を払おうとするが、AR(拡張現実)なので触れない。


『それは貴様らの「スペック」だ。家柄ではない。実力だ』 


PRINCEは冷酷に告げた。


『今後、冠位ランクはこの数値によって決定する。無能な者は、たとえ大臣の息子だろうが排除する。有能な者は、農民だろうが取り立てる。――完全実力主義メリトクラシーだ』


その言葉に、部屋中が凍りついた。 当時の日本は、血筋がすべてだ。能力で評価されるなど、彼らの常識への冒涜に等しい。


「ふ、ふざけるな!」 一人の老豪族が立ち上がった。頭上のステータスは【知力:3】。


「ワシは由緒あるカバネを持つぞ! それを、こんな数字で……!」


『座れ、低スペック』 


PRINCEが一瞥しただけで、老豪族は見えないプレッシャーに押されて尻餅をついた。


『文句があるなら数値を上げろ。努力しろ。結果を出せ。それが嫌なら……』


PRINCEは笏を撫でた。


『排除されるかだ』


空気が張り詰める。 正論だ。あまりにも正論すぎる。だが、正論は人を傷つける。 特に、プライドの高い権力者たちにとっては、猛毒だ。 馬子の目が、再び険しくなり始めていた。


「……面白い。だが、ワシらを排除して、誰がこの国を動かす? 貴様一人で田んぼを耕すつもりか?」 


馬子の手は、懐の短刀に伸びている。 まずい。恐怖政治は反発を生む。このままでは、また殺し合いが始まる。


私の出番だ。 私は意を決して、PRINCEと馬子の間に割って入った。


「ま、待ってください大臣閣下! そして厩戸皇子様も!」 


私は冷や汗を拭いながら、必死に作り笑顔を浮かべた。


「えー、通訳させていただきます。申述かたると申します」


「通訳だと?」 


馬子が怪訝な顔をする。


「そうだ。厩戸皇子の言葉は、あまりにも高尚すぎて、凡人には理解しがたい部分があります。私が噛み砕いて説明します」


私はPRINCEの方を向いて、小声で早口に言った。


「(ちょっと黙っててください! あんたの正論ハラスメントじゃ、こいつら暴発します! 僕がうまく丸めますから!)」


『……ふむ。任せよう』


 PRINCEは興味なさげに腕を組んだ。


 私は馬子に向き直り、腹の底からハッタリをかました。


「大臣閣下。皇子は、あなたを排除したいわけではありません。むしろ、逆です」


「逆?」


「はい。皇子は、あなたのその【野心:SSS】を高く評価しておられるのです」 


私は馬子の頭上の文字を指差した。


「この数値は、あなたがどれだけ『天下を取りたいか』という情熱の証。これほど高い数値を持つのは、この国であなただけです」


馬子の表情がピクリと動いた。おだてに弱いタイプだ。


「皇子の提案する『実力主義』は、あなたにとって最高のチャンスなんですよ。今までは、無能な親戚や、口うるさい長老たちに気を使わなきゃいけなかった。でも、このシステムなら……」 


私は声を潜め、悪魔のように囁いた。


「邪魔な無能たちを、合法的に切り捨てられるんです。『能力が足りない』という正当な理由でね」


馬子の目が大きく見開かれた。


「……なるほど。家柄を盾にする老害どもを、堂々と追放できるというわけか」


「その通りです! そして、優秀な若手を手足として使い、この国を効率よく支配する。……隋の皇帝にも負けない、強大な『蘇我帝国』を作る基盤になると思いませんか?」


馬子がゴクリと唾を飲み込んだ。 恐怖が消え、代わりに強烈な欲望が鎌首をもたげる。 PRINCEの提案は「独裁」だが、馬子にとっては「自分のための独裁」に見えたのだ。物語ナラティブの変換成功だ。


「……悪くない」


馬子はニヤリと笑った。それは、歴史に残る悪人面の笑みだった。


「いや、素晴らしい案だ。厩戸皇子よ、いや、太子よ! ワシは感動したぞ!」


馬子は立ち上がり、周囲の豪族たちを一喝した。


「聞いたかお前たち! これより、この国のルールは変わる! 無能は去れ! 優秀な者はワシについてこい! 太子様の仰せのままに、この国を『改造』するのだ!」


「「「は、ははーっ!!」」」


豪族たちが一斉に平伏する。 恐怖と、欲望と、そしてカルト的な熱狂が部屋を支配した。


『……ほう』 


PRINCEが私を見て、わずかに口角を上げた。


『ナラティブ担当、なかなかやるな。嘘も方便か』


「冷や汗かかせないでくださいよ……」 


私はへなへなと座り込んだ。


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