第8話 聖徳サーバーの超並列処理
ヒュン、という風切り音がしたかと思うと、先頭を走っていた兵士の直刀が、根元からへし折れていた。
「……あ?」
兵士が間の抜けた声を上げる。 何が起きたのか、誰にも見えなかった。ただ、純白の残像が揺らぎ、次の瞬間にはPRINCEが兵士の懐に潜り込んでいたことだけがわかった。
『遅い。クロック周波数が低すぎる』
PRINCEは無慈悲に言い放つと、高周波振動する笏――【調和の杖】を、兵士の鳩尾に軽く押し当てた。
ドォォォン!
打撃音ではない。衝撃波の炸裂音だ。 兵士の体は枯れ葉のように吹き飛び、背後の三人まとめてなぎ倒して、泥の中に沈んだ。
「な、なんだと!?」
「妖術か!?」
周囲の豪族たちがどよめく。
だが、PRINCEの手は止まらない。 彼は舞うように戦場を駆け抜けた。 襲いかかる槍を笏で受け流し、背後からの矢を振り返りもせずに叩き落とし、石を投げる者の手首を正確に打ち据える。
『第一条、和を以て貴しと為せ(仲良くしろ)!』
ズドン! 一人が空を舞う。
『第二条、篤く三宝を敬え(仏法=私のルールに従え)!』
バギィッ! 二人が回転しながら吹き飛ぶ。
『第三条、詔を承りては必ず謹め(命令は絶対だ)!』
ドゴォォォォン! 残りの十人がまとめて衝撃波で壁に叩きつけられた。
わずか三十秒。 宮殿の前庭は、うめき声を上げる男たちの死体(気絶体)で埋め尽くされた。 泥一つ跳ねていない純白の衣をはためかせ、PRINCEは静かに笏を振って振動を止めた。
『……ふむ。物理的デバッグ完了。これで少しは静かになったな』
「ひぃぃ……」
腰を抜かした蘇我馬子が、ガチガチと歯を鳴らして後ずさりする。 無理もない。当時の常識では、これは神の御業か、悪鬼の所業にしか見えないだろう。
私は物陰から這い出し、PRINCEに駆け寄った。
「や、やりすぎです! 全員殺しちゃったんですか!?」
『安心しろ、ナラティブ担当。出力は〇・五%に抑えてある。骨を数本と、戦意をへし折っただけだ』
PRINCEは涼しい顔で言い、凍りついた馬子の方へ向き直った。
『さて、蘇我馬子よ。障害は排除した。これより「御前会議」を始める。……まさか、まだ続ける気か?』
PRINCEが笏をチラつかせると、馬子は真っ青になって首を横に振った。
「い、いや……わかった。話を聞こう。……場所を移すぞ」
独裁者のプライドは、圧倒的な暴力を前に粉砕されたらしい。 私たちは馬子の案内で、小墾田宮の奥にある会議の間へと通された。
会議の間といっても、板敷きの床にムシロが敷かれただけの広い部屋だ。 そこには、馬子をはじめとする有力豪族たち、約二〇名が車座になって座っていた。
先ほどの乱闘でボロボロになった者もいれば、恐怖で顔を引きつらせている者もいる。 部屋の空気は最悪だ。誰もが「この得体の知れない白服の男は何者だ」と疑心暗鬼になっている。
PRINCEは上座にドカリと腰を下ろすと、開口一番こう言った。
『時間が惜しい。貴様らの抱えている不満、要望、利権争いの類を、すべて吐き出せ』
豪族たちが顔を見合わせる。 やがて、一人の男が恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……実は隣村との水利権で揉めておりまして……」
それを皮切りに、堰を切ったように全員が喋り出した。
「ウチの領地は土地が痩せていて不公平だ!」
「物部の残党が隠し持っている鉄を没収すべきだ!」
「今年の税が重すぎる! 払えるわけがない!」
「俺を大臣にしろ! 蘇我ばかりズルいぞ!」
「昨日の晩飯の魚が腐っていた!」
怒号。陳情。泣き言。 二〇人が一斉に大声でわめき散らす。聖徳太子の伝説にある「十人の話を同時に聞く」どころではない。ここは動物園だ。
私は耳を塞ぎたくなった。
「ちょ、ちょっと静かに! 一人ずつ喋ってください! これじゃ何言ってるかわからない……!」
『静粛にする必要はない』
PRINCEが片手を上げた。 彼の烏帽子についたインジケーターが、激しく青く点滅している。
『gennai、【超並列演算聴覚】、フル稼働。全音声をテキスト化、意味解析、優先順位付け(トリアージ)を実行せよ』
私の脳内チップに、gennaiの声が響く。
『へいきた! 音声分離完了。……うわぁ、ろくなこと言ってねえなこいつら。「あいつがムカつく」とか「金くれ」ばっかりだ』
PRINCEの瞳の中で、高速でデータが流れていく。 彼は全員がギャーギャーわめいている最中に、矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
『葛城、貴様の水利権問題は、上流に溜池を作ることで解決する。設計図は後で渡す』
『秦、土地が痩せているのは連作障害だ。マメ科の植物を植えろ』
『大伴、鉄の没収は許可するが、精錬技術者を殺すな。雇用しろ』
『中臣、税については来期から累進課税を導入する』
『小野、お前の昇進は却下だ。能力値が足りない』
『麻呂、腐った魚を食べたなら、ドクダミを煎じて飲め』
一分後。 部屋は静まり返っていた。 全員が、ポカンと口を開けている。 自分たちの早口の罵り合いを、この男は一言一句聞き漏らさず、しかもその場ですべてに「最適解」を返したのだ。
「な、なんという……」 蘇我馬子が震える声で呟いた。
「聖徳……。まこと、聖なる徳を持つ者か……」
恐怖が、畏敬へと変わり始めていた。 だが、PRINCEはそんな感情には興味がないようだった。
『不満のガス抜きは終わったな。では、本題に入る。――この国のOS(基本構造)をアップデートする』




