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第56話 宇宙のキャスト表

『ご苦労様でした』


KUKAIの声は、どこか楽しげだった。


『かたる君。君は「物語」を書く人だから、分かるはずです』


唐の都の喧騒をバックに、彼は語り始めた。


『物語に必要なものは何ですか? 清く正しい主人公だけがいれば、面白い物語になりますか?』


「……いいえ」 


私は即答した。


「それじゃ退屈です。ライバルがいて、悪役がいて、裏切り者がいて……あと、どうしようもないダメ人間がいて、初めて物語は動きます」


『その通り』


KUKAIの声に、静かな熱がこもる。


『この宇宙も同じです。宇宙とは、巨大な曼荼羅……すなわち、 「壮大なキャラクター相関図アンサンブル」 なのです』


キャラクター相関図。 


それは、過去から未来へと続く「生命の輪廻」を描き切った、あの偉大な物語作家の死生観そのものだった。 善人も、悪人も、愚か者も。すべてが複雑に絡み合い、互いに影響を与えながら、ひとつの巨大な生命システムを形作っている。誰か一人が欠けても、その物語は成立しない。


『大日如来という「作者」が描いたこのドラマには、不要なキャストなど一人もいません。 破壊者ノブナガは、停滞を打ち破るトリックスター。 依存者ヒミコは、安らぎを与えるヒーラー。 嫉妬者ムラサキは、愛の深さを教える表現者。 ……RYOMA殿は、決して彼らを「悪」として憎んでいたわけではありません。 ただ、あの極限状態で国を存続させるために、容量リソースを食う彼らの情熱を、やむを得ず「非効率なノイズ」として圧縮カットせざるを得なかった。

 生き残るために、「効率」を選び、「心」を切り捨てたのです。

 ……ですが、皮肉なことです。 雑味ノイズを排除し、純度を高めすぎた結果、この国は「生きる喜び」さえ失ってしまった。 それこそが、彼が命懸けで遺したこの完璧な世界の……最大の欠陥バグなのですよ』


私は、手の中の瓶を見た。 さっきまで「ゴミ」だと思っていたものが、急に「宝石」のように見えてきた。 これはゴミじゃない。 この国の未来を彩るための、大切な 「名優たちのデータ」 なんだ。


『持って帰ってきてください。その愛すべきガラクタたちを。……私が構築するOSには、彼らの居場所(席)がちゃんと用意してあります』


「はい……! 届けに行きます!」


イロハマルが反転する。 時空の狭間を抜け、目指すはKUKAIの待つ、帰国後の日本。 西暦八一六年。 場所は、紀伊の山奥――高野山。


転送完了。 


私たちは、深い霧に包まれた山の上に立っていた。


標高八〇〇メートル。 蓮の花のように八つの峰に囲まれた、天空の盆地。 そこは、俗世から隔絶された静寂の世界だった。


「……ここが、高野山」


夜裏が、張り詰めた空気に息を呑む。


「すごい磁場だ。……地脈のエネルギーが一点に集中している。天然のパワースポット……いや、巨大なエネルギー・プラントだ」


霧の向こうから、一人の僧侶が歩いてきた。 数年の修行を終え、唐から帰国したKUKAIだ。 その顔つきは、出発前よりも精悍になり、全身から目に見えない「金色のコード」のようなオーラを放っていた。


彼の手には、唐の皇帝から授かった法具・三鈷杵さんこしょと、膨大な経典ソースコードが握られている。


『待ちわびましたよ』


KUKAIは、穏やかに微笑んだ。


『ここが、この国のOSを設置するメインサーバー・ルームです。……今はまだ、ただの山ですが』


彼は、何もない森を指差した。 そこには、巨大な杉の木々が立ち並び、苔むした岩が転がっているだけだ。


「ここに、寺を建てるんですか?」


『ええ。ですが、ただの寺ではありません』


KUKAIは、三鈷杵を地面に突き刺した。


ズンッ! 


大地が震え、私の視界(ARグラス)に、信じられない光景がオーバーレイ(重畳)された。


杉の木々が光の柱となり、岩がデータ・ストレージとなり、地下を流れる水脈が冷却システムとなって浮かび上がる。 この山全体が、一つの巨大な 「集積回路(ICチップ)」 として設計されているのだ。


『これは「立体曼荼羅」……すなわち、細胞から宇宙までを貫くフラクタル構造を、物理的に再現した装置です』


KUKAIは私に手を差し伸べた。


『さあ、かたる君。君が持ち帰った「データ」を。……この清浄すぎる山に、人間の業をぶちまけてください』


私は、胃薬の瓶の蓋を開けた。 中から、黒とピンクと紫が混ざり合った、ドロドロした情念の奔流が溢れ出した。


それは、聖なる高野山の空気を一瞬で汚した。 しかし、KUKAIはそれを拒絶しなかった。 むしろ、渇いた大地が水を吸い込むように、その「汚れ」を山全体へと循環させていった。


『……融合シンクロ開始』


KUKAIが印を結ぶ。 ここから、人類史上類を見ない、壮大なシステム構築ビルドが始まる。 編集長の持論である「フラクタル理論」が、ついに実装される時が来たのだ。


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