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第55話 業(カルマ)のコレクション

RYOMAの遺産である次元潜行艦『イロハマル』は、時空の激流の中を潜航していた。 


窓の外には、極彩色の光の渦が巻いている。 ここは正規の歴史タイムラインではない。 歴史の修正過程で切り捨てられた可能性、削除されたデータ、行き場を失った想念が漂着する場所―― 【時空の狭間ギャップ】 だ。


『ひでえ眺めだな』 


操舵席のgennaiが、モニターを見ながらぼやく。


『ここにあるのは全部「エラーデータ」だ。RYOMAの旦那が作った「効率的な日本」の歴史には不要と判断されて、削除された連中の成れの果てさ』


私は、窓の外を流れていく「残骸」を見た。 燃え落ちる城の映像。 飢えて泣き叫ぶ子供の声。 裏切られた武将の怨嗟の叫び。


それらは、私たちが知っている「成功した歴史」の影で、ひっそりと消えていった無数の敗者たちの記憶だった。


「……これを、集めるのか?」 


私は、手の中にある胃薬の瓶を握りしめた。 RYOMAが感情を削除した時に空っぽになった、安っぽいプラスチックの瓶。


「ああ。KUKAIのオーダーだ」


夜裏なおすが、沈痛な面持ちで計器を調整する。


「『完璧なシステムには、不完全なデータが必要だ』……彼はそう言った。光だけの世界は嘘だと」


ドォォォン……! 


イロハマルが大きく揺れた。 巨大な「情念の塊」が、船体にぶつかってきたのだ。


「来るぞ、かたる君! 網を張れ! ……まずは、最も激しく、最も痛ましい『破壊の記憶』だ!」


私は、船外活動用のマジックハンドを操作し、その「黒い炎のようなデータ」をキャッチしようとした。


【Data Fragment: Type "DESTRUCTION"】


脳内に、強烈なイメージが流れ込んでくる。


――燃やせ。すべてを無に帰せ。 


――古い権威、腐った伝統、既得権益。そんなものは焼き払ってしまえ。


――俺は孤独だ。誰にも理解されず、ただ破壊し続ける。


それは、あの日、 紅蓮の炎の中で対峙したNOBUNAGA(織田信長) の叫びに似ていた。 現状を打破しようとするあまり、周囲を焼き尽くしてしまった、哀しき革命家の魂。


「うぐっ……! 重い……! 熱い……!」 


私は歯を食いしばった。 ただのデータのはずなのに、物理的な質量と熱量を感じる。 これが「カルマ」の重さか。


「入れろ、かたる!」 


夜裏の指示で、私はその炎を無理やり胃薬の瓶へと押し込んだ。 


ジュウウウ……! 


瓶が焼け付くような音を立てる。


「……確保、しました」 


私は息を切らせた。


「でも、こんな危険なデータ、本当にOSに入れていいんですか? また暴走するんじゃ……」


『いいや、必要だ』


通信機から、KUKAIの声が響いた。 ノイズ混じりだが、その声は唐の長安から届いている。


『破壊衝動は、裏を返せば「進化へのエネルギー」です。……今の日本を見てみなさい。安定しすぎて、誰も挑戦しようとしない。この「怒り」の成分が足りないからです』


なるほど。毒も使いよう、ということか。


続いて流れてきたのは、ピンク色の甘い霧のようなデータだった。


【Data Fragment: Type "DEPENDENCE"】


――考えたくない。決めたくない。 


――誰か偉い人が全部決めてくれればいい。


――幸せな夢の中で、永遠に眠っていたい。


それは、 HIMIKO(卑弥呼) のカルト村の記憶。 思考停止と依存。現代社会では「弱さ」として切り捨てられるマインドだ。


「これも……回収するんですか?」


「ああ。人間は、いつだって強くはいられない」


夜裏が呟く。


「疲れた時に逃げ込める場所、何も考えずにすがれる場所。……それがない社会は、ただの監獄だ」


私は、その甘ったるい霧を瓶に吸い込んだ。 瓶の中で、黒い炎とピンクの霧が混ざり合い、奇妙な色に変わっていく。


そして最後に流れてきたのは、紫色に濡れた、冷たい雨のようなデータだった。


【Data Fragment: Type "JEALOUSY"】


――許さない。私だけを見て。


――愛してる。憎い。愛してる。殺したい。


――私の言葉で、世界を呪ってやる。


MURASAKI(紫式部) の情念。 嫉妬、独占欲、そして狂おしいほどの愛情。 最も扱いにくく、最も人間臭い感情。


『回収してください』 


KUKAIが告げる。


『それは芸術の源泉です。満たされない想い、届かない叫び……それがあるから、人は「物語」を紡ぐのです』


私は、その紫の雨を瓶いっぱいに受け止めた。 重い。 とてつもなく重い。瓶はずっしりと沈み込み、まるで鉛の塊のようになった。


……だが、これで終わりではなかった。


「次が来ます! かたる君、右舷からさらに巨大なデータの群れだ!」


夜裏の叫びと同時に、船体に激しい衝撃が走る。


時計の概念がない時空の狭間で、それからどれだけの時間、死闘を繰り広げただろうか。


【Data Fragment: Type "IMPULSE"】 


銀色の稲妻のように暴れ回るのは、 USHIWAKA(源義経) のデータ。 効率や安全性を一切無視し、ただ「限界を超えて飛びたい」と願う、若く無軌道な衝動。


【Data Fragment: Type "IDEALISM"】 


黄金の砂のように指からこぼれ落ちるのは、 PRINCE(聖徳太子) のデータ。 絶対的システムから見れば最も計算コストを食う、「誰も見捨てたくない」という非効率極まりない理想主義。


それらのデータに触れるたび、強烈な情念に脳髄を直接揺さぶられる。 ニューラル接続の過負荷オーバーロードで鼻から血が垂れ、コンソールを握る指は限界を超えて痙攣していた。 それでも、私はマジックハンドを動かし続けた。


「もっとだ……! まだ足りない!」


私は、血の混じった唾を吐き捨てながら叫んだ。


「人間はもっと、面倒くさくて、欲深くて、救いようがない生き物だろ! 全部寄越せ!」


怒り、弱さ、嫉妬、衝動、青臭い理想。 どれも「成功した社会」には不要なゴミだ。 だが、これらがなければ、人間はただの「生産マシーン」になってしまう。私は歴史の修正過程で切り捨てられた無数の「ノイズ」を、次々とプラスチックの瓶に詰め込んでいった。


やがて――。


けたたましく鳴り響いていたアラートが止み、時空の嵐がスッと凪いだ。 窓の外に漂っていた極彩色の光の渦は消え、宇宙のような静寂が訪れる。


「……集まりました。KUKAIさん」


私は、荒い息を吐きながら、手の中を見つめた。 安っぽいプラスチックの瓶の中には今、混沌とした極彩色の光が、ひとつの小さな銀河のように渦巻いている。


「これが、人間の正体なんですね。……汚くて、重たくて、どうしようもない」


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