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第53話 魂(ソウル)のロスト

RYOMAがケーブルを引きちぎり、近江屋にあった旧式の電信機に無理やり接続した。


「圧縮開始……! 論理構造ロジック、社会システム、法整備データ……これらは必須じゃ。優先度・最高!」


プログレスバーが進む。 しかし、影たちが迫ってくる。時間がない。


「まだ重い……! 容量オーバーじゃ……!」


RYOMAの顔が歪む。


「もっと……もっと削らんと……送れん……!」


彼は、自分の中のデータを次々と削除デリートし始めた。 残すべきは「国の形」。 削るべきは……「国の形に関係ないもの」。


――冗談を言って笑った記憶。 


――仲間と食べた軍鶏鍋の味。 


――日本の夜明けを夢見た、熱い情熱。 


――優しさ。哀しみ。愛。


それらは、ビジネスには不要な「ノイズ」だ。


「RYOMAさん……! まさか……!」 


私は気づいた。彼が何を捨てようとしているのか。


「やめてください! それを捨てたら、あなたがあなたじゃなくなってしまう!」


「……かまわん」 


RYOMAは、私を見てニカッと笑った。 


それは、この旅で何度も見てきた、あの太陽のような笑顔だった。


「日本が……みんなが豊かになるなら……わしの『心』なんぞ、安いもんぜよ」


【感情データ・削除実行】


Enterキーが押された。 


ガガガガガッ! 


電信機が火を噴き、膨大なデータが圧縮され、未来へと送信されていく。


同時に、影たちの刃がRYOMAの背中を貫いた。


ドスッ、ドスッ、ドスッ!


RYOMAの動きが止まる。 彼の瞳から、急速に光が失われていく。 最後に残ったのは、データの送信完了を告げる緑色のランプと……抜け殻になった身体だけ。


「RYOMAさぁぁぁぁぁんッ!!」


私の絶叫と共に、世界がホワイトアウトした。 バグ修正が完了し、歴史が確定する光だ。


光が収まると、私たちは総理官邸に戻っていた。 窓の外を見る。


そこには、信じられない光景が広がっていた。 ネオ・トウキョウは、黄金に輝いていた。 


空を覆う巨大なドーム都市。 行き交うエアカーは全て高級車。 街頭ビジョンには、右肩上がりの株価指数と、過去最高益を更新した「株式会社日本」のロゴが輝いている。


成功だ。 私たちは、日本を世界一の富裕国にしたのだ。


「……やった。やったぞ」


夜裏なおすが、震える声で言った。


「完璧な経済成長だ。貧困も、飢餓も、戦争もない。……RYOMAの命懸けのバックアップが、この国を救ったんだ」


でも。 私は、違和感を覚えていた。


私は街を歩く人々の顔を、モニターで拡大して見た。 誰も笑っていない。 誰も怒っていない。 彼らは無表情で、スマートウォッチの数字だけを見つめ、効率的に歩いている。


老人が転んでも、誰も助けない。「助けるコストが無駄だから」。 


子供が泣いても、親はあやさない。「感情は生産性を下げるから」。


そこにあるのは、RYOMAが最後に送信した「論理ロジック」だけの世界。 彼が泣く泣く削除した「情熱ソウル」が、この国のDNAから欠落してしまった世界。


「……違う」 


私は、窓ガラスに額を押し付けた。


「こんなの、日本じゃない。……龍馬さんが命を削って守りたかったのは、こんな冷たい機械みたいな国じゃない!」


涙が溢れた。 私たちは、ハードは救った。でも、ソフトを置き去りにしてきてしまった。


「総理……。何かが足りません」 


私は振り返り、夜裏に訴えた。


「このままじゃ、日本人は心が死んだまま、ただ生き続けるだけのロボットになってしまいます!」


夜裏もまた、その事実に気づき、青ざめていた。


「……そうだ。RYOMAは最強の『器』を作った。だが、それを動かす『人間性』が……OSが入っていない」


夜裏は、執務室の奥――今まで一度も開かれることのなかった、七番目のカプセルへと歩み寄った。


「システムには、制御するOSが必要だ。……強すぎる経済、強すぎる技術、強すぎる欲望。それら全ての矛盾を包み込み、調和させる、高次元の哲学が」


私は、そのカプセルのプレートを見た。 そこに刻まれている名前は、日本史上、最も天才と呼ばれた男。


【Code Name: KUKAI / The Grand Master】


「入れよう、魂を」 


夜裏が決意を込めて言った。


「承認する。――歴史(日本)を、やりなおす」


「Re-JAPAN計画、最終フェーズ。……起動せよ、【KUKAI】。この完璧すぎるシステムに、人間の『心』を実装するのだ!」


夜裏の指が、起動キーを押し込む。 プシューッ……。 カプセルから白い蒸気が溢れ出し、執務室を包み込んでいく。


その奥で、静かに閉じていた瞳が、今まさに開かれようとしていた。


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