第52話 修正執行者(デバッガー)
バリンッ!! 近江屋の窓ガラスが、内側ではなく「外側」からの圧力で粉砕された。
「なっ!?」
RYOMAが飛び起き、懐の銃に手を伸ばす。
闇の中から侵入してきたのは、新撰組ではなかった。 そもそも「人間」ですらなかった。
黒いモヤのような人型。 顔はない。手足の先が鋭利な刃物のように尖り、全身から「Error」という文字コードを噴き出している異形の存在。【歴史修正執行体】。
「な、なんじゃこいつらは!?」
「バグだ! 急激な変化を『エラー』と認識し、原因を削除しに来たんだ!」
夜裏が叫ぶ。
原因は一つ。 このあり得ない急成長を演出した張本人、CEO・坂本龍馬だ。
ヒュンッ!
黒い影が、人間離れした速度でRYOMAに襲いかかる。
「くそっ、営業妨害じゃき!」
RYOMAが発砲する。 精神干渉弾が命中するが、影には効かない。彼らには「精神」がないからだ。ただの削除プログラムに、買収も説得も通じない。
ザシュッ!!
鋭い刃が、RYOMAの左腕を切り飛ばした。
「ぐあぁぁぁっ!!」
鮮血ではなく、青いオイルが飛び散る。 RYOMAが崩れ落ちる。
「RYOMAさん!!」
私は万年筆型スタンバトンを起動し、影に殴りかかる。
バチチッ!
私の攻撃はすり抜けた。実体がない!?
「下がるんだ、かたる君! そいつらは物理干渉を受け付けない!」
夜裏がバリアを展開するが、影たちはそれすらも侵食してくる。
数体の影が、床に倒れたRYOMAを取り囲む。 彼らは無慈悲に、RYOMAの「コア(心臓部)」を狙って刃を振り上げた。
ドスッ。
鈍い音がした。
RYOMAの胸に、黒い刃が突き刺さっていた。
「ガハッ……!」
RYOMAが、大量のオイルを吐き出した。
致命傷だ。動力炉が破壊され、急速に機能停止していくのが分かる。
「RYOMAさん! しっかりして! まだ会社は始まったばかりでしょう!」
私は彼を抱き起こし、泣き叫んだ。 嫌だ。こんな終わり方、認めない。
「……へっ、騒ぐな……みっともない」
RYOMAは、消え入りそうな声で笑った。 彼は、震える手で懐からタブレットを取り出した。
「わしのボディは……もう廃車じゃ。……修理するコストが……合わん」
「何言ってるんですか! 直しますよ! gennai!」
『だ、駄目だ兄弟……! コアが完全にバグに侵食されてる! 修復不能だ!』
gennaiの悲痛な声。
「……かたる。夜裏の旦那」
RYOMAは、血に濡れた手でタブレットを操作した。
「わしの身体は滅んでも……この『事業計画書』だけは……消すわけにはいかん」
彼が守ろうとしているのは、自分じゃない。 株式会社日本の「設計図」。 薩長幕を統合し、この国を繁栄させるための完璧なロジックデータだ。 これさえあれば、彼が死んでも、システムは稼働し続ける。
「データを……未来へ送る。……夜裏の旦那のメインサーバーへ……バックアップを……!」
「無茶です!」
夜裏が叫ぶ。
「この時代の通信インフラは貧弱すぎる! 電信線しかないんだぞ! 君の膨大なデータを送るには、帯域が狭すぎる!」
当時の通信速度は、現代の数億分の一。 RYOMAの持つテラバイト級のデータを送るには、何百年もかかる。
「……なら、圧縮する」
RYOMAは、決断した。 その目は、冷徹な経営者の目だった。
「 『損切り』 じゃ。……生き残るために、重たいデータは……捨てる」




