第51話 将軍への買収提案
「……貴様ら」
土方が、ギリギリと歯ぎしりをする。 部下を全員引き抜かれ、彼は一人残された。
「金で魂まで売るとはな。……だが、私は売らん。私は幕府の、徳川の剣だ」
「じゃったら、その徳川ごと買うてやる」
RYOMAは、不敵に笑った。
「土方。おんしの上司…… 徳川慶喜 に繋げ。……『社長』同士のトップ会談じゃ」
RYOMAの気迫に押され、土方は渋々インカムを操作した。 空中に、巨大なウィンドウが開く。 そこに映し出されたのは、江戸城の奥深く、無数のモニターに囲まれた椅子に座る男。 第十五代征夷大将軍、徳川慶喜だ。
『……坂本龍馬か。余になんの用だ』
慶喜の声は疲れていた。 彼もまた、傾きかけた巨大企業の経営に苦悩する、一人のCEOなのだ。
「単刀直入に言うぜよ、将軍さん」
RYOMAは、タブレットを慶喜の映像に向けた。
「 『大政奉還』 じゃ」
『……なに?』
「政権(経営権)を朝廷(株主総会)に返上しろ。……幕府という会社を解散し、わしらの『株式会社日本』に吸収合併されるんじゃ」
とんでもない提案だ。 私が歴史の教科書で知っている大政奉還とは、スケールが違う。 これは、 「敵対的買収(Hostile Takeover)」を「友好的買収(Friendly Takeover)」 に変えるためのウルトラCだ。
『……余に、敗北者になれと言うのか』
慶喜の目が鋭くなる。
「違う。……『筆頭株主』になれと言うちょる」
RYOMAは、最後の切り札を切った。
「幕府の持つインフラ、人材、資産……それらを新会社に現物出資しろ。そうすれば、おんしは新会社の役員として、引き続き権力を保持できる。……しかも、面倒な実務(経営)はわしらがやる。おんしは配当金で悠々自適の隠居生活じゃ」
慶喜の表情が動く。 沈みゆく泥船の船長として死ぬか。 それとも、豪華客船のオーナーとして生き残るか。 合理的な彼が、どちらを選ぶかは明白だった。
『……ふっ。……面白い』
画面の中の慶喜が、口元を緩めた。
『よかろう。その買収提案、乗った。……ただし、赤字を出したら即刻クビだぞ、CEO坂本』
【大政奉還、成立】
「……ははっ」
土方が、力が抜けたように膝をついた。アタッシュケースが手から滑り落ちる。
「大将が売ったんじゃ……俺が戦う意味もねえな」
勝った。 血を一滴も流さず、日本という国のOSを書き換えたのだ。 株式会社日本、設立。 これで日本は、最強の経済大国への道を歩み始めるはずだった。
……そう、この時はまだ、誰も気づいていなかった。
この急激すぎる成功が、とんでもない「歪み(バグ)」を生み出そうとしていることに。
株式会社日本の設立宣言から、わずか数日。 京都の街は、狂騒に包まれていた。
「大政奉還」という名の巨大合併劇は、瞬く間に列島を駆け巡った。 内戦の危機が去り、薩長幕が一体となった新政府(新経営陣)が発足。 海外の投資家たち(列強諸国)は、この奇跡的なV字回復を評価し、日本の国債や通貨の価値は垂直上昇を始めていた。
「すごい……! 本当に、日本が変わった!」
私たちは、新会社の暫定本社となった「近江屋」の二階で、タブレットの画面を見つめていた。 真っ赤だったグラフが、すべて健全な黒字へと転換している。 街からは銃声が消え、代わりに建設機械の音と、人々の活気ある声が響いている。
「へへっ、どうじゃ! わしの経営手腕は!」
RYOMAは、ソファに深々と座り、上機嫌でブランデーを煽っていた。
「これでハゲタカどもも手出しできん。日本は、アジア最強の経済大国としてデビューするんじゃ!」
大団円だ。 私たちは歴史を救った。しかも、誰も傷つけずに。 私は、安堵感で力が抜けた。
「……いや、おかしい」
夜裏なおすが、鋭い声で遮った。 彼は窓際で、外の景色を凝視していた。
「総理? どうしたんですか」
「……景色が、歪んでいないか?」
私は窓の外を見た。 夕暮れの京都。活気ある街並み。 だが、よく見ると……建物の輪郭が、時折「ジャミッ」とノイズのようにブレている。 空の色が、紫や緑に不規則に変色している。 まるで、処理落ちしそうな3Dゲームの画面のようだ。
「こ、これは……」
「 処理落ち(ラグ) だ」
夜裏が脂汗を流す。
「経済成長が早すぎるのだ! 本来なら数十年かけて達成するはずの近代化を、わずか数日で強行したせいで……この世界の『描画処理』が追いついていない!」
歴史とは、膨大なデータの集積だ。 RYOMAの行った改革は、あまりにも効率的すぎた。 その急激な変化に耐えきれず、時空そのものが悲鳴を上げ、 「致命的なエラー」 を吐き出そうとしている。
ズズズズズ……。
不気味な地鳴りが響く。 それは地震ではない。世界の裏側から迫りくる、修正プログラムの足音だ。




