第50話 ブラック企業の監査役
だが、この巨大な「地殻変動」を黙って見過ごす組織ではなかった。
ドォォォォン!!
再び爆音が響き、料亭の天井が崩落した。
「――警告はしたはずだ」
黒い影が、数人の部下を率いて降下してきた。 黒のスーツ、サングラス、耳にはインカム。 そして手には、銀色のアタッシュケース。
新撰組・副長、土方歳三。
「RYOMA。及び薩長の両代表。……貴様らの行為は、幕府法第十三条『国家転覆陰謀罪』および『独占禁止法』に抵触する。……よって、全員の資産を凍結し、身柄を拘束する」
土方は、アタッシュケースのボタンを押した。
ジャキッ!
ケースが変形し、青白いプラズマを纏った高周波ブレードへと変わる。
【対企業制圧用兵装・和泉守兼定Ver.Executor】。
「監査の時間だ」
部下の隊士たちも、一斉にスタン・ロッドやネットランチャーを構える。
彼らは「誠」という社訓にプログラムされた、生体アンドロイドのような精密さで包囲網を縮めてくる。
「ちっ、幕府の犬どもが! 嗅ぎつけるのが早いのう!」
RYOMAが舌打ちする。
「西郷! 桂! おんしらは逃げて新会社の登記準備じゃ! ここはわしらが食い止める!」
「承知! 死ぬなよ、CEO!」
西郷がボイラーを全開にし、桂を抱えて壁をぶち破り、脱出する。
「逃がさん!」
土方が跳躍する。 その刃が、西郷の背中を捉えようとした瞬間。
「させませんッ!!」
私が前に出た。 RYOMAから渡されたガジェット―― 【万年筆型スタンバトン】 を展開し、土方の刃を受け止める。
バチチチッ!!
高電圧とプラズマが衝突し、火花が散る。
「くっ……重い……!」
「狼」のような野生の重さではない。 巨大な組織、権力、法律という「システム」の重圧が、剣圧となってのしかかってくる。
「どけ、一般人。……公務執行妨害で処理するぞ」
土方のサングラスの奥の目が、冷たく光る。
「僕は一般人じゃない! ……株式会社日本の『法務担当』だ!」
私は叫んだ。
「総理! お願いします!」
「任せたまえ!」
夜裏なおすが、優雅に指を鳴らした。
ブォン! ブォン! ブォン!
私たちの周囲に、無数のホログラム・ウィンドウが展開された。 そこに表示されているのは、未来の法律、判例、国際条約の条文だ。
【未来法廷闘争支援システム・六法バリア】
「土方君。君たちの拘束令状には不備がある」
夜裏が、冷静に告げる。
「幕府法などというローカル・ルールは、国際基準では無効だ。……君たちの行動こそが、自由貿易を阻害する違法行為だよ」
キンッ! キンッ!
隊士たちが放ったネットランチャーや弾丸が、ホログラムの条文に当たって弾かれる。 「違法」と判定された攻撃を無効化する、概念防御だ。
「屁理屈を……!」
土方が苛立ち、さらに踏み込む。
「法とは、力のある者が決めるものだ! 幕府こそがこの国の法だ!」
土方の連撃。 速い。鋭い。 私のスタンバトン技術(ただの剣道経験者)では、防戦一方だ。
「くそっ……! 正論だけじゃ勝てない……!」
私は後ずさる。 土方のアタッシュケース・ブレードが、私のネクタイを切り裂く。
「終わりだ、違法コンサルタント」
土方がトドメの一撃を振りかぶる。
その時。 RYOMAが、私の肩に手を置いた。
「かたる、よう耐えた! ……あとは交渉の時間じゃ!」
RYOMAは、懐から大量の「紙切れ」を取り出し、扇のように広げた。 それは、ただの紙ではない。 【株券】 だ。
「新撰組の諸君! 聞くがいい!」
RYOMAの大音声が響く。
「おんしら、いつまでそんなブラック企業で働きゆう!? 残業代は未払い! 福利厚生はゼロ! 退職金も出ん使い捨て!」
隊士たちの動きがピタリと止まる。 痛いところを突かれたのだ。彼らは「誠」のために搾取され続けてきた社畜たちだ。
「わしらの新会社に来い! 給料は三倍! ストックオプション(自社株)付き! 週休二日制も保証しちゃる!」
RYOMAが、光る株券をばら撒く。 ヒラヒラと舞い落ちる「好条件」の前に、隊士たちの心が揺らぐ。 システム(命令)で動く彼らにとって、「より良い条件」は抗いがたい魅力なのだ。
「ば、馬鹿な……。惑わされるな! 任務を遂行しろ!」
土方が叫ぶが、隊士たちの武器を下ろす手が止まらない。暴力ではなく、「待遇改善」で敵を無力化する。




