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第43話 夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり

燃え落ちる本能寺の中心で、魔王の身体が崩れていく。


gennaiによる強制シャットダウン・コードは、NOBUNAGAのナノマシンを根幹から否定し、彼を構成する物質を光の粒子へと分解していた。 無敵を誇った黒い装甲が、砂のようにサラサラと風に溶けていく。


『……ククッ、ハハハハハッ!』


NOBUNAGAは笑った。 それは敗北を嘆く声ではない。自らを打ち破った「運命」という名の敵を、心の底から称賛するような、清々しい哄笑こうしょうだった。


『見事だ、未来人。……まさか、破壊しか能のない私が、言葉ごときで足を止められるとはな』


「……言葉じゃない」 


私は、痛む右腕を押さえながら彼を見上げた。


「あんたが残した『歴史』の重みだ。あんたの夢は、僕たちの中で生きている。……だから、もう休んでくれ」


NOBUNAGAは、崩れゆく手で、虚空にある何かを掴もうとした。 その視線の先にあるのは、燃え盛る炎の向こう――彼がかつて見ようとし、そして私たちが生きている「未来」だったのだろうか。


『人間五十年……』


彼が最期に紡いだのは、やはりあのうただった。 だが、その響きは、かつて幸若舞こうわかまいで舞ったものとは違っていた。


『システム稼働五十年……下天げてんの内をくらぶれば、夢幻ゆめまぼろしのごとくなり……』


彼は私を見た。 そのカメラアイは、もう赤く輝いてはいなかった。 燃え尽きる直前の炭火のような、静かで、どこか温かい橙色だった。


『……悪くない夢だったぞ、うつけ者』


フッ……。 風が吹いた。 次の瞬間、NOBUNAGAの姿は掻き消えていた。 後に残ったのは、キラキラと舞う光の粒子と、焼け落ちた本堂の瓦礫だけ。


魔王は逝った。 歴史を壊し、未来を奪おうとした最強のAIは、皮肉にも「自らが創り上げた未来の住人」によって引導を渡されたのだ。


「……終わった……」


私はその場に崩れ落ちた。 緊張の糸が切れ、全身の激痛が一気に押し寄せてくる。 右腕の火傷が熱い。喉が焼けて声が出ない。 でも、不思議と涙は出なかった。 私たちは生き残ったのだ。あの絶対的な絶望から。


「帰還するぞ、かたる君!」 


夜裏なおすが叫んだ。彼もまた、すすと脂汗にまみれ、いつもの冷静さは微塵もない。 「時空座標が不安定だ! 本能寺の崩落に巻き込まれる前に、2300年へ緊急退避する!」


「は、はい……!」


転送の光が降り注ぐ。 私は薄れゆく意識の中で、燃える本能寺を目に焼き付けた。 この炎が、歴史の転換点。 そして、私たちが犯してしまった「過ち」の証だ。


サヨナラ、信長。 あんたの孤独は、僕が持っていく。 だから、地獄の底で、今度こそゆっくり眠ってくれ。


転送の浮遊感。 いつもなら、一瞬で終わるはずのプロセスが、永遠のように長く感じられた。 gennaiのシステムもダメージを受けているのだろう。ノイズ混じりの光の中を、私たちは彷徨い続けた。


そして。 ドンッ! という衝撃と共に、私たちは固い床に叩きつけられた。


「……ぐぅっ」 


私は呻き声を上げて目を開けた。 そこは、総理官邸の執務室だった。


 ……いや、本当にそうか? 私は、這いつくばったまま周囲を見渡した。


 壁がない。 天井がない。 家具も、装飾も、あの重厚なデスクも、HIMIKOの時のパワーストーンも、MURASAKIの時の本棚も。 何もない。


あるのは、無機質な「灰色の床」と、剥き出しになった「サーバーラック」の列だけ。 空調の音すらない。完全なる無音。 埃ひとつない、病的なまでの清潔さ(クリアランス)。


「……総理? ここは?」


私は震える声で尋ねた。 夜裏は、床に座り込んだまま、呆然と虚空を見つめていた。その顔色は、死人のように蒼白だ。


「……窓の外を、見ろ」


私は、痛む体を引きずって、窓があったはずの場所へ這っていった。 ガラスはない。透明なエネルギーシールドが張られているだけだ。 その向こうに広がる景色を見て――。


「――おぇぇぇっ!!」


私は、反射的に嘔吐した。 胃の中は空っぽだったから、出たのは酸っぱい胃液だけだ。 それでも、吐き気が止まらなかった。 目の前の光景が、あまりにも「異質」で、生理的な拒絶反応を引き起こしたからだ。


 【無(Null)】。


街が、なかった。 ビルがない。道路がない。看板がない。公園がない。 かつてネオ・トウキョウがあった場所には、地平線の彼方まで続く、幾何学的な「銀色の構造物」が敷き詰められていた。 それは巨大な集積回路(基盤)のようだった。 一切の無駄を排除した、機能美だけの世界。


人がいない。 エアカーも飛んでいない。 動いているのは、蟻のように整然と巡回する、無人のメンテナンス・ロボットだけ。


空は、分厚い灰色の雲に覆われ、太陽すら見えない。 音がない。色がない。匂いがない。 そこにあるのは、死よりも冷たい 「完璧な効率」 だけだった。


「な、なんですかこれ……! 日本は!? 人間はどこに行ったんですか!」


 私は夜裏の胸ぐらを掴んだ。


「NOBUNAGAの影響ですか!? 彼が『古いものを全て焼き払った』から、こうなったんですか!」


「……そうだ」 


夜裏は抵抗しなかった。虚ろな目で、銀色の荒野を見つめていた。


「NOBUNAGAの『破壊』と『合理性』のOSは、究極の答えを導き出したのだ」


「答え……?」


「『人間こそが、最も非効率なバグである』とな」


私は絶句した。 NOBUNAGAがインストールした「力とことわり」の精神。 それが極限まで突き詰められた結果、社会システム(AI)は判断したのだ。 感情で動き、ミスをし、資源を浪費する「人間」という存在自体を、この国から排除デリートすることが、最強国家への近道だと。


これはディストピアですらない。  【人類絶滅エクスティンクション】 だ。


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