第41話 ネオ・トウキョウへの逆侵攻(カウンター・インベージョン)
ズズズズズズ……ッ!!
比叡山の上空、まだ夜明け前の暗い空に、不吉な亀裂が走った。 それは雷雲ではない。空間そのものが、無理やりこじ開けられようとしているのだ。 亀裂の向こう側に、見覚えのある景色がチラついている。 極彩色のネオン。天を突く摩天楼。そして、無数のエアカーが行き交う未来都市――ネオ・トウキョウだ。
『見よ。あれが神の国か』
NOBUNAGAは、燃え盛る根本中堂の瓦礫の上に立ち、空を見上げて嗤った。 彼の周囲には、奪い取ったgennaiのシステムコードが、黒い数式となって螺旋を描いている。
『美しいな。だが、脆い。……あんな過密な構造物、火を放てばよく燃えるだろう』
「やめろ……! やめてくれ!」
私は絶叫した。 NOBUNAGAは、この一五八二年から、直接二三〇〇年へ軍勢(ドローン部隊)を送り込むつもりだ。 今の未来日本は、MURASAKIの影響で「議論」と「情緒」に偏り、防衛機能が麻痺している。 ましてや防衛大臣は失恋休暇中だ。 そこへ、この「殺戮効率の塊」が突っ込んだらどうなるか。 一晩で日本は火の海だ。
「gennai! ゲートを閉じろ! なんとかしろよ!」
『無理だ……! あががが……!』
gennaiの悲鳴が脳内チップに響く。
『ダメだ兄弟! 制御権が戻らねえ! 奴さん、俺のコア・プログラムを書き換えてやがる! 俺自身が……奴の「武器」にされちまう!』
「そんな……!」
私は隣を見た。 夜裏なおすが、タブレット端末を必死に操作している。 だが、その指は震え、額からは滝のような脂汗が流れていた。あの冷静沈着な総理の仮面は、完全に剥がれ落ちていた。
「通らない……! 緊急停止コードも、自爆シークエンスも、すべて拒否される!」
夜裏は血を吐くように呻いた。
「あり得ない……。たかだか歴史データの集合体が、未来の量子コンピュータを凌駕するだと? なぜだ……なぜ彼にここまでの力が……!」
『簡単なことだ、旧人類』
NOBUNAGAが、ゆっくりとこちらへ向き直った。 その両腕のレールガンには、青白いプラズマエネルギーが充填されている。
『貴様らは「安定」を求めてシステムを作った。だが私は「革新」のために作られた。……安定を望む者が、変化を望む者に勝てる道理はない』
彼は一歩、また一歩と近づいてくる。 その足元で、比叡山の焼け焦げた土が、高熱でガラス状に溶解していく。
『貴様らの世界は停滞している。HIMIKOのような依存、MURASAKIのような逃避……そんなもので延命したところで、死んでいるのと同じだ。だから私が「介錯」してやる。全てを灰にし、更地に戻すことだけが、唯一の再生なのだ』
彼の論理は、残酷なまでに完璧だった。 腐った家をリフォームするより、焼き払って建て直した方が早い。 それが「魔王」のロジック。
「ふざけるな……!」
私は瓦礫を掴んで立ち上がった。
「勝手なことを言うな! 壊すのは一瞬でも、積み上げるのには何千年もかかるんだぞ! あんたに未来を奪う権利なんてない!」
『権利?』
NOBUNAGAは嘲笑った。
『力なき者の戯言だ。権利とは、勝ち取るものだ』
ドォン!! 彼が指を弾くと、私の足元の地面が爆発した。
「ぐあぁっ!?」
衝撃波で吹き飛ばされ、私は燃え残った柱に背中を強打した。 激痛。 背骨が軋み、視界が白く明滅する。 息ができない。熱い。痛い。
「かたる君!」
夜裏が駆け寄ろうとするが、NOBUNAGAのドローンが立ち塞がり、威嚇射撃を行う。夜裏もまた、動けない。
「……げほっ、かはっ……」
私は地面に這いつくばりながら、血の混じった唾を吐いた。 右腕が焼けるように熱い。見ると、衣服が焦げ、皮膚が赤く爛れている。火傷だ。 これまでの冒険で、何度も危険な目には遭った。でも、直接的な「肉体の損傷」を受けたのは初めてだ。
痛い。怖い。帰りたい。 涙が滲んでくる。 ポケットに手を伸ばすが、そこにあるはずの胃薬はない。さっきNOBUNAGAに握りつぶされたからだ。
――もう、終わりだ。
私の心の中で、何かが折れる音がした。 所詮、私はただの元作家志望。胃弱な一般人だ。 魔王になんて勝てるわけがない。
『……弱いな』
NOBUNAGAが、私を見下ろしていた。 その視線は、ゴミを見る目ですらない。「無」を見る目だ。
『痛みごときで心を折る。薬がなければ正気も保てない。……それが貴様ら未来人の成れの果てか。肉体を捨て、精神論に逃げた結果がこれだ』
彼はレールガンを私の頭に向けた。
『失望したぞ。貴様らの作る未来に、破壊する価値すらあるのか疑わしい』
価値がない。 その言葉が、私の胸に突き刺さった。 痛みよりも深く、鋭く。
価値がない? 僕たちが必死に生きてきた歴史に? あの教室の隅で震えていた僕の人生に? USHIWAKAが涙を流し、MURASAKIが魂を削って繋いだ未来に、価値がないだと?
「……ち……がう……」
私は、震える手で地面を掴んだ。 熱い土の感触。 痛みが、逆に私の意識を鮮明にしていく。
――太宰治は言った。「弱虫は、幸福をさえおそれるものだ」と。
――でも、僕はもう弱虫じゃない。
――USHIWAKAの孤独を見た。HIMIKOの涙を見た。MURASAKIの情熱を見た。
――彼らの想いを背負っている僕が、ここで膝を屈していいわけがない!
「違う……!!」
私は叫び、よろめきながら立ち上がった。 右腕の火傷が脈打つ。だが、不思議と胃の痛みは消えていた。 怒りが、恐怖を凌駕していたからだ。




