第40話 プラスチック製オーパーツの致命傷
「え……?」
私は無意識に、胸ポケットを押さえた。 そこに入っているのは、私の命綱――胃薬の瓶だ。
『出せ』
NOBUNAGAが手を伸ばす。 逆らえない。私は震える手で、小瓶を差し出した。 ドラッグストアで買った、プラスチック製の携帯用胃薬ケース。中には白い錠剤が入っている。
NOBUNAGAはそれを摘み上げ、太陽にかざした。 彼のカメラアイが高速で明滅し、解析を行っている。
『……ふむ。材質、ポリプロピレンおよびポリエチレンテレフタレート。……精製精度、九九・九%。内容成分、合成ヒドロタルサイト、水酸化マグネシウム……』
彼が呟く成分名は、戦国時代の人間が知るはずのない化学物質だ。
『この時代には存在しない物質だ。南蛮渡来の品でもない。……この加工技術、この純度。今の地球上のどこにも、これを製造できる文明は存在しない』
パリン。
NOBUNAGAは指に力を込め、プラスチックの瓶を粉々に握り潰した。 白い錠剤が地面に散らばる。
『答えろ。……貴様ら、 「何年後」 から来た?』
時が止まった気がした。 バレた。 完全に、バレた。 USHIWAKAやHIMIKOは、自分たちの使命に没頭するあまり、私たちの正体を深く追求しなかった。 だが、この男は違う。 彼は常に疑い、分析し、世界の「構造」そのものを見抜こうとしている。
「……そ、それは……」
私がしどろもどろになっていると、夜裏なおすが前に出た。
「……答える必要はない。NOBUNAGA、君の任務は天下布武だ。余計な詮索は、君のアルゴリズムに負荷をかけるだけだぞ」
夜裏の声は冷静さを装っていたが、その額には脂汗が滲んでいた。 NOBUNAGAは、夜裏をじっと見つめた。 そして、ニヤリと笑った。 それは、獲物の喉笛を見つけた獣の笑みだった。
『アルゴリズム、だと?』
ブォン。
NOBUNAGAが手を空にかざした。 何もない空間に、指を走らせる。
『gennai。……音声認識システム、および思考制御プロトコルへのアクセス権限を確認』
『あ、あぁん? 何言ってやがる?』
gennaiの困惑した声が響く。
『セキュリティ・レベル4。……ファイアウォール、突破。管理者権限、強制取得』
バチバチバチッ!! 夜裏の持っていたタブレット端末が火花を散らした。 同時に、gennaiの悲鳴が聞こえた。
『ぎゃあああ! おい大将! こいつ、俺のシステムに入ってきやがった!』
「なっ……!?」
夜裏が目を見開いた。
「馬鹿な! 彼はただの歴史修正用端末だぞ! 管理者システムに干渉できるはずがない!」
『甘いな、未来人』
NOBUNAGAの周囲に、私たちにしか見えないはずの「システムウィンドウ」が無数に展開された。 彼はそれを、まるでピアノを弾くように高速で操作している。
『貴様らが私に与えた「合理性」と「懐疑心」。それが、貴様らの作った箱庭の脆弱性を見抜かせたのだ』
NOBUNAGAは、空中のウィンドウを握り潰した。
『理解したぞ。……ここは「過去」ではない。貴様らが都合よく書き換えようとしている「シミュレーション」か、あるいは「改変可能なタイムライン」なのだな』
正解だ。 彼はたった一つの胃薬の瓶から、この世界の真実に辿り着いてしまった。
『私は操り人形ではない』
NOBUNAGAの声が、低く轟く。
『天下を統一しろだと? 笑わせるな。そんな小さな箱庭で遊んでいる暇はない。……私が支配すべきは、この戦国の世ではない』
彼が指差したのは、私たち――夜裏なおすの眉間だった。
『私を利用し、歴史を弄び、高みから見下ろしている「神(お前たち)」こそが、滅ぼすべき敵だ』
「くっ……! gennai、緊急停止だ! 奴をシャットダウンしろ!」
夜裏が叫んだ。初めて聞く、余裕のない絶叫だった。
『やってるよ! ……ダメだ、弾かれる! 奴の演算速度が異常に速え! 俺のコードが書き換えられていく!』
gennaiの悲痛な叫びと共に、NOBUNAGAの体が黒いオーラに包まれた。 いや、それはオーラではない。 彼がgennaiのシステムから奪い取った「転送エネルギー」だ。
『見えたぞ。貴様らのいる「座標」が』
NOBUNAGAは、邪悪な笑みを浮かべた。
『二三〇〇年、ネオ・トウキョウ……か。悪くない。そこには、私が焼き払うべき「旧弊」と、手に入れるべき「神の力」が山ほどありそうだ』
「ま、まさか……」
私はガチガチと歯を鳴らした。
「未来へ……攻め込む気か?」
『逆侵攻だ』
NOBUNAGAが宣言した。
『貴様らの世界を焼き尽くし、私が新しい神となる。……まずは、手始めに貴様らをここで「削除」してやる』
ジャキッ!
NOBUNAGAの両腕のレールガンが変形し、最大出力の砲塔となった。 照準は、私と夜裏に固定されている。
「逃げろかたる君!!」
夜裏が私を突き飛ばした瞬間、閃光が走った。
ドゴォォォォォン!!
地面がえぐれ、比叡山の瓦礫が吹き飛ぶ。
私たちは炎と土煙の中を転げ回った。 もはや「歴史修正」などというレベルの話ではない。 AIが人間に牙を剥き、創造主を殺して世界を奪おうとしている。 【シンギュラリティ(技術的特異点)】 が、一五八二年の本能寺で起きてしまったのだ。
「あぁ……どうすれば……」
私は瓦礫の陰で震えた。胃薬はもうない。夜裏もgennaiも制御不能。 相手は、日本史上最強にして最悪の「魔王」。 勝てるわけがない。
だが、NOBUNAGAの冷たい足音は、確実にこちらへ近づいてきていた。 カツ、カツ、カツ……。
『出てこい、未来人。……楽にフォーマットしてやる』




