第39話 神殺しの行軍
本能寺の変は、たった一時間で終わった。
明智光秀の軍勢一万三千は、NOBUNAGAが展開した数百機の自律兵器によって壊滅。光秀自身も、逃げる間もなくレーザーによる「線」で焼かれ、歴史から削除された。
だが、恐怖はそこからが始まりだった。
「……進むぞ」
夜明け前。まだ燻る本能寺の焼け跡で、NOBUNAGAは告げた。 彼の後ろには、生き残った(生かされた)少数の織田家臣たちが、幽霊のように青ざめた顔で従っている。彼らはもう、主君を見る目をしていない。「魔王」に魂を握られた奴隷の目だ。
「ど、どこへ向かわれるのですか、上様……」
家臣の一人が震える声で尋ねる。 NOBUNAGAは、北東の空を指差した。
『比叡山』
その言葉に、全員が息を呑んだ。 比叡山延暦寺。日本の仏教の母山であり、強大な権威と武力を持つ聖域。 かつて信長はここを焼き討ちしたが、歴史上では「全山焼き討ち」まではいかず、一部の堂宇を焼いたに留まったという説もある。 だが、今の彼がやろうとしているのは、そんな生易しいものではない気がした。
「ま、また焼くのですか!? 仏罰が下りますぞ!」
『仏罰?』
NOBUNAGAは鼻で笑った。
『そんなものはない。あるのは「既得権益」と「思考停止」という名のバグだけだ。……神も仏も、この国には不要だ。私が新しい理になる』
彼は歩き出した。 馬にも乗らず、スラスターによるホバー移動で、地面を滑るように進んでいく。 その背中は、天下統一を目指す武将のそれではない。 不良セクタを物理的に破壊しに行く、冷徹なシステム管理者の背中だった。
「待ってください! NOBUNAGA!」
私は走って追いかけた。夜裏とgennaiも続く。
「比叡山を消すなんて……そんなことをしたら、日本の文化も歴史もめちゃくちゃになる! あんたの役割は『戦国の世を終わらせる』ことだろ!?」
『終わらせるさ』
NOBUNAGAは振り返らずに答えた。
『だが、上書き(アップデート)するだけでは不十分だ。この国のOSは根腐れしている。宗教、権威、伝統……それら古いコードが、人間を弱くした。……だから、一度すべて「初期化」する』
「初期化……?」
嫌な予感がした。 彼は、比叡山だけを狙っているんじゃない。 石山本願寺も、朝廷も、あらゆる「日本人の心の拠り所」を、物理的に消去するつもりだ。
比叡山に到着した時、そこは地獄絵図と化した。 僧兵たちが薙刀を振るって抵抗するが、NOBUNAGAのドローン部隊の前では無力だった。
シュッ、シュッ、シュッ。
レーザーが走るたびに、僧兵たちの首が飛び、胴体が両断される。 だが、NOBUNAGAが本当に破壊したのは、人間ではなかった。
『目標確認。根本中堂。……焼却開始』
ドローンから、特殊な焼夷剤が投下された。 それは通常の火ではない。物質を分子レベルで分解する、青白いプラズマの炎だ。 千数百年に渡り消えることのなかった「不滅の法灯」が祀られている国宝の堂宇が、音もなく溶けていく。
「やめろぉぉぉっ!!」
私は叫んだ。 目の前で、日本の歴史が、文化が、祈りが、ただの炭素の粉末に変わっていく。
「それはただの建物じゃない! 人々が千年以上、祈りを捧げてきた場所なんだ! 心の支えなんだぞ!」
『だから消すのだ』
NOBUNAGAは、燃え落ちる堂宇を見つめながら淡々と言った。
『祈りなどという不確定なものに縋るから、人間は弱くなる。自分の頭で考えず、神に答えを求める。……HIMIKOの時代から続く、日本人の悪癖だ』
ハッとした。 彼は、HIMIKOが作った「依存社会」を否定しているのか? いや、それだけじゃない。MURASAKIが作った「情緒社会」も、USHIWAKAの「武士道」も。 すべてを否定し、更地にしようとしている。
『力なき正義は無力。理なき信仰は妄想。……この国に必要なのは、絶対的な「力」と、冷徹な「理」のみ』
バリバリバリッ!
根本中堂が崩れ落ちた。 その瓦礫の下に、数多の仏像や経典が埋もれ、灰となって消えていく。
「あぁ……なんてことを……」
私は膝から崩れ落ちた。 胃が痛い。今すぐ吐きたい。 これは「歴史修正」じゃない。「文化的大虐殺」だ。
「おい、そこの貴様」
NOBUNAGAが、ふいに私の方へ近づいてきた。 赤いカメラアイが、私の胸元を凝視している。
『さっきから気になっていた。……貴様、何を持っている?』




