第37話 業火のモーニングコール
転送の光が収束した瞬間、私の五感は暴力的なまでに蹂躙された。
まず、熱。 肌を焦がすような猛烈な熱気が、全身を包み込む。呼吸をするだけで肺が焼けそうだ。 次に、音。 木材が爆ぜる轟音。怒号。悲鳴。そして、金属がぶつかり合う耳障りな音。 最後に、臭い。 焦げた木と、火薬と、そして……肉が焼ける独特の、鼻につく脂の臭い。
「……げほっ! ごほっ!」
私は煙を吸い込み、激しく咳き込んだ。 目を開けると、視界は紅蓮の炎で埋め尽くされていた。 夜空を焦がすほどの巨大な火柱が、寺院の屋根を突き破っている。
『System Check... 座標固定完了。西暦一五八二年六月二日、未明。京都、本能寺。……状況、クライマックスだ』
gennaiの声が、ノイズ混じりに響く。いつもの軽口は影を潜め、硬質なトーンだ。
「いきなり本番ですか!?」
私は這いつくばりながら、熱風から身を守った。 ここが、日本の歴史上最も有名なクーデターの現場。 明智光秀による謀反。織田信長の最期。
「敵は本能寺にあり! 信長の首を獲れぇぇぇ!」
四方八方から、水色桔梗の紋をつけた明智軍の兵士たちがなだれ込んでくる。その数、数千。対する織田側の守備兵は百にも満たないだろう。 一方的な殺戮。歴史通りの結末に向かって、秒読みが始まっている。
「総理! NOBUNAGAは!? どこにいるんですか!」
私は隣にいるはずの夜裏なおすを探した。彼は、炎の照り返しで赤く染まった顔で、燃え盛る本堂を指差した。
「あそこだ。……『魔王』の玉座だよ」
本堂の縁側に、その男は立っていた。 周囲の炎など意に介さず、まるで庭の景色でも眺めるように、静かに腕を組んで仁王立ちしている。
歴史修正用アンドロイド、コードネーム『NOBUNAGA』。 深紅のマントが熱風に煽られ、生き物のように蠢いている。その下に見えるのは、戦国時代の甲冑ではない。黒曜石のように艶やかな、未来のナノ・カーボン装甲だ。
「……是非もなし」
NOBUNAGAの口から、歴史に残る有名なセリフが漏れた。 だが、その声色には、諦めも、覚悟も、感情の色が一切なかった。 あるのは、目の前の状況を冷徹に分析する、機械的な響きだけ。
「……排除する」
「かかれぇぇぇ! 魔王の寝首をかけば、我らが出世ぞ!」
明智軍の先鋒隊、数十人の足軽たちが、槍を構えて本堂へ殺到した。 彼らの目には、功名心と、伝説の武将を討ち取る興奮が宿っていた。 NOBUNAGAは、彼らに一瞥もくれなかった。
『gennai。【全方位自律焼夷ユニット・焦土】、展開』
NOBUNAGAの周囲の空間が歪んだ。 彼の背後から、直径数センチほどの小さな金属球体が、無数に射出された。 それらは空中で静止すると、蜂の群れのようにブゥン……と低いうなり声を上げ始めた。
「な、なんだあの鉄砲玉は!?」
足軽たちが足を止めた瞬間。
カッッッ!!
数十個の球体から、一斉に超高温のレーザー光線が照射された。 それは「撃つ」というよりは、「線を引く」ような動作だった。 光の線が、足軽たちの体を水平に薙ぎ払う。
「あ……?」
先頭にいた男が、自分の腹を見た。 鎧ごと、胴体が上下に分断されていた。 痛みを感じる暇もなかっただろう。切断面は瞬時に炭化し、血すら流れない。
ドサッ、ドサッ、ドサッ。
数十人の人体が、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。
「……ひっ」
後続の兵士たちが凍りついた。 悲鳴すら上げられない。目の前で起きたことが理解できないのだ。
「次」
NOBUNAGAが指を振るう。 金属球体が再び動き出す。今度は、庭の木々に隠れていた弓兵たちの上空へ。
ジュッ! ジュワァァァァッ!
上空から、ナパーム弾のような粘着性の焼夷剤が散布された。
「ぎゃあああぁぁっ! 熱い! 助けてくれぇぇ!」
火だるまになった兵士たちが、地面を転げ回る。だが、炎は消えない。骨まで焼き尽くすまで、その業火は止まらない。
臭い。 肉が焦げる、あの独特の、吐き気を催す臭いが境内に充満する。
「うっ……ぷ……!」
私は口元を押さえ、その場にうずくまった。 胃の中のものが逆流してくる。 USHIWAKAの戦いも残酷だった。だが、あれにはまだ「武士の戦い」としての熱があった。 これは違う。 これは「作業」だ。 害虫駆除のように、感情を一切挟まず、効率的に敵を「焼却処分」しているだけだ。
「……総理! 止めてください!」
私は涙目で夜裏に訴えた。
「もう勝負はついてます! 明智軍は戦意喪失してる! これ以上殺す必要はない!」
夜裏は、NOBUNAGAの行動を冷ややかに見つめていた。
「……彼のアルゴリズムに『手加減』という概念はない。彼は『敵の殲滅』という最適解を実行しているだけだ。最も効率的で、最も確実な方法でな」
「そんな……! あれじゃ人間じゃない! ただの殺戮マシーンだ!」




