表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/60

第32話 怨霊パンデミックと百鬼夜行

同時刻。内裏の外。 


見張りをしていた夜裏なおすは、懐中のガイガーカウンターのような計器が、異常な数値を叩き出しているのを見て眉をひそめた。


「……マズいな」 


計器の針が振り切れている。


「都中の『怨霊ウイルス』が活性化している。……MURASAKIの執筆活動に共鳴して、負のエネルギーが引き寄せられているのか」


ズズズズズ……。 


地面が揺れた。 内裏の門の向こうから、無数の「影」が滲み出してくる。 それは、貴族たちの嫉妬、庶民の怨嗟、捨てられた女たちの悲しみが凝縮し、実体を持った怪物―― 【百鬼夜行ひゃっきやこう】 の群れだった。


「ひひひ……出世したい……」


「私を見て……」


「殺してやる……」


影たちは、人の形をしているが、顔がない。あるいは目が多すぎる。 それらが、MURASAKIのいる局を目指して、雪崩のように押し寄せてくる。


「かたる君、MURASAKI」


夜裏はハンドガン(対霊体用プラズマ弾装填)を抜き、通信機に向かって告げた。


「急げ。締め切りが早まったぞ。……読者ファンたちが、サインを求めて殺到してきている」


バン! バン! 


夜裏の発砲音が、静寂な夜を切り裂いた。 だが、影たちは倒れても倒れても、霧のように再生し、再び立ち上がる。 物理攻撃無効。 なぜなら、彼らは「病んだ心」そのものだからだ。


「文学で祓うしかない」 


夜裏はリロードしながら呟いた。


「間に合わせろよ、陰キャ同盟。……この国が、うつで死ぬ前に」


バリバリバリッ!!


障子が破られる音が、つぼねの静寂を切り裂いた。 同時に、腐った泥のような悪臭が部屋になだれ込んでくる。


「かたる君! 防壁が破られた!」 


夜裏なおすが部屋に飛び込んできた。その肩で息をする姿を見るのは初めてだ。彼の手にしたプラズマ・ハンドガンからは煙が上がっているが、敵を倒した手応えはない。


「私の武器は無力だ。奴らは実体がない。『概念』そのものだ!」


夜裏の背後から、それは現れた。 【百鬼夜行ひゃっきやこう】。 絵巻物に描かれるような滑稽な妖怪ではない。もっとおぞましい、人間の負の感情が凝縮された不定形の影だ。


「……ねたましい……」


「……なんで私じゃないの……」


「……死ねばいい……みんな死ねばいい……」


影たちは、貴族の衣装をまとっているが、顔の部分には目も鼻もない。あるのは、無限に呪詛を吐き出し続ける、ぽっかりと開いた「黒い穴(口)」だけだ。 それらが、部屋の床板を軋ませながら、ズリズリと這い寄ってくる。


『ヒッ……!』 


MURASAKIが悲鳴を上げ、扇子を取り落とした。 彼女はガタガタと震え、部屋の隅へ後ずさる。


「MURASAKIさん!?」


『いや……来ないで! 見たくない!』 


彼女は頭を抱えた。


『あれは……私の心よ! 私が小説の中で書こうとしていた、人間の汚い部分……嫉妬、憎悪、劣等感……それが具現化して襲ってきてるんだわ!』


作家の想像力が、怨霊ウイルスと共鳴し、最悪の形で実体化したのだ。 彼女にとって、それは自分の内面はらわたを見せつけられるような苦行だろう。


「うらめしや……」 


一際巨大な影――六条御息所ろくじょうのみやすどころのモデルとなったであろう、高貴な女性の姿をした怨霊が、MURASAKIに手を伸ばした。 その指先が触れた畳が、一瞬で腐敗し、黒いシミとなる。


「危ない!」 


私はとっさにMURASAKIの前に飛び出し、手近にあった文机を盾にした。 バヂィッ! 怨霊の爪が机を掠め、木材が悲鳴を上げる。


『かたる! 退きなさい! あんたまで呪われるわよ!』


「退けませんよ! 僕は担当編集ですから!」 


私は震える足で踏ん張った。胃が痛い。吐きそうだ。目の前の怪物は、生理的嫌悪感の塊だ。 でも、ここが正念場だ。


「総理! 何か時間稼ぎの方法はないんですか!」


「……一つだけある」 


夜裏は懐から、数枚のディスクを取り出した。


「gennai特製『ポジティブ・シンキング・グレネード』だ。強制的に明るい情報を空間に散布し、陰の気を中和する!」


 夜裏がディスクを投げると、閃光と共にホログラムが展開された。 子猫の映像。アイドルの笑顔。そして「明日はきっといい日になる!」というポップな文字。


だが。


「……ウザい……」


「……キラキラしててムカつく……」 


怨霊たちは、逆に活性化した。 ポジティブな押し付けは、メンタルを病んでいる者にとっては猛毒なのだ。彼らの体積が倍に膨れ上がり、怒号と共に襲いかかってくる。


「逆効果だぁぁぁ!」 


夜裏が吹き飛ばされる。 もはや、この部屋は絶望の密室と化した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ