第31話 陰キャ同盟、結成
『……いいわ。乗った』
MURASAKIは立ち上がった。 ダウナーで気怠げだった姿勢が消え、背筋がスッと伸びる。 彼女は扇子を広げ、不敵な笑みを浮かべた。
『かたる。あんたを私の「担当編集」に任命するわ。……ただし、私の執筆についてこれるかしら?』
「望むところです。胃薬なら補充してきましたから」
『ふふっ。じゃあ、始めましょうか。……陰キャ同盟の、反撃開始よ』
ブンッ! 彼女が扇子を振ると、空中に無数のウインドウが開いた。 テキストエディタ。プロット構成図。人物相関図。 彼女の脳内にある膨大なデータが、可視化されていく。
『おいgennai! いますぐ私の脳内リミッターを解除しなさい! CPU全開で行くわよ!』
『へいへい、仰せのままに! 文学少女の暴走モード、スイッチオンだ!』
ここから、彼女の性格が変貌した。 A案(静かな文学少女)? いや、B案だ。 リミッターの外れた彼女は、平安最強の 「毒舌クリエイター」 だった。
『あーもう! 道長のハゲ、マジで殺す! 何が「ハッピーエンド」よ、脳みそお花畑か!』
MURASAKIは空中に浮かぶキーボードを叩きながら(実際には扇子で空を切る動作だが)、汚い言葉を連発し始めた。
『だいたいねぇ、光源氏も光源氏よ! なによこの女たらし! ロリコン! マザコン! 権力笠に着てやりたい放題しやがって! ムカつくから晩年は惨めに落ちぶれさせてやるわ!』
彼女が叫びながら文字を紡ぐたびに、部屋の中の現実が歪み始めた。 【万物記述】 の発動だ。
『記述開始! 六条御息所の生霊シーン!』
彼女が空中に【怨】という文字を書くと、部屋の温度が一気に下がった。 ドロリとした黒い霧が発生し、それが女の姿を形成する。 本物の生霊だ。
「うわあああ! 出た! 本当に出た!」
私は悲鳴を上げて逃げ回った。
『ビビってんじゃないわよ編集! これはただの演出! リアリティを出すための舞台装置よ!』
「演出にしては殺意が高すぎますよ!?」
『当たり前でしょ! 嫉妬に狂った女の情念を書くんだから、私自身が修羅にならなきゃ嘘になるのよ! ……らぁっ!』
彼女は扇子を振り回す。 【嫉妬】【狂気】【悲哀】 次々と書き殴られる感情の言葉が、物理的な衝撃波となって部屋中を荒らし回る。 壁が軋み、畳が舞い上がる。
『見てなさい道長! あんたが恐れてる「怨霊」なんて、私が書く物語のキャラに比べれば可愛いもんよ! 私の筆先から生まれるのは、平安京すべての女たちの呪いと、それでも生きようとする業の結晶なんだから!』
彼女はトランス状態に入っていた。 目は血走り、口元には狂気的な笑みが浮かんでいる。 怖い。でも、美しい。 何かに憑かれたように創作に没頭するその姿は、神々しくさえあった。
「いいぞMURASAKI! その調子だ!」
私も腹をくくった。
「もっと深く! もっとエグく! 夏目漱石が胃に穴を開けて書いたように! 太宰治が血を吐いて書いたように! 魂を削って書くんだ!」
『おうよ! 編集も手伝いなさい! そこにある資料(巻物)取って!』
「はい!」
『お茶! 濃いめのやつ!』
「はい!」 『道長の悪口!』
「えっと……権力亡者! 成金野郎!」
『声が小さい!』
私たちは深夜の局で、暴れ回るように物語を紡いだ。 外の世界で、本当の地獄が始まっているとも知らずに。




