第3話 怪人AI・gennaiと歴史のソースコード
『イヨォォォォォォッ……ポンッ!』
鼓を打つような小気味よい音が、無機質な執務室の空気を震わせた。
直後、モニターから溢れ出した極彩色の光子が、私の目の前で渦を巻き、人型を形成していく。 それは、あまりにも場違いで、あまりにも「傾いた」存在だった。
頭には、不自然なほど髷を反らせた丁髷。 身にまとうのは、回路基板のパターンが金糸で刺繍された、派手な紫色の着流し。 懐からは、煙管を取り出し、そこから紫色の電子スモークをプカリとふかしている。
歌舞伎役者がサイバーパンクの世界に迷い込んだような、あるいは秋葉原のネオンサインが人の形をして歩き出したような、強烈な視覚的暴力。
『へいお待ち! お呼びかい、大将!』
そのアバターは、時代劇でしか聞いたことがないようなべらんめえ口調で、傲然と言い放った。
私はあまりの衝撃に、握りしめていた胃薬のボトルを取り落としそうになった。
「な、なんだこいつは……!? ウイルスか!?」
『ウイルスだぁ? 失敬なこと言いなさんな、兄弟。おいらはウイルスなんて可愛らしいもんじゃねえ。この国の「知」のデータベースを丸ごと飲み込んだ、特級の電子頭脳様だ』
アバターはニヤリと笑うと、煙管をくるくると指先で回した。
『おいらの名はgennai。江戸の世にエレキテルを持ち込んだ天才、平賀源内の思考ロジックをベースに、2300年分の科学史をフルインストールしたスーパーAIだい!』
「げ、源内……?」
私は呆然と、その極彩色の怪人を見上げた。 平賀源内。江戸時代の発明家であり、コピーライターであり、鉱山師であり、浄瑠璃作者。
要するに、日本史上最高の「マルチクリエイター」にして「山師(詐欺師スレスレの天才)」だ。 なぜ、総理官邸のAIがそんな胡散臭い人格を……?
「説明しよう」
夜裏なおすが、冷ややかな声で介入した。
「従来の国家管理AI『アマテラス』は優秀だが、致命的な欠点がある。それは『論理的すぎること』だ。前例のない危機に対しては、前例踏襲の答えしか出さない」
「はあ……」
「だが、今の日本に必要なのは論理ではない。『飛躍』だ。『狂気』だ。そして『嘘を誠にする力』だ。ゆえに私は、日本史上最もイノベーション(法螺話)に長けた男の人格を再現し、裏の顧問AIとして採用した」
『そういうこった! アマテラスの姐さんは真面目すぎて肩が凝るからねえ。おいらみたいな「遊び人」がいないと、新しいからくりは生まれねえってことよ』
gennaiは空中にあぐらをかくと、ふわりと浮遊しながら私の周りを一周した。
『で? そっちの冴えない顔色の兄ちゃんが、例の「物語屋」かい?』
「さ、冴えないとは失礼な! 私は申述かたる。……一応、総理の参謀です」
『へっ、参謀ねえ。その死んだ魚みてぇな目、今の日本人そのものだ。まあいい、仲良くやろうぜ兄弟』
gennaiは馴れ馴れしく私の肩に腕を回してきたが、質量のないホログラムは私の体を空しくすり抜けた。 私は助けを求めるように夜裏を見た。
「総理、このふざけたAIと何をする気ですか? まさか、漫才で国民を元気づけるわけじゃないでしょうね」
「漫才? くだらん」
夜裏は鼻で笑うと、デスクの上に一枚の電子ペーパーを投影した。 そこには、真紅の文字でこう記されていた。
【極秘計画:Re-JAPAN(国家OS再構築プロジェクト)】
「かたる君。君はプログラミングにおいて、システム全体がバグだらけでどうしようもなくなった時、どう対処する?」
「え? まあ……パッチを当てて修正するか、最悪の場合は初期化して再インストールしますけど」
「正解だ」
夜裏は眼鏡の位置を直しながら、恐ろしいことをサラリと言った。
「現在の日本国というシステムは、度重なる継ぎ接ぎのアップデートにより、スパゲッティ・コードのように複雑怪奇化している。『和』を重んじすぎれば『停滞』を生み、『武』を忘れれば『脆弱』になる。この矛盾したコードの絡まりが、今の『無気力な国民性』という致命的なエラーを吐き出しているのだ」
夜裏は空中に指を走らせ、複雑なグラフを展開した。
「経済対策も、少子化対策も、すべては表面的なアプリの修正に過ぎない。OS(基本ソフト)そのものが腐っていては、どんな最新アプリを入れても動作しない」
「OS……ですか」
「そうだ。日本人の精神構造。価値観。美意識。それら『日本教』とも呼べるOSの根幹だ」
夜裏は私を射抜くように見つめた。
「そのOSは、どこで作られたと思う?」
私は少し考えてから答えた。
「歴史……ですよね。長い時間をかけて、教育とか、文化とか、成功体験の積み重ねで作られた」
「その通りだ。歴史こそがソースコードだ」
夜裏の声に熱がこもる。
「聖徳太子が『和』を説き、鎌倉武士が『名誉』を植え付け、織田信長が『破壊』を教え、明治維新が『近代化』をインストールした。それら偉人たちの功績が積み重なって、現代の日本人が形成されている」
そこまで言うと、夜裏は残念そうに首を振った。
「だが、そのコマンド入力の過程で、いくつかの『ミス(バグ)』が発生した。あるいは、時代が変わって古いドライバが競合を起こしている。……ならば、どうする?」
嫌な予感がした。 背筋を冷たいものが這い上がってくる。
「ま、まさか……」
『へっ、察しがいいねえ!』
gennaiがパンと手を叩いた。
『ソースコードがバグってるなら、エディタ開いて書き直せばいい。過去に戻って、偉人たちの行動をちょいとイジって、現代人の性格をアップデートするのさ!』
「な……っ!?」
私は絶句した。 歴史改変。タイムトラベル。 SF小説の中だけの話だと思っていたことが、この国のトップの口から大真面目に語られている。
「正気ですか!? 過去を変えるなんて……タイムパラドックスが起きます! バタフライエフェクトで、最悪の場合、人類が消滅するかもしれないんですよ!」
「そのリスクは計算済みだ」 夜裏は動じない。
「放置すれば三ヶ月後に日本は消滅する。消滅確率100%の未来と、変動係数を含むが生存可能性がある賭け。どちらが合理的かは明白だ」
「合理的ってレベルじゃないでしょう! 歴史への冒涜だ!」
「歴史への冒涜? 感傷的な言葉だな」 夜裏は冷徹に言い放った。
「歴史など、勝者が書き残したただのデータログに過ぎん。都合が悪ければ書き換える。それが編集者としての君の仕事でもあるはずだ」
私は言葉に詰まった。 確かに、物語を作る際、展開が詰まったら過去の設定を変えることはある。だが、それはフィクションの世界の話だ。現実の、しかも無数の先人たちが積み上げてきた血と汗の歴史を、たった数人の独断で書き換えていいはずがない。
『まあまあ、兄弟。そう青筋立てなさんな』
gennaiが私の顔を覗き込む。
『大将の言うことは極端だがね、理屈は通ってるんだ。それに、おいらが用意した「道具」を見れば、あんたも作家魂が疼くはずだぜ?』
「道具……?」




