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第28話 ゴミ屋敷(クリエイターの巣窟)と文学少女

局の前まで来ると、中から腐ったような、ボソボソとした話し声が聞こえてきた。


『……無理。絶対無理。書けない。もう一文字も書きたくない』


女性の声だ。低く、気怠げで、今にも消え入りそうな声。


『春はあげぽよ……とか、意味不明だし。春はあけぼの? はあ? 眠いだけだし。……もう帰りたい。実家に帰りたい。誰か私を殺してくれないかな……』


「……あげぽよ?」 


平安時代に似つかわしくないギャル語(死語)に、私が首をかしげると、夜裏が無遠慮にふすまを開け放った。


「失礼する」


部屋の中の光景に、私は絶句した。 そこは、雅な平安の部屋というよりは、現代の「締め切り前の漫画家の修羅場」だった。


床には書き損じの和紙が雪のように散乱し、すずりがひっくり返り、食べかけの干菓子や果物の皮が放置されている。 そのゴミの山(クリエイターの巣窟)の中央で、高価な十二単を布団のように被って丸まっている「塊」があった。


歴史修正用アンドロイド、コードネーム『MURASAKI』。 世界最古の長編小説『源氏物語』の作者にして、日本文学史上最高の才女、紫式部だ。


「起きろ、MURASAKI」 


夜裏が冷たく命じる。


「藤原道長公からの納期デッドラインは明日だぞ。進捗はどうだ」


『……あー、総理プロデューサー。お疲れ様ですぅ……』 


MURASAKIは布団(十二単)から顔だけ出した。 長い黒髪は手入れされておらずボサボサ。透き通るような白い肌には、健康的な血色が皆無だ。目の下のクマは、先ほどの貴族たちよりも深い。 そして、その手には扇子のような形をしたハイテクデバイス―― 【ホログラム・コンソール】 を握りしめている。


『無理ですってば。メンタル死んでますもん。エモい文章なんて一行も書けません。……いっそ、HDDごとフォーマットしてくれません?』


「言い訳は不要だ。書け」


『パワハラだ……。これだから権力者は嫌い。みんな死ねばいいのに……末代まで祟ってやる……』


 彼女はブツブツと呪詛を吐きながら、のそのそと起き上がった。 その動作一つ一つが重い。圧倒的なダウナー系オーラ。 だが、その前髪の奥から覗く瞳は、深海のように暗く、そして世界を射抜くような鋭い知性を宿していた。


「あの……初めまして。申述かたると申します」 


私が恐る恐る挨拶すると、MURASAKIはジロリと私を見た。まるでゴミを見るような目だ。


『……誰? また道長の回し者? 「もっとエロいシーン書け」とか言いに来たわけ?』


「い、いえ! 違います! 僕は……あなたのファンです! 『源氏物語』、全巻読みました!」


『……へぇ』 


彼女の目が少しだけ見開かれた。興味なさげだった表情に、わずかな波紋が広がる。


『あんな長いだけの話、全部読んだの? 物好きね。……で、どの巻が好き? どうせ「若紫」とかでしょ? 男はみんなロリコンだから』


「ち、違います! 僕が好きなのは……『宇治十帖』です!」 


私は一歩踏み出した。オタク特有の早口スイッチが入る。


「特に、浮舟が板挟みになって、川に身を投げるシーン……あの救いのなさが最高でした! 光源氏の華やかな恋じゃなくて、その後の世代の、どうしようもない閉塞感と絶望を描き切ったあなたの筆力に、僕は震えたんです!」


『……!』 


MURASAKIの口元が、ニヤリと歪んだ。 それは、初めて見せる「同志」への共感の笑みだった。


『あんた……わかってるじゃない。……そうよ、あそこがいいのよ。みんな「光源氏の恋が素敵〜」とか言うけど、あんなのただの権力持ったチャラ男の自慢話よ。私が書きたかったのは、その裏にある女たちの情念と、逃げ場のない絶望なんだから』


おお、食いついた。 やはりクリエイターだ。自分の作品の「一番暗い部分」を褒められると弱いらしい。 この人となら、仲良くなれるかもしれない。そう思った矢先だった。


ドスン、ドスン、ドスン!


廊下から、床板がきしむほどの荒々しい足音が響いてきた。


『げっ……来た』 


MURASAKIの顔色がサッと変わり、瞬時に布団の中に潜り込む。


『最悪のタイミング。ヤバいのが来たわ。隠れて!』


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