第26話 こじらせ文学女子、MURASAKI起動
「修正が必要だ」
夜裏なおすは、デスクの上のパワーストーンを無造作に薙ぎ払った。 ジャラジャラと石が床に散らばる。
「この湿っぽい空気を変えるには、どうすればいい?」
夜裏が問う。
「『力(義経)』を与えれば暴走し、『祈り(卑弥呼)』を与えれば依存する。……極端すぎるのだ、この国の国民性は」
「バランス……ですか?」
私が答える。
「自分の感情をコントロールする力。現実の辛さを受け入れながら、それでも生きていく『知性』と『教養』が必要です。スピリチュアルに逃げるんじゃなくて、自分の心と向き合う強さが」
「その通りだ」
夜裏は頷き、四番目のカプセルの前に立った。
「感情を言語化し、客観視する能力。それを国民にインストールできるのは、この国の歴史上、最も『人間の業』を見つめ続けた、あの女しかいない」
『へっ、こいつは劇薬だぜ?』
モニターの中で、gennaiがニヤリと笑った。
『HIMIKOが「光のアイドル」なら、こいつは「闇の文学少女」。世界最古の長編小説を書いて、宮廷のドロドロした人間関係を冷めた目で観察してた、超一級の「陰キャ」だ』
私は、そのカプセルのプレートを見た。 時代は、西暦一〇〇八年頃。 華やかで、しかし陰湿な平安王朝の時代。
【Code Name: MURASAKI / The Lady of Tale】
「紫式部……」
私はその名を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「『源氏物語』の作者。……でも総理、彼女はかなりの『こじらせ女子』ですよ? 日記には同僚の悪口とか、人生への愚痴がびっしり書いてあるような……」
「だからいいのだ」
夜裏は言った。
「彼女は、人間の汚さも弱さも知り尽くしている。その上で、それを『物語(文学)』へと昇華させた。……このメンヘラ国家の連中に、真の『エモ(Emotional)』とは何かを叩き込んでもらう」
彼は、四番目の起動キーに指をかけた。 その眼差しは、鋭く冷徹だ。
「承認する。――歴史(日本)を、やりなおす」
「gennai、MURASAKIを起動しろ。搭載機能は?」
『【心理障壁展開・十二単】、および 【言霊実体化扇子・筆ペン(ライティング・デバイス)】 。……取り扱い注意だぜ。精神攻撃の達人だからな』
夜裏が宣言する。
「Re-JAPAN計画、フェーズ4。……起動せよ、【MURASAKI】!」
プシュウゥゥゥ……。
カプセルが開く。 中から現れたのは、十二単をサイバーパンク風にアレンジした衣装をまとう女性。 長い黒髪。透き通るような白い肌。 そして、その手には扇子を持ち、目元にはアンニュイな影を落としている。
『……眩しいわね』
彼女は目覚めるなり、不機嫌そうに呟いた。
『春はあげぽよ……なんて、嘘。春は憂鬱。夏も憂鬱。……生きるって、なんでこんなに面倒くさいのかしら』
圧倒的なダウナー系オーラ。 しかし、その瞳の奥には、世界を射抜くような鋭い知性が光っていた。
「行くぞ、かたる君」
夜裏が転送装置を起動する。
「ターゲット・イヤー、西暦一〇〇八年。……この甘ったるいカルト国家を、文学の力で解体してこい」
「……分かりました」
私は胃薬の瓶をポケットに入れた。今度は中身を補充してある。
「文学オタクとして、彼女とは話が合いそうです。……たぶん」
転送の光が溢れる。 さようなら、パステルカラーの地獄。 次に目覚めるのは、雅で、そして残酷な、平安の闇の中だ。




