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第25話 呪詛(炎上)のネットワーク

歩行者たちは、誰もがゆったりとしたローブのような服を着ていた。 そして、全員が顔に 「フルフェイス型のVRバイザー」 を装着している。 バイザーの表面には、様々な色のエモーション・アイコンが表示されている。


彼らの動きは奇妙だった。 誰も前を見ていない。 虚空に向かってブツブツと独り言を呟いたり、急に立ち止まって空を拝んだり、あるいは何もないところでクスクスと笑ったり、泣き出したりしている。


『今日のラッキーアイテムは「チタン製の数珠」です。北北西に向かってデジタルお賽銭を投げると、運気がアップします』


街頭ビジョンから、聞き覚えのある声が流れた。 HIMIKOだ。 だが、古代の巫女姿ではない。現代的なVチューバーのようなアバターになった彼女が、天気予報のように「運勢」を読み上げている。


その放送が流れた瞬間、数千人の歩行者が一斉に北北西を向き、スマホ端末をスワイプして「投げ銭」をした。 チャリーン! という電子音が街中に響き渡る。


「……なんだこれ」 


私は呆然とした。


「全員、何かに操られてる?」


「操られているのではない。依存しているのだ」 


夜裏が、モニターに現在の社会システム図を表示させた。


 【国家基幹システム:HIMIKO-Oracle(神託AI)】


「この世界の人間は、すべての意思決定をAIの占いに委ねている」


 夜裏が説明する。


「今日のランチは何を食べるか。どの株を買うか。誰と付き合うか。就職先はどこか。……すべての選択を『HIMIKO』に問いかけ、その答え通りに行動する」


モニターに、街角のカフェの映像が映る。 カップルが向かい合って座っているが、会話はない。 二人ともバイザー越しにAIと会話している。


『ねえHIMIKO、彼との相性は?』


『本日の相性は四五%です。今すぐ別れて、Bブロックにいる田中さんとマッチングすることを推奨します』


『わかった。じゃあね』 


女性は迷わず立ち上がり、彼氏を残して去っていった。 残された彼氏も、悲しむ様子はなく、『じゃあ僕はHIMIKOおすすめのパワースポットへ行こう』と呟いて店を出る。


「感情がないわけじゃない。むしろ、感情が肥大化しすぎて、傷つくことを極端に恐れているのだ」 


夜裏は言った。


「自分で選んで失敗するのが怖い。振られるのが怖い。損をするのが怖い。だから、全知全能のAIに『正解』を決めてもらう。……結果、生まれたのがこの 『スピリチュアル・エコノミー』 だ」


経済の指標は「GDP」ではなく「GDH(国民総幸福度)」に置き換わっているが、その実態は「不安からの逃避度」だ。 人々は現実を見ない。 VRバイザーの中で、自分にとって都合の良い「優しい世界」だけを見ている。 嫌なものは見ない。嫌な音は聞かない。 ノイズキャンセリングされた、無菌室のような人生。


「……気持ち悪い」 


私は吐き気を催した。


「これは平和じゃない。ただの『集団現実逃避』だ。古代の邪馬台国と何も変わってないじゃないか!」


「さらに悪いことに、この社会には陰湿な『攻撃性』がある」 


夜裏が、SNSのタイムラインを表示させた。 そこには、パステルカラーの世界観とは裏腹に、どす黒い言葉が並んでいた。


 『あいつ、HIMIKO様のラッキーカラー着てない。空気読めない。死ね』


 『B社の社長、運気が下がってるらしいよ。みんなで呪おう』


 『呪い砲、発射用意。3、2、1……』


ズドォォン!! 


窓の外で、小さな爆発音がした。 見ると、通りを歩いていた一人のサラリーマンのバイザーが火花を散らし、彼が悲鳴を上げて倒れた。 周囲の人々は、冷ややかな目でそれを見下ろしている。


「な、何が起きたんですか!?」


「 『リモート・カース(遠隔呪詛)』 だ」 


夜裏は淡々と答えた。


「気に入らない人間がいれば、ネット上で結託し、相手の脳内インプラントに過負荷データを送り込んで攻撃する。……現代版の『丑の刻参り』だな」


倒れた男は、痙攣している。 しかし、誰も助けない。むしろ、通りすがりの人々が 手首に巻いた「数珠型デバイス」を握りしめ、あるいは空中に指で「印」を結んで、 さらに「追い呪い」をかけているように見える。


「穢れ(ケガレ)よ、去れ」


「ブロック完了。視界から消去」


AR(拡張現実)機能により、彼らの視界からその男の存在自体が「非表示ミュート」にされているのだ。 物理的にはそこにいるのに、社会的には存在しないものとして扱われる。 究極の村八分。


「失敗だ」 


夜裏は、苦々しい顔で結論を下した。


「『信仰(Shinko)』のOSが強すぎた。国民全員が、精神的に脆弱で、依存的で、そして排他的な 『メンヘラ・カルト国家』 になってしまった」


私は窓ガラスに手をついた。 戦国サイバーパンクの時は、まだ「生きようとするエネルギー」があった。 でも、ここは違う。 生きているのに、死んでいる。 傷つくことを恐れて殻に閉じこもり、安全な場所から他人を呪うだけの、腐った精神の集合体。


「……HIMIKO」 


私は、古代の空に消えていった彼女の笑顔を思い出した。


「君が望んだのは、こんな世界じゃなかったはずだろ。君は『自分の足で立て』って言ったじゃないか……!」


 だが、私の声は届かない。 HIMIKOのAIは、この時代の「弱さ」に適応し、彼らを甘やかすだけの「毒親」のようなシステムに変質してしまっていた。


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