第22話 日食という名の時限爆弾
その時。神殿の外が騒がしくなった。 伝令の男が、泥だらけになって飛び込んできた。
「も、申し上げます! 狗奴国の軍勢が! 国境を越えて攻め込んで参りました!」
「なんだと?」
夜裏が眉をひそめる。
「HIMIKOの威光により、周辺諸国は平伏したはずだ。なぜ今さら狗奴国が?」
「そ、それが……!」
伝令は、震えながら空を指差した。
「奴らは言っているのです! 『もうすぐ太陽が死ぬ』と! 女王の力が衰え、天が怒り、太陽を食い尽くすだろうと!」
ハッとした。 gennaiがコンソールを叩く。
『ビンゴだ、大将! 天文データと一致したぜ。……来るぞ、 「皆既日食」 だ!』
西暦二四七年。 邪馬台国の歴史において、卑弥呼の死と同時期に起きたとされる二度の皆既日食。 それが、今まさに起きようとしているのだ。
「なるほど」
夜裏が頷いた。
「狗奴国のシャーマンが日食を予知し、それを『卑弥呼の霊力が落ちた』というプロパガンダに利用したか。……未開人同士の呪術合戦だな」
「笑ってる場合ですか! 日食が起きたら、民衆はどうなるんですか!?」
私が叫ぶと、HIMIKOは静かに立ち上がった。
『問題ありません』
彼女の声には、微塵の揺らぎもなかった。
『日食すらも、私の演出の一部に組み込みます。太陽が隠れるのは、私が一時的に天岩戸に隠れるから……そして再び現れることで「復活」を演出する。より強固な信仰を得るチャンスです』
完璧な作戦だ。 科学を知らない民衆にとって、一度消えた太陽を呼び戻すパフォーマンスは、決定的な奇跡となるだろう。
『gennai、気象制御ドローンを最大出力へ。日食に合わせて、雲を割り、神々しい後光を演出します』
『あいよ! 特大のイリュージョンといこうか!』
HIMIKOは、六枚の鏡を従えて、悠然と神殿の外へと歩き出した。その背中は、あまりにも完璧で、あまりにも孤独な「絶対者」の姿だった。
だが、私たちは忘れていた。 どんなに完璧なシステムでも、物理的な「暴力」の前には脆いということを。 そして、信じやすい民衆ほど、裏切られた時の怒りは凄まじいということを。
「……嫌な予感がする」
私は胃薬の瓶を握りしめた。 空が、急速に暗くなり始めていた。 太陽が欠けていく。 それは、HIMIKOという完璧なアイドルの、終わりの始まりだった。
正午。本来なら最も太陽が高く昇るはずの時刻に、世界は黄昏のように薄暗くなっていた。
空を見上げると、太陽の端が黒く欠け始めていた。 まるで、見えない巨獣が光を齧り取っているかのように。 皆既日食。古代人が最も恐れた天体現象が始まったのだ。
「来たぞ! 太陽が死ぬぞ!」
「狗奴国の予言通りだ! 卑弥呼の魔力が尽きたんだ!」
都の柵の外から、地響きのような雄叫びが聞こえてくる。 狗奴国の軍勢だ。彼らは顔に赤い泥を塗りたくり、石斧や木の槍を振り回して押し寄せてきた。 邪馬台国の守備兵たちは、欠けていく太陽を見て戦意を喪失し、震え上がっている。
「落ち着きなさい!」
神殿の前、高床式のテラスにHIMIKOが立った。 彼女の背後には、六枚の青銅鏡が後光のように展開している。
『恐れることはありません。これは試練です。私が一度、太陽を隠し……そして再び復活させることで、この国に永遠の光をもたらしましょう』
HIMIKOの声は冷静だ。 彼女が手を振ると、ドローンが空中に巨大なホログラムを投影した。 暗くなる空に、光り輝く「金色の八咫烏」が舞う。 演出だ。 日食という恐怖を、エンターテインメントに変換し、民衆の不安を熱狂に変える作戦だ。
「おぉ……! あれはヒミコ様の使いだ!」
「太陽を直しに行ってくれているんだ!」
民衆が再び祈り始めた。 勝てる。 科学の力が、原始の恐怖をねじ伏せる。そう思った瞬間だった。
『……警告。未確認飛行物体、接近』
HIMIKOが呟いた。
「飛行物体? この時代にか?」
私が空を見上げた時、それはヒュン!という音と共に飛んできた。
ミサイルでもドローンでもない。 ただの、拳大の「石」だった。 狗奴国の兵士が、投石紐を使って放った原始的な飛び道具だ。
ガゴンッ!!
嫌な音がした。 石は、HIMIKOの頭上を旋回していた気象制御ドローンの一機に、偶然にも直撃したのだ。
『ああっ!?』
gennaiの悲鳴が響く。
『嘘だろおい! ローテクな石ころが、精密機器のジャイロにヒットしやがった! 姿勢制御不能! 落ちるぞ!』
プスン、と煙を吐き、ドローンが墜落した。 それは悪いピタゴラスイッチの始まりだった。 墜落したドローンが、ホログラム投影機に激突。 空に舞っていた八咫烏の映像が、ザザッというノイズと共に掻き消え、無惨にもフリーズした。
さらに悪いことに、制御を失った気象操作システムが暴走した。 ポツポツと降っていた恵みの雨が、突然、バケツをひっくり返したような「豪雨」と「突風」に変わったのだ。
「うわあああ! 神の使いが消えた!」
「嵐だ! 祭壇が吹き飛ばされるぞ!」
演出崩壊。 完璧だったステージが、停電したライブ会場のようなカオスに陥った。




