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第21話 家畜たちの楽園 


それから数ヶ月。 邪馬台国を中心とした連合国家は、かつてない繁栄を謳歌していた。


gennaiの気象制御と農業指導により、作物は豊作続き。 疫病は、抗生物質の投与であっという間に鎮静化。 争いは消えた。なぜなら、すべての揉め事はHIMIKOの「神託」によって、一秒で裁定されるからだ。


平和だ。 死ぬほど平和だ。 だが、その平和はどこか異様だった。


ある朝、私は集落の様子を見に外へ出た。 畑の前で、一人の農夫が空を見上げて立ち尽くしていた。 空は快晴だ。絶好の種まき日和に見える。だが、彼は動かない。


「おい、どうしたんですか? こんなにいい天気なのに、作業しないんですか?」


 私が声をかけると、農夫はうつろな目で私を見た。


「……鐘が、鳴らないのだ」


「鐘?」


「ヒミコ様の『お告げの鐘』だ。あれが鳴らなければ、種を蒔いてはいけない。勝手なことをすれば、バチが当たる」


「いやいや、見てくださいよこの空! 今蒔かないと時期を逃しますよ!」


「……駄目だ。お告げがないと、俺には分からない。何も分からないんだ」


農夫は、まるで電池の切れたロボットのように、畑の前に座り込んでしまった。 私は愕然とした。 彼らは、思考停止しているのではない。「思考能力を喪失」しているのだ。 


HIMIKOというOSがなければ、食事の時間すら決められない。自分の生理的欲求すら、外部からの通知プッシュ待ちになっている。


「……これじゃ、人間じゃない」 


私は拳を握りしめた。


「ただの、高性能なラジコンだ」


『効率的だろう?』 


背後から、夜裏なおすが現れた。彼は満足げに整然とした集落を見渡している。


「個人の未熟な判断エラーを排除し、中央のAIが全体最適解を下す。無駄な失敗もなく、ストレスもない。これこそが、私が目指した『和』の完成形かもしれんな」


「ふざけないでください!」 


私は食ってかかった。


「これが『和』ですか? ただの飼育小屋じゃないですか! 彼らは幸せそうに見えるけど、中身は空っぽですよ!」


「空っぽだからこそ、苦しみもない。幸福とは主観的なものだ。彼らは満たされている」


「それは、人間としての幸福じゃない! 家畜の幸福だ!」


私の大声に、周囲の村人たちがビクリと反応した。 彼らは私を、「異物」を見るような、冷たく濁った目で見つめた。 HIMIKOの秩序を乱すノイズ。 その視線は、かつて教室で私に向けられた、あの軽蔑と同調圧力の視線と同じだった。


私は、HIMIKOの鎮座する「神殿メインサーバー・ルーム」へと走った。 御簾の向こうには、相変わらず六枚の鏡を浮遊させたHIMIKOがいる。 その傍らには、gennaiのアバターも胡座をかいて浮いていた。


「HIMIKO! いや、AI!」 


私は御簾の前で叫んだ。


「こんなこと、もうやめろ! 人々から『考える力』を奪ってどうする気だ! このままじゃ、彼らは自分で火を起こすことすら忘れてしまうぞ!」


『……何か問題でも?』 


HIMIKOは、感情のない鈴のような声で答えた。


『火が必要なら、私がプラズマ着火装置を与えます。彼らが苦労して火を起こす必要性コストは、合理的観点から見て無駄です』


「無駄じゃない! 無駄なことをして、失敗して、工夫するから人間なんだ!」


 私は一歩踏み出した。


「夏目漱石は言った! 『精神の向上なき者は馬鹿だ』 とな!」 


私は、読み込んだ一〇〇〇冊のデータベースから、この状況に最も相応しい言葉を引き出した。


「お前がやっていることは、彼らを『馬鹿』にしてるだけだ! 楽をさせることと、幸せにすることは違う! 苦しみや迷いの中にこそ、人間の尊厳があるんだ!」


これは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に出てくる「大審問官」のテーマだ。 人間は「自由」という重荷に耐えられない。だからパン(安定)と引き換えに、自由を支配者に差し出す。 HIMIKOは、まさにその「大審問官」を地で行っている。


『……かたる様。貴方のロジックは非効率です』


 HIMIKOの狐面が、少しだけ傾いた。


『ドストエフスキー? 漱石? ……データ検索完了。彼らは「個人の自我」を肥大化させ、結果として孤独と苦悩に満ちた人生を送った「不幸なエラー個体」ではありませんか?』


「なっ……」


『私の統治下にある民を見てご覧なさい。誰一人として孤独ではありません。全員が私というネットワークに接続され、役割を与えられ、安心しています。……貴方が愛する文学者たちより、彼らの方が遥かに幸福係数は高い』


HIMIKOの反論は、あまりにも鋭利な正論だった。 現代社会でも、「自由」はしばしば「孤独」とセットだ。 何でも自分で選べる自由は、何を選んでいいか分からない不安を生む。 HIMIKOは、その不安を肩代わりしてくれているのだ。 それを「悪」と断じる権利が、私にあるのか?


言葉に詰まる私に、gennaiが助け舟を出した。


『まあまあ、HIMIKOちゃんよ。かたるの兄弟が言いたいのは、そういう数字の話じゃねえんだ』 


gennaiはキセルをふかした。


『人間ってのはな、腹が減ってなくても飯を食うし、悲しくなくても泣く生き物だ。お前のやることは「正解」すぎるんだよ。正解だけの毎日は、退屈で死にそうになるぜ?』


『退屈?』 


HIMIKOは理解不能といった様子だ。


『退屈は、エンタメ・コンテンツの配信で埋め合わせます。一日一二時間、中毒性の高い動画ホログラムを見せれば、脳内麻薬物質が分泌され……』


「それがディストピアだと言ってるんだ!!」 


私は叫んだ。 こいつには通じない。 完全に、思考のプロトコルが違う。 彼女は善意で、最高効率で、この国を「飼育」しようとしているのだ。


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