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第19話 霧と呪いの原始世界

「伏せろぉぉぉっ!!」


ドガァァァン!! 爆音が鼓膜を叩き、私は反射的に床へダイブした。 頭上を、真っ赤なレーザービームと、物理的な実体弾(徹甲弾)が交差する。 かつて静寂に包まれていた総理官邸の執務室は今、最前線のトーチカと化していた。


「ひぃぃっ! なんで官邸が撃たれてるんですかぁぁ!」 


私はケブラー素材で補強されたデスクの下で、頭を抱えて悲鳴を上げた。


窓の外では、複数の攻撃ヘリ(企業ロゴ入り)が旋回し、官邸に向けてガトリングガンを乱射している。


「定例の『敵対的買収テイクオーバー』だ」 


夜裏なおすが、迎撃システムのコンソールを操作しながら涼しい顔で答えた。


「野党連合が雇った傭兵部隊と、経団連の私設軍隊が、次の法案の主導権を巡って武力交渉をしている。……ふむ、迎撃ミサイル残弾なし。シールド出力低下。あと三分でこの部屋は制圧されるな」


「制圧って、死ぬじゃないですか!」


「だから急げと言っている。カプセルへ入れ」


夜裏は、爆風で飛び散ったガラス片を手で払い落とすと、悠然と床下のカプセル保管庫へと歩き出した。 そこには、紫色の妖しい煙を噴き上げる三番目のカプセル―― 【Code Name: HIMIKO】 が待機している。


「行くぞ、かたる君。こんな野蛮な時代に用はない。我々が求めるのは、もっと静かで、もっと深い『支配』だ」


「どっちにしろ地獄じゃないかよぉぉ!」


私は這いつくばったまま、弾幕の下をくぐり抜け、転送装置へと滑り込んだ。 頭上をロケット弾が通過する。 gennaiの声がノイズ混じりに響く。


『へっ、賑やかな見送りだこと! しっかり掴まってな、兄弟。次は「鉄と火薬」の世界じゃねえ。「霧と呪い」の世界だ!』


転送の光が溢れ出す。 視界がホワイトアウトし、サイバーパンクな喧騒がかき消されていく。 さらば、暴力の2300年。 次に目を開けた時、そこは色を失った世界だった。


「……静かだ」


転送酔いの吐き気をこらえながら、私は目を開けた。 最初に感じたのは、肌にまとわりつくような濃密な湿気と、鼻の奥をくすぐる「香」のような甘い匂いだった。


周囲は、見渡す限りの深い霧に包まれていた。 視界は五メートルも効かない。 足元はぬかるんだ湿地帯で、そこかしこに見たこともない巨大なシダ植物が生い茂っている。 空の色すらわからない。ただ、乳白色の天井がどこまでも続いているだけだ。


『System Check... 座標固定完了。西暦二四〇年頃。倭国わこく山門やまと地方……いわゆる邪馬台国だ』


gennaiの声が、いつもより少し小さく聞こえた気がした。この霧が電波すら吸い込んでいるのだろうか。 ここが、約二〇六〇年前の日本。 聖徳太子の時代よりもさらに四〇〇年近く古い、神話と歴史の境界線。


「総理、ここは……」 


私は隣に立つ夜裏に声をかけようとして、息を呑んだ。 霧の向こうから、人の気配がしたからだ。


竪穴式住居のような、粗末な家屋が点在する集落。 そこに、数十人の村人たちが集まっていた。 彼らの衣服は、麻を織っただけの簡素なもの。体は痩せ細り、泥にまみれている。 


だが、奇妙だった。 飛鳥時代(PRINCE編)のような怒号も、源平時代(USHIWAKA編)のような殺気もない。 彼らは全員、地面に額を擦り付け、何かに怯えるように震えながら、ブツブツと何かを呟いていた。


「……雨を……雨を……」


「穢れを……祓いたまえ……」


「あな恐ろしや……あな恐ろしや……」


祈り。 いや、それは希望への祈りではない。「恐怖からの逃避」だ。 彼らは飢えや敵に怯えているのではない。もっと得体の知れない「何か」――祟りや呪いといった、不可視の恐怖に支配されている。


「……気味が悪い」 


私は身震いした。 暴力的な恐怖なら分かりやすい。だが、この静寂な恐怖は、精神を内側から侵食してくるようだ。


「状況分析」 


夜裏なおすが、霧の中で冷徹に呟いた。


「文明レベルは極めて低い。科学的知識は皆無。ゆえに、自然現象のすべてを『神の怒り』として処理している。……都合がいいな」


「都合がいい?」


「そうだ。無知な人間ほど、演出ナラティブを信じ込みやすい。……起動しろ、HIMIKO」


夜裏の命令と共に、霧が渦を巻いた。 私たちの背後から、紫色の燐光が立ち上る。



シャン……シャン……シャン……。



どこからともなく、鈴の音が響いた。 その音色は、耳ではなく脳髄を直接震わせるような、甘美な麻痺を伴っていた。 村人たちが一斉に顔を上げ、虚空を見つめる。


『……迷える子らよ』


霧の中から現れたのは、この泥臭い古代世界にはあまりにも異質な存在だった。


純白の巫女服。だが、その素材は光沢のあるラバーと半透明のオーガンジーを重ねた、近未来的なデザインだ。


長い黒髪には、光ファイバーが編み込まれ、微かに脈打つように発光している。 そして、その顔は――見えない。 真っ白な、キツネを模したサイバー・マスクが、その表情を完全に覆い隠している。


歴史修正用アンドロイド、コードネーム『HIMIKO』。 


その周囲には、重力制御で浮遊する六枚の青銅鏡(に見せかけたドローン・ファンネル)が、衛星のように旋回している。


「ヒ、ヒミコ様だ……!」


「大巫女様のおなりだ……!」


村人たちが狂乱したようにひれ伏す。 HIMIKOは、地面から数センチ浮遊したまま、滑るように彼らの前へと進み出た。


『乾いているな。……大地も、お前たちの心も』


狐面の下から、合成音声とは思えない、妖艶で母性的な声が響く。


『gennai、 【天岩戸アマノイワト】 システム、リンク開始』


『へいよ! 成層圏の気象制御ドローン、配置完了だ。いつでもイケるぜ!』


HIMIKOが、空に向かって優雅に手を掲げた。 その指先から、目に見えない信号が射出される。


『天よ。……泣きなさい』


ドォォォォン!! 


直後、雲ひとつなかったように見えた空が裂け、青白い稲妻が走った。 ゴロゴロという雷鳴と共に、大粒の雨がバラバラと降り注ぐ。 それは自然の雨ではない。ドローンによって散布されたヨウ化銀が雲を刺激し、強制的に降らせた「人工降雨」だ。


「あ、雨だ! 恵みの雨だ!」


「奇跡だ! ヒミコ様の祈りが通じたぞ!」


村人たちが泥水の中で踊り狂う。 HIMIKOは手を下ろさない。今度は、その周囲を旋回する青銅鏡ファンネルが、空中に光を投射した。 【集団幻覚誘発プロジェクション・鬼道キドウ】。


霧という天然のスクリーンに、巨大な龍のシルエットや、神々しい幾何学模様がホログラムとして浮かび上がる。 現代人なら「プロジェクションマッピングだ」と分かるだろう。 だが、二〇〇〇年前の人々にとって、それは紛れもない「神の顕現」だった。


「ひぃぃ……! 龍神様だ!」


「ありがたや、ありがたや……!」


恐怖と、歓喜。 相反する感情がないまぜになり、人々はトランス状態に陥っていく。 HIMIKOは、その狂乱の中心で、狐面の奥から冷ややかに彼らを見下ろしていた。



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