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第18話 次なるパッチは「神秘(HIMIKO)」

私は震える手で、地上の映像を拡大した。 そこには、地獄絵図……いや、極彩色の悪夢が広がっていた。


ネオ・オオテマチの空中回廊。 ビジネスマンたちが歩いているが、その服装がおかしい。 ホログラムで投影された高級スーツの下には、軍事用の 「強化外骨格パワード・エグゾスケルトン」が装着されている。 


彼らが持つアタッシュケースは、生体認証ロックのかかった「量子サーバー」であり、同時に展開式の「高周波シールド」 でもあった。


名刺交換アクセスだ!」 


マイクが拾った音声が響く。 二人の企業戦士コーポレート・サムライが対峙した。


「弊社の商品を買えぇぇぇッ!」


「断る! 貴様こそ我が社の傘下に入れぇぇッ!」


 ズバァァァン! 彼らが投げたのは、紙の名刺ではない。 


「カッター機能付きデータ・カード」 だ。超高速で回転する円盤状の記録媒体が飛び交い、火花と鮮血が散る。 


一方が強化義肢サイバー・アームを切断されて倒れると、勝者は敗者の首筋にあるコネクタにジャックインし、会社の資産クレジットを直接ハッキングして奪い去っていく。


周囲の歩行者は、それを見ても通報しない。ドローン警察も介入しない。むしろ「ファイアウォールが弱い奴が悪い」とばかりに、倒れた敗者を跨いで歩いていく。


「な、なんですかこれ……! 野蛮すぎる!」 


私は悲鳴を上げた。


「栄養食配給スタンド(ニュートリション・スタンド) の列で抜刀しないで! リニア・チューブの座席を巡ってハッキング合戦しないで! 秩序は!? 法律はどうなってるんですか!」


「法律?」 


夜裏が鼻で笑った。


「あるぞ。たった一つのシンプルな法律がな」


 夜裏がメインモニターに表示させたのは、改正された日本国憲法の条文だった。


 【第一条:力無き者に人権なし。勝者こそが正義なり(下剋上推奨法)】


「USHIWAKAのインストールした『武(Bu)』のOSは、日本社会に 『超・実力主義』 をもたらした」 


夜裏が解説する。


「年功序列は廃止。世襲も廃止。上司を物理的に、あるいは経済的に抹殺した者が、そのポストを奪える。完全なる『下剋上』社会だ」


モニターに経済指標が表示される。 GDP、爆上がり。前年比プラス300%。 特許出願数、世界一。 軍事力、世界一。 自殺率……測定不能(「戦死」扱いのため)。


「数字の上では最強だ。日本企業は、その好戦的な営業スタイル(物理ハッキング攻撃含む)で世界市場を席巻している。GoogleもAmazonも、日本の『ブシドー・コーポレーション』に買収された」 


夜裏は淡々と言った。


「だが、治安はスラム以下だ。平均寿命はサイボーグ化手術の失敗も含めて四〇歳まで低下。誰もが『いつ脳を焼かれるか』に怯え、常にオフライン武装して眠っている」


私は頭を抱えた。 以前の「笑顔の全体主義」は、死んだように平和だった。 今回の「戦国サイバーパンク」は、生き生きとした地獄だ。 


USHIWAKA……。君が命懸けで伝えたかった「武士道」は、こんなハイテクな野蛮さじゃなかったはずだろ! 君の優しさはどこへ行ったんだ!


『へっ、こいつは傑作だ』


gennaiがモニターの中で、改造されたサイバー煙管を吹かした。


『「判官贔屓はんがんびいき」の「情」の部分がすっぽり抜け落ちて、頼朝流の「勝てば官軍」のロジックだけが暴走しちまったみてえだな』


「笑い事じゃないですよgennai!」 


私は食ってかかった。


「見てください、あのホログラム公園! 子供たちがVR砂場でウイルス爆弾埋めて遊んでますよ! 情緒とか、優しさとか、そういう『人間の心』が消え失せてる!」


「その通りだ」


夜裏なおすが、私の言葉を肯定した。


「力はある。エネルギーもある。だが、今の日本人は、ただの『獣』だ」


窓の外では、M&Aと称した敵対的買収がもはや物理的な内戦と化し、次々とビルが爆破されている。夜裏はその惨状を見つめながら言った。


「獣には、理性も論理も通じない。聖徳太子のような『ルール』を説いても、彼らはその憲法を破って焚き付けにするだけだ。源義経のような『武力』を与えれば、この惨状だ」


「じゃあ、どうするんですか……」 


私は胃薬の瓶を握りしめた。もう中身は空っぽだ。


「ルールも駄目。力も駄目。もう打つ手なんてないじゃないですか」


「否。まだある」 


夜裏は、静かに振り返った。 その瞳の奥の青い光が、妖しく揺らめいていた。


「獣を従わせる方法は二つある。一つは、より強い力でねじ伏せること。……だが、それは終わらない内戦を招くだけだ」


「じゃあ、もう一つは?」


「『恐怖』と『神秘』による洗脳だ」


夜裏の言葉に、背筋が凍った。


「洗脳……?」


「そうだ。理屈の通じない野蛮人どもを、有無を言わさずひれ伏させるには、『神』が必要だ。彼らの本能に直接訴えかける、圧倒的なカリスマと超常現象オカルトがな」


夜裏が指を鳴らすと、床下のカプセル保管庫が開き始めた。三番目のカプセル。 そこから漏れ出しているのは、科学的な冷却ガスの白煙ではない。 どこか甘く、そして禍々しい、香のような紫色の煙だった。


『へへっ。なるほどね』 


gennaiがニヤリと笑った。


『武士の時代(中世)よりもっと前。論理もへったくれもなかった原始の時代まで遡って、日本人のDNAに刻まれた「祈り」の回路を焼き直そうってか』


私は、そのカプセルのプレートを見た。 時代設定は、西暦二四〇年頃。 今から約二〇〇〇年前。 日本という国のかたちすら定まっていなかった、神話と歴史の境界線。



【Code Name: HIMIKO / Queen of Yamatai】



「ひ、卑弥呼……!?」 


私は絶句した。


「邪馬台国の女王……。でも、彼女は実在したかどうかも分からない、謎だらけの人物ですよ!?」


「だからこそ、いいのだ」 


夜裏は冷酷に告げた。


「正体不明の神秘。それこそが、獣たちを魅了する」


彼は、三番目の起動キーに指をかけた。 その顔に、迷いはない。



「承認する。――歴史(日本)を、やりなおす」



「gennai、HIMIKOを起動しろ。搭載機能は?」


『【広域気象操作システム・天岩戸アマノイワト】、および 【集団幻覚誘発ホログラム・鬼道キドウ】 。……こいつは強力だぜ。科学を「魔法」に見せかける、究極のペテン師仕様だ』


夜裏が宣言する。



「Re-JAPAN計画、フェーズ3。……起動せよ、【HIMIKO】!」



プシュウゥゥゥ……。 


紫の煙の中から、その姿が現れた。 純白の巫女服に、サイバーゴシックな装飾を施した異様な衣装。 顔には狐の面のようなバイザー。 そして、その周囲には、重力を無視して数枚の銅鏡ファンネルが浮遊している。


『……雨が、欲しいか?』


鈴を転がすような、しかし聞く者の脳髄を痺れさせるような、妖艶な声。 彼女が一歩踏み出すと、殺伐とした執務室の空気が一変した。 香の匂いが充満し、私の意識がふわふわと遠のくような錯覚に襲われる。


「うっ……なんだこれ、頭が……」


『フェロモン散布濃度、正常』 


HIMIKO(卑弥呼)は、狐面の下で妖しく微笑んだ(ように見えた)。


『愚かな男たちよ。……私が、導いてあげる。闇の向こうへ』


「行くぞ、かたる君」 


夜裏なおすは、既に転送装置の前に立っていた。


「ターゲット・イヤー、西暦二四〇年。……この血生臭い戦場を、祈りの場に変えてこい」


「ま、待ってください! 祈りって……カルト宗教を作る気ですか!?」


「カルトで結構。秩序なき自由より、秩序ある狂気の方が、国家の寿命は延びる」


「無茶苦茶だぁぁぁ!」


転送の光が私を包む。 胃薬はない。心の準備もない。 あるのは、得体の知れない女王への恐怖だけだ。


さようなら、戦国サイバーパンク。 次に目覚めるのは、神と人が混じり合う、弥生の霧の中だ。


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