第16話 腐敗する首実検の真相(アンサー)
勝負は、決したかに見えた。
USHIWAKAの驚異的な「不殺(殺さず)」の機動により、平家の主力船団は戦闘不能に陥っていた。武器を破壊され、マストをへし折られた船は、波間に漂う木の葉のようだ。 源氏の勝利。 歴史の歯車が、カチリと噛み合った音がした。
だが、その安堵が最大の隙だった。
「逃がさぬ……! 貴様だけは、道連れだぁぁぁ!!」
海の中から、鬼が飛び出した。 平家一の猛将、 能登守・平教経 だ。 彼は全身に矢を受け、血だるまになりながらも、USHIWAKAの足首にガシリと食らいついたのだ。
『警告。機体重量増加。姿勢制御不能』
USHIWAKAがバランスを崩す。
『離れろ。貴様の筋力では、このカーボン・アーマーは砕けない』
「砕く必要はない! 重りになればよいのだ!」
教経は血を吐きながら狂ったように笑った。
「我ら平家は海に沈む! ならば源氏の英雄も、共に竜宮城へ参ろうぞ! 死出の旅の道連れよ!」
教経はUSHIWAKAの腰に腕を回し、万力のような力で締め上げた。 歴史に謳われる 「能登殿の最後っ屁(碇潜き)」 だ。史実では二人の武者を小脇に抱えて飛び込んだとされる怪力が、今はUSHIWAKAという一本の杭に向けられている。
『gennai、重力出力を上げろ! 振りほどく!』
『無理だUSHIWAKA! これ以上上げたら、お前の炉心が溶けちまう! 今すぐスラスターを切れ!』
『駄目だ! ここで落ちれば、教経も死ぬ!』
私は耳を疑った。 あの冷酷なUSHIWAKAが、自分を殺そうとしている敵の命を気遣っている?
「馬鹿野郎! 自分の心配をしろ!」
私は叫んだが、遅かった。
ブシュウゥゥゥゥ……!
USHIWAKAの背中のユニットから、不吉な白煙が噴き出した。 限界だ。 二つの体は絡み合ったまま、重力に引かれて海面へと落下していく。
「あぁ……」
それはまるで、太陽に近づきすぎて翼を焼かれたイカロスのようだった。 黒い英雄と、赤い鬼。 二人は激しい水柱を上げ、壇ノ浦の渦潮の中へと消えた。
「USHIWAKAぁぁぁッ!!」
私は甲板から身を乗り出し、海面を見つめた。 泡がブクブクと浮き上がってくる。 沈んだのか? ショートして、そのまま海の藻屑に?
『……まだだ。反応がある』
gennaiの緊張した声。
『だが、こいつはマズい。冷却システムが全損してやがる。海水を吸い込んで、内部温度が急上昇してやがるぞ!』
数秒後。 海面がボコッ、と盛り上がった。 プハッ! と顔を出したのは、教経ではない。USHIWAKAだ。
彼は片手で船の縁に手をかけ、這い上がろうとしていた。その姿は無惨だった。 自慢の黒い装甲はひしゃげ、バイザーは割れ、片目は露出したカメラアイが不気味に赤く明滅している。
「USHIWAKA! 手を!」
私は慌てて彼の手首を掴んだ。 その瞬間。 ジュッ、という音がして、私の掌に激痛が走った。
「あつっ!?」
熱い。人間なら火傷どころか皮膚が炭化するほどの高熱だ。
『触るな……かたる』
USHIWAKAの声は、ノイズまみれで聞き取りにくくなっていた。
『内部……メルトダウン……開始。危険だ……離れろ……』
「何言ってるんだ! 早く上がれ!」
私が無理やり引き上げようとした時、異変に気づいた。 彼の手首の隙間から、 「青緑色の液体」 がドロドロと流れ出しているのだ。 それは海水ではない。オイルでもない。 強烈な化学臭を放つ、粘度の高いゲル状の物質。
「な、なんだこれ……?」
その液体がかかった甲板の木材が、シュワシュワと音を立てて溶け始めた。
『バイオ冷却液……漏出』
USHIWAKAが苦しげに告げる。
『機体内部を循環する……特殊バイオ溶液だ。空気に触れると……急速に酸化し……有機物を腐敗・溶解させる……』
私は息を呑んだ。 私の脳裏にある歴史のパズルが、カチリと音を立ててハマったからだ。
――源義経の首実検。
文治五年(一一八九年)。衣川の戦いで自害した義経の首は、酒に浸されて鎌倉の頼朝のもとへ届けられた。 しかし、到着した首は 「腐敗が激しく、本人かどうか判別できなかった」と記録されている。
夏場だったとはいえ、酒に浸していたのに、なぜそこまで腐敗したのか? 長年の謎だった。 だが、もしその「体」が、そもそも人間のものではなく、「冷却液漏れで溶解しつつあるアンドロイド」 だったとしたら?
「まさか……お前……」
私は震える声で言った。
「史実の『腐った首』って……お前の、この液漏れのせいだったのかよ!?」
『……史実? 知らん……』
USHIWAKAは力なく首を振った。
『だが……私の体は……もう持たない。このままでは……周囲を汚染する。かたる……私を、海に還せ』




