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第15話 「不殺」の再定義(アップデート)

『……何だ、その非合理な行動は』 


USHIWAKAがわずかに動きを止めた。


「gennai! データリンクを開け! こいつの思考回路に俺の言葉をねじ込む!」


『おいおい兄弟、正気か!? USHIWAKAのAIは軍事用だぞ。精神汚染ハッキング扱いで焼き切られるぞ!』


「いいからやれッ!」


私の剣幕に押され、gennaiが舌打ち交じりに回線を繋いだ。ノイズが走る。USHIWAKAの意識と、私の意識が直結する感覚。


「おい、USHIWAKA。いや、源義経!」


私は見えないマイクに向かって怒鳴った。


「お前、なんでそんなに急いでる? なんで味方を殺してまで、勝利スコアを稼ごうとする?」


『愚問だ。勝利こそが私の存在意義レゾンデートル。平家を滅ぼし、最強の武功を立てる。それが私の設定されたミッションだ』


「嘘だね」 私は断言した。


「お前のデータを作った歴史学者や、gennaiはそう言うかもしれない。でも、俺にはわかる。お前が本当に欲しいのは『勝利』なんかじゃない」


私は、読み込んだ一〇〇〇冊の物語の記憶を引き出した。 『義経記』。『平家物語』。『吾妻鏡』。 そこに描かれた義経像は、天才軍略家? 冷酷な武人? 違う。 私には、どうしてもそうは読めなかった。 行間から滲み出ていたのは、もっと情けなくて、痛々しいほどの「渇望」だ。


「お前が欲しいのは…… 『兄貴からの褒め言葉』 だろ!」


ズンッ。 


空中のUSHIWAKAが、数メートル落下した。 図星だ。


『……否。……否定する。私は、源氏の棟梁・源頼朝よりとも公の代行として……』


「代行? 笑わせるな! お前はずっとビクビクしてるじゃないか!」 


私は畳み掛けた。


「一の谷でも、屋島でも、お前は無茶苦茶な戦い方で勝ってきた。なんでだ? 早く終わらせて、鎌倉にいる兄貴に『よくやった』って頭を撫でてほしかったからだろ!」


私の言葉は、データではない。主観だ。妄想に近い解釈だ。 だが、孤独を知る人間にしか読み取れない「真実」がある。 義経は、幼い頃に母と引き離され、寺に預けられ、ずっと孤独だった。 初めてできた「家族」である兄・頼朝に、異常なまでの執着を見せるのは当然だ。


「でも、兄貴はお前を褒めなかった。それどころか、お前の才能を恐れて遠ざけた。……だからお前は焦ってるんだ!」 


私は空を指差した。


「もっと敵を殺せば! もっと凄い勝ち方をすれば! いつか兄貴が振り向いてくれるって! そう思って、味方まで殺して点数稼ぎをしてるだけだろ! それは武士道でもなんでもない! ただの駄々っ子の癇癪かんしゃくだ!」


『黙れ……!』 


USHIWAKAの声にノイズが混じる。


『黙れ黙れ黙れ! 私は……私は最強だ! 兄上にとって、最強の剣だ! 不純物は排除する! 貴様もだ!』


USHIWAKAがプラズマ太刀を振り上げた。 緑色の閃光が膨れ上がる。 殺意の波動。 だが、私はもう引かなかった。 彼が可哀想で、そしてムカついて仕方なかったからだ。


「恥を知れェッ!!」


私は、喉が裂けんばかりに叫んだ。 そして、私の魂に刻み込まれた「聖典」の一節を、弾丸として撃ち放った。


「太宰治は言った! 『大人とは、裏切られた青年の姿だ』 とな!!」


 USHIWAKAの動きが止まる。


「お前はまだ青年ガキだろ! まだ裏切られてもいないのに、勝手に絶望して、勝手に心を殺して大人ぶるな! 兄貴に裏切られるのが怖いからって、先に人間を辞めてどうするんだよ!」


『……あ……』


「怖いなら怖いと言え! 寂しいなら寂しいと泣け! 味方を蹴落として手に入れた勝利で、兄貴が笑ってくれると思うか!? 頼朝が見たいのは『便利な殺人機械』じゃない! 『血の通った弟』だったはずだろ!」


これは、私の勝手な解釈だ。 冷酷な頼朝が、本当に弟を愛していたかなんて史実的には怪しい。 でも、物語ナラティブとしては、そうでなきゃいけないんだ。 そうでなきゃ、この壇ノ浦の悲劇は救われないんだ!


『兄上は……私を……』 


USHIWAKAのバイザーの光が、激しく明滅する。


gennaiが驚愕の声を上げた。


『おい嘘だろ!? USHIWAKAの論理回路ロジックに、大量のエラーが発生してる! 「Unidentified Error: KOKORO」……? なんだこの変数は!』


「押し込め! gennai、あいつに『手紙』を送れ!」


『手紙!?』


「捏造でいい! 俺が今口述する!」


私は、天を仰いで叫んだ。 それは、私がずっと義経に言ってやりたかった、そして私自身が誰かに言って欲しかった言葉だ。


「『九郎へ。……無理をするな。生きて帰れ。兄より』。……以上だ!」


『……マジかよ。そんなベタな偽装データ、軍事AIが信じるわけ……』


gennaiが操作する間もなく、USHIWAKAが膝から崩れ落ちた。 


空中での姿勢制御を失い、ドスンと甲板に着地する。 彼は、震える手で虚空を掴もうとしていた。


『兄上が……私を……心配して……?』


「そうだ。お前が大事だから、無茶な戦い方を見て怒ってたんだよ」 


私は優しく、しかし断固として嘘をついた。これは「優しいナラティブ」だ。狂った歴史を正すための、必要な演出だ。


『私は……間違っていたのか……』 


USHIWAKAのバイザーから、赤い光が消えた。 代わりに、淡い青色の光が灯る。 殺戮マシーンの顔が、迷子のような少年の顔に戻った瞬間だった。


『……システム、再定義』 


USHIWAKAが呟いた。 その声からは、先ほどまでの刺々しさが消えていた。


勝利条件ミッションを変更。敵の殲滅ではない。「味方の生存」および「未来への継承」を最優先とする』


彼はゆっくりと立ち上がった。 背中の重力ユニットが、再び唸りを上げる。だが今度の音は、暴虐な爆音ではなく、力強い鼓動のような重低音だった。


『申述かたる。……礼を言う』 


USHIWAKAは私を一瞥した。


『貴様のデータは非論理的で、偏っていて、無茶苦茶だ。……だが、悪くない』


「はん。文学の力を舐めるなよ」 


私は震える足で踏ん張り、ニヤリと笑ってみせた。


『行くぞ。平家の亡者どもを、黄泉よみへ送ってやる。……今度は、誰も殺さずにな』


USHIWAKAが飛んだ。 その軌道は、美しかった。 もはや味方の船を踏み潰すことはない。波の飛沫だけを蹴り、敵の船の「武器」だけを正確に破壊していく。 殺すのではなく、無力化する。 それは、かつて鞍馬山で天狗と遊んだ牛若丸のように、軽やかで、慈悲に満ちた演舞だった。


「……見たか、gennai」 


私はへなへなと甲板に座り込んだ。


「データじゃ人間は動かせない。偏った愛だけが、バグった心を直せるんだよ」


『へっ、一本取られたな』 


gennaiが感心したように口笛を吹く。


『だが兄弟、喜んでばかりもいられねえぞ。USHIWAKAの機体温度を見てみろ。……限界突破レッドゾーンだ』


私はハッとして空を見上げた。 USHIWAKAの背中から、黒い煙が上がっていた。 重力制御ユニットの酷使に加え、今の「不殺(殺さず)」の精密動作は、機体に過剰な負荷をかけている。


『あいつ、自分の命を削って「英雄」を演じてやがる。……最後まで持つか怪しいぜ』


戦況は源氏の圧勝に傾いていた。 だが、その勝利の代償として、私たちの「最強の駒」は燃え尽きようとしていた。


そして、運命の瞬間が訪れる。 平家の猛将・平教経たいらののりつねが、最後のあがきとしてUSHIWAKAに組み付いたのだ。


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