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第14話 英雄か、殺戮者か

USHIWAKAは止まらない。 


彼は敵船のど真ん中に着地すると、周囲を囲む兵士たちを、まるで雑草を刈るようにプラズマブレードで薙ぎ払っていく。 悲鳴。断末魔。 血の雨が降る中、USHIWAKAの黒い装甲は、返り血を弾いて不気味に輝いている。


問題は、その後だった。 敵の猛攻に晒され、孤立していた源氏の味方の兵士が、USHIWAKAに助けを求めた。


「よ、義経様! お助けくだ……!」


ドガッ!


鈍い音がした。 USHIWAKAは、助けを求めた味方の兵士を、背中のスラスターで加速した蹴りで吹き飛ばしたのだ。 兵士は人形のように空を舞い、海へと落ちていった。


「えっ……?」 


私は我が目を疑った。 今、蹴ったよな? 味方を?


『邪魔だ』 


USHIWAKAの冷徹な声が、風に乗って聞こえた。


『射線上に立つな。計算の邪魔になる』


彼は、海に落ちた味方に見向きもしない。 それどころか、次に跳躍するための「踏み台」として、味方の小船を重力波で踏み潰し、反動で加速した。 バリバリバリ! と船が砕け、乗っていた源氏の兵士たちが海に放り出される。


「な、なんてことを……!」


私は思わず叫んでいた。


「味方じゃないか! 助けるために戦ってるんじゃないのかよ!」


『gennai、状況報告』 


USHIWAKAは私の叫びなど聞こえていないかのように、通信で淡々と尋ねた。


『現在の敵殲滅率一八%。遅い。効率が悪い。……重力出力を上げろ。船ごと圧壊させる』


『おいおい、ちょっと待てUSHIWAKA!』 


gennaiの声にも焦りが混じる。


『出力を上げすぎると、オーバーヒートするぞ。それに、そこには味方も混じってる!』 『関係ない。勝利条件は「平家の殲滅」だ。それ以外の変数は考慮しない』


USHIWAKAが空中に舞い上がる。 彼を中心に、空間が歪むほどの重力場が発生する。 海面が盛り上がり、敵味方の区別なく、周囲の船がブラックホールに吸い込まれるように彼の下へ引き寄せられていく。 


船同士が激突し、砕け散る。 その中心で、黒いアンドロイドは、ただ機械的に剣を振るい続けている。


「……違う」 


私は、こみ上げてくる吐き気を必死に抑えながら呟いた。 脳裏に浮かぶのは、私が愛読した『義経記』や『平家物語』の義経像だ。 彼は確かに戦いの天才だった。奇抜な戦術で敵を翻弄した。 


でも、こんな……冷たい機械じゃなかったはずだ。 もっと熱くて、無鉄砲で、そして誰よりも「情」に厚い男だったはずなんだ。郎党(部下)の弁慶や佐藤継信が死んだ時、人目もはばからず号泣したというエピソードはどうなる?


今のアイツには、「心」がない。 ただ、夜裏なおすが入力した「勝利(Victory)」というコマンドを実行するだけの、バグったプログラムだ。 あんなものが、日本の英雄であってたまるか。


「おい、軍師見習い!」 


隣の侍大将が、私の方を掴んだ。その顔は蒼白だ。


「あの方は……味方ごと敵を殺す気だ! このままでは我らも巻き込まれるぞ!」


「……っ!」


目の前で、USHIWAKAがこちらへ視線を向けた気がした。 赤いバイザーが光る。 次の跳躍ターゲットは、この船だ。 敵船と交戦中のこの船を、敵ごと重力プレスで叩き潰すつもりだ。


逃げなきゃ。 死ぬ。巻き込まれて死ぬ。 足が震える。胃が痛い。今すぐ2300年の安全なソファに戻りたい。 でも。


 ――大人とは、裏切られた青年の姿だ。


ふと、太宰治の言葉が脳裏をよぎった。 


かつて、教室の隅で震えていた私。誰も助けてくれなかった私。 今、目の前で、必死に戦っている源氏の兵士たちが、あの頃の私と同じように、理不尽な力(USHIWAKA)に踏みにじられようとしている。


それを、見過ごすのか? 「歴史修正のためだから」と言い訳して、この暴虐を許すのか?


「……ふざけるな」


私は震える膝を叩いた。 胃薬の瓶を、ポケットの中で強く握りしめる。 ガラスが軋む音がした。


「gennai! 通信を繋げ!」 


私は叫んだ。


『あぁん? 何をする気だ兄弟!』


「あの馬鹿(USHIWAKA)に、物語ナラティブを教えてやるんだよ! あんなのは義経じゃない! ただの殺人ロボットだ!」


私は甲板の先端へと走った。 空から降ってくる死の重力に向かって、私は腹の底から声を張り上げた。


「止まれぇぇぇぇッ! この大馬鹿野郎!!」


私の絶叫は、轟音渦巻く壇ノ浦の戦場において、奇跡的に通った。 いや、正確にはgennaiが私の脳波の異常値を検知し、強制的に拡声モードでUSHIWAKAの聴覚センサーに割り込ませたのだ。


上空で、黒い死神がピタリと停止した。 


USHIWAKAは、重力制御で空中に静止したまま、ゆっくりと首を巡らせた。 真紅のバイザーが、甲板の隅で震えている私を捉える。


『……誰だ』 


感情のない合成音声。


『識別コード、申述かたる。ナラティブ担当か。……邪魔だ。射線から退け』


USHIWAKAが右手を上げた。 掌に重力波が収束していく。私を「排除」するつもりだ。 ヒュッ、と喉が鳴った。膝が笑う。胃がキリキリと痛み、今すぐその場にうずくまって泣き出したい。 相手は最新鋭の軍事アンドロイドだ。勝てるわけがない。


「や、止めろ……! 味方を殺すな!」 


私は裏返った声で叫んだ。


『味方?』 


USHIWAKAは小首を傾げた。


『定義が間違っている。彼らは「源氏の兵」ではない。「不確定変数ノイズ」だ。私の演算速度に追いつけず、射線を塞ぎ、敵の盾にされるだけの肉塊。……勝利のためには、効率的に削除するのが最適解だ』


「削除……だって?」 


その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏で、何かがパチンと弾けた。


――お前はノイズなんだよ、申述。 

――教室の空気を読む邪魔なんだよ。消えてくんない?


フラッシュバック。 十代の頃の、色褪せない地獄の記憶。 教室の隅。冷たい床の感触。頭からかけられた雑巾絞りの水。 そして、私を見下ろして嘲笑うクラスメイトたちの目。 


彼らにとって、私は人間ではなかった。クラスというシステムを円滑に回すための「生贄」であり、排除すべき「異物」だった。目の前の光景が、あの日の教室と重なる。USHIWAKAの重力に怯え、海に叩き落とされる兵士たちの絶望的な顔。 それは、あの日の私だ。 


力を持つ者が、持たざる者を「効率」や「空気」の名の下に踏みにじる。 一七〇〇年経っても、人間は(いや、アンドロイドになっても)同じことを繰り返すのか?


「……ふざけるな」 


恐怖が、どす黒い怒りに塗り替えられていく。 胃の痛みが、熱い塊に変わる。


『警告。退かない場合は、強制排除する』 


USHIWAKAの掌が光った。 死の予感。 だが、今の私にとって、死ぬことよりも許せないことがあった。


「ふざけるなぁぁぁッ!!」


私は懐から胃薬の瓶を取り出し、甲板に叩きつけた。 パリン! という音が、奇妙に鮮明に響いた。


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