第12話 毒(サイコパス)を以て毒(システム)を制す
モニターに映し出された人々。 彼らは全員、同じ服を着ていた。 色は白かベージュ。デザインは没個性的で、まるで囚人服か工場の制服のようだ。
彼らは全員、同じ速度で歩いていた。 右足、左足、右足、左足。数千人の歩行者が、まるで一つの巨大な生き物のように、完全に同期して動いている。
だが、最も恐ろしかったのは、彼らの「顔」だ。
「わ、笑ってる……?」
全員が、笑っていた。 口角を正確に三〇度引き上げ、目は笑っていない、張り付いたようなアルカイックスマイル。 老人も、若者も、子供さえも。 誰も怒っていない。誰も泣いていない。誰も眉をひそめていない。 ただひたすらに、穏やかで、虚ろな「微笑み」を浮かべて歩いている。
『本日の異論検知数はゼロです』
街頭ビジョンから、合成音声のようなアナウンサーの声が流れた。
『国民の皆様の「和」の精神により、本日もトラブルは一件も発生しておりません。素晴らしい一日です。隣人に感謝を。政府に感謝を。和を乱さぬ心に、永遠の平穏を』
ビジョンの前を通る人々が、一斉に立ち止まり、ビジョンに向かって深々と四五度のお辞儀をした。 一糸乱れぬ、機械のようなお辞儀。 そしてまた、無言で歩き出す。
「ひぃっ……!」
私は後ずさりし、腰を抜かした。
「気持ち悪い! なんですかあれ! 全員ロボットみたいじゃないですか! 人間味がないというか、生きてる感じがしない!」
「これが、我々が作った結果だ」
夜裏は冷徹に告げた。
「聖徳太子(PRINCE)のインストールした『和のOS』は、優秀すぎたのだ」
夜裏が空中にグラフを表示する。 犯罪発生率、ゼロ。 暴動発生件数、ゼロ。 精神疾患による通院歴、ゼロ。 すべてのネガティブな数値が、奇跡的なゼロを記録している。
「一見すると理想国家だ。だが、その代償として失われたものがある」
夜裏が指をスライドさせると、別のグラフが表示された。 特許出願数、ゼロ。 新規事業開業率、ゼロ。 芸術作品の発表数、ゼロ。 恋愛結婚率、ほぼゼロ。
「『和』を絶対視するあまり、この国の人間は『他人と違うこと』を極度に恐れるようになった。議論は『和を乱す行為』として忌避され、競争は『平穏を脅かす悪』として排除された」
夜裏は、地上で微笑み続ける人々を見下ろした。
「結果、生まれたのはこの 『笑顔の全体主義国家』 だ。誰も争わない代わりに、誰も挑戦しない。思考停止し、ただ空気を読み合うだけの、三〇〇〇万人のBot(自動プログラム)の群れだ」
Botの群れ。 その言葉が、私の胸に重く突き刺さった。 私たちは、無気力な日本人を救おうとして、完全に「心を殺して」しまったのか。
『おいおい、こいつはマズいぜ大将』
モニターの中で、gennaiが渋い顔で煙管を叩いた。
『外を見てみな。海の方だ』
言われて東京湾の方角を見る。 そこには、巨大な軍艦が停泊していた。船体には、漢字ではない、大陸の某大国の国旗が描かれている。
「えっ、あれは……?」
『平和維持軍だそうだ』
gennaiが吐き捨てるように言った。
『日本人はあまりに大人しくて、自衛隊すら解体しちまった。「武器を持つことは和に反する」ってな。だから、他国に「警備」の名目で駐留されてるんだよ。実質的な植民地じゃねえか』
「そ、そんな……!」
私は絶句した。 国内は平和ボケした笑顔のBotたち。 その外側は、虎視眈々とこの国を狙う外国軍に囲まれている。 これは「安楽死」ですらない。魂を抜かれた「ゾンビ国家」だ。
「失敗だ」
夜裏なおすは、モニターに映る
「平和すぎて死んだような日本」を見つめ、端的に認めた。 彼は悔しがる様子もなく、ただ淡々と次の計算を始めている。
「『和(Wa)』の成分が過剰すぎた。規律と協調性は最強になったが、生物としての『闘争心』と『突破力』が欠落してしまった。……修正が必要だ」
「し、修正って……どうするんですか!?」
私は食ってかかった。
「また過去に行くんですか? でも、太子より前に戻っても、もっと原始的な時代になるだけですよ!」
「戻るのではない。進めるのだ」
夜裏は、カツカツと足音を立てて、床下のカプセル保管庫の二番目のセクションへ移動した。
「この停滞しきった空気を打破するには、劇薬が必要だ。ルールを無視し、空気を読まず、物理法則すらねじ曲げて敵を粉砕する、圧倒的な『暴力装置』が」
『へっ、やっぱり次は「アイツ」か』
gennaiがニヤリと笑った。
『毒を以て毒を制す。お行儀の良いBotどもに、野生の牙を思い出させるにゃあ、うってつけの暴れん坊だ』
「暴れん坊……?」
私は嫌な予感がして、そのカプセルのプレートを見た。 そこに刻まれた名は、日本人なら誰もが知る、しかし「悲劇」と「破壊」の象徴でもある、あの英雄の名だった。
【Code Name: USHIWAKA / Minamoto no Yoshitsune】
「源……義経……!?」
私は叫んだ。
「ちょっと待ってください! 彼は確かに英雄ですけど、戦術の天才すぎて身内からも恐れられた危険人物ですよ! こんな秩序だらけの国に彼を入れたら、爆発しますよ!」
「爆発させればいい」
夜裏は冷酷に言った。
「この国に必要なのは、秩序ある死ではない。無秩序な生だ」
彼は、二番目の起動キーに指をかけた。 その瞳に、冷徹な決断の光が宿る。
「承認する。――歴史(日本)を、やりなおす」
「gennai、USHIWAKAを起動しろ。搭載兵器は?」
『【重力制御ユニット・八艘飛び(グラビティ・リープ)】、および 【高出力プラズマ太刀・薄緑】 。スタンバイOKだ』
「兵器って言っちゃったよ!」
夜裏が高らかに宣言する。
「Re-JAPAN計画、フェーズ2。……起動せよ、【USHIWAKA】!」
ドォォォォン……!
重苦しい音と共に、二番目のカプセルが開く。 中から現れたのは、サイバーパンクな鎧武者風のアーマーを身にまとい、目元をバイザーで覆った少年だった。
彼は目覚めると同時に、獣のような唸り声を上げ、周囲の空気をビリビリと震わせた。
『……敵はどこだ』
合成音声ではない。地獄の底から響くような、飢えた狼の声。
『兄上(頼朝)か? 平家か? ……斬らせろ。俺に、血を吸わせろ』
「ひぃっ!」
私は腰を抜かしたまま後ずさった。 PRINCEとは違う。話が通じない。 これは「管理者」ではない。「殺戮者」だ。
「行くぞ、かたる君」
夜裏は、私の恐怖など意に介さず、次なるミッションを告げた。
「ターゲット・イヤー、西暦一一八五年。……この退屈な理想郷を、戦場に変えてこい」
床が再び発光する。 転送の光の中で、私は絶望的な叫び声を上げた。
「もう嫌だぁぁぁ! 胃薬! 胃薬をくれぇぇぇぇ!!」
視界がホワイトアウトする。 次に目覚める場所は、優雅な飛鳥ではない。 血と炎と、鉄の臭いが充満する、源平合戦の修羅場だ。




