間話1〜配信中の兄心〜
本日2話目です。これからも出来るだけ5話毎に間話を挟もうと思います。
土曜、午前十時。七瀬久遠の自室には、三台のモニターと、机の上に山積みになった新作ゲームのパッケージが並んでいた。
カメラの位置を調整し、ヘッドセットをかぶり直す。ゲーム実況を中心に配信を続けて、もうずいぶん経つ。画面の中の自分が笑っているのを確かめてから、久遠は配信開始のボタンを押した。
「はいはーい、みんなおはよう!待たせたな、KUONだ!」
配信開始と同時に、コメント欄が一気に流れ始める。
『待ってた』
『新作楽しみ』
『今日も顔がいい』
『ちょっとアホっぽい所も好き』
「アホって言ったやつ覚えたからな!…コホン、そんで、今日はこいつだ。FPS好きなら分かるよな、発売日に触らないわけにはいかないだろ」
机の上のパッケージを持ち上げてカメラに見せると、コメントがさらに加速した。
『出た発売日勢w』
『KUONなら初日で上位ランク行きそう』
『何だかんだ上手いからな』
『自称エイム神待ってた』
「自称じゃねぇよ!誰からも呼ばれてないけどエイムだけで生きてきた男だからな」
『それを一般的に自称と言う』
『まあ中学生だしなww』
『クソガキwww』
「お前ら揃って、アンチかこら!」
視聴者に吠えながら、ゲームを起動する。マッチングを待つ間、久遠は流れてくるコメントに目を走らせた。
『今日は妹ちゃんいないの?』
ふと目に留まったコメントに、久遠の指が一瞬止まった。
「……あー、それな。今日はうちの妹、ゴルフスクール行ってるんだよ」
『ゴルフ!?』
『えっ意外』
『妹ちゃんゴルフやるの?』
『銃じゃなくてクラブ握ってるのか』
『インドア兄貴と真逆じゃんwww』
「うるせぇよ俺はやらないだけでアウトドアもいけますー。まあ、先月くらいからな。父さんが連れてって、体験レッスンさせたら──これがまあ、とんでもなかったらしいわけよ」
『らしい?』
『行ってないの?』
「そう、そうなんだよ。俺、まだ一回もスクール行けてないんだよ。父さんが平日休みの日と土曜が被らなくて」
『あー、そういうことか』
『兄貴、寂しそう』
『顔に出てるぞww』
「出てねえし!寂しくねーし。まあでも話だけは毎回めちゃくちゃ聞かされるんだよな。父さんからも、み…妹からも」
『詳しく』
『どうぞ続けて』
「父さん曰く、コーチが最初、絶対無理だろって顔してたのに、いきなり綺麗に当てるし飛ぶしで、二回目でコーチが呆然としてたらしいからな。あー、俺もその現場、見たかったわ」
話すうちに、久遠の口調は自然と熱を帯びていく。マッチが始まっても、視線はコメント欄に引っ張られたままだった。画面の中で、敵が背後に迫っているのにも気づかない。
『KUON、画面見てるか?』
『完全に話に夢中で草』
『エイムの前に集中力が必要』
『視野針穴か?ww』
『エイム神、お隠れになったwww』
「うわ、ちょ、待て待て待て!」
慌てて振り向いた時にはもう遅く、画面は無情にも敗北を告げていた。コメント欄が一斉に草で埋まる。
『はい1乙ww』
『草』
『初キルされてて草』
『妹の話に夢中で狩られるFPS配信者ww』
『これは過去最高落ち記録更新あるぞwww』
「うるさい!今のは待ち伏せが悪い!ノーカンな!」
リスタートボタンを押しながら、久遠は咳払いをした。
「話戻すぞ。で、ここからが本題なんだけど。妹が言うには、アイアン?ってクラブで、目印狙って何球も寄せたらしいんだよ。始めたばっかの子供がやることじゃないだろ普通」
『ゴルフやってるけど、それが本当ならガチでヤバい』
『ほーん、才能あるんやな』
『又聞き情報で草』
『兄が言うと信憑性微妙』
「又聞きなのは認めるけど!父さんもコーチも興奮してたって言ってたし、客観的にもやばいと思うんだよな。初めて触った銃で一発目からヘッショ決める新人みたいなもんだぞ」
『なにそれ怖い』
『初見でヘッショ連発は人力チートでは?』
『それ聞くとすごさ分かるわ』
『KUONの例えは大体FPS』
『もし妹ちゃん天才なら、これからのゴルフ楽しみすぎる』
『そもそもワイなんて、一発目はいまだに外すんよ』
『それな』
「だろ?……っと、あぶね」
今度は敵の気配をしっかり拾い、久遠の指が素早く動いた。乾いた射撃音が連続し、画面に撃破の表示が重なる。
『うまっ』
『さっきとは別人』
『これが見たかった』
『切り替え早すぎ』
『エイムの神様帰ってきたww』
「見たか!これが本来の俺だ」
調子を取り戻した久遠は、ふと画面の隅の時計に視線を落とした。午前十一時前。今頃、弥々魅はクラブで汗を流しているはずだった。
(今度こそ、俺も行きたいんだけどな……)
正直、毎回話を聞くだけというのはもどかしかった。妹の晴れ舞台を、自分の目でまだ一度も見られていない。
『でも兄が同行しないの珍しくない?いつも過保護なのに』
「ちげーわ、行きたいのは行きたいんだよ。ただタイミングが合わなすぎるんだよ、ここ最近ずっと」
正直に白状すると、コメント欄が温かい空気に包まれた。
『めずらしく素直で草』
『シスコン兄貴好きだわww』
『妹の話もっと聞きたい』
「あ、そうだ、言ってなかったけど、今度検定会に出るらしいんだよな、うちの妹」
『検定会?』
『大会じゃなくて?』
『ゴルフの検定とかあるんだ』
「大会っぽいけど、勝ち負けじゃなくて、成績でランクつけてもらうやつなんだと。まだ始めたばっかなのに、もう出るって言うんだから驚くよな」
『マジで!?』
『出るの早すぎん?』
『始めてどんくらい?』
「ほんとにまだ通い始めたばっかなんだよ。……あー、これ言っていいのか分かんねぇけど、同い年の男に誘われて出ることになったらしいんだよ」
自分で言っておきながら、思い出すとまた眉間に皺が寄る。
『男!?』
『敵影確認』
『シスコン、索敵モード入りましたwww』
『来た来たwwシスコン発動待ったなしwww』
『顔が怖い顔が怖い』
「入るだろ普通!初対面でいきなり誘ってくるとか、絶対何か企んでるだろ」
『でも本当にゴルフ強い子だったら普通じゃない?』
『会ったことすらないのに疑ってて草』
『下心とは限らんぞ』
「うるせえ!いいか、俺はこないだその子の家、ちゃんと調べたからな。詳細は言えねぇけど結構でかい会社の息子で──」
説明しかけたところで、久遠はふと口をつぐんだ。企業の話をし始めると、個人情報にも近づきかねない。会ったこともない相手のことになると、つい前のめりになりすぎる自分の癖を思い出し、小さく咳払いをする。
「……まあ、とにかく次こそ俺も現場に行って、この目でしっかり見極めるから安心しろ、視聴者諸君」
『クリアリングかよww』
『クリアリングは草』
『何目線だよw』
『保護者かな』
『来週こそ行けるといいね』
『その顔で見極めに行ったら威圧感すごそう』
コメントに苦笑しながら、久遠はマウスを握り直した。
「うるせぇ!よし、次はちゃんとランク上げるから見とけよ!……あ、そういえば今日帰ってきたら、検定会に向けてどんな練習したかとか、小僧が話しかけてきてないかとか絶対根掘り葉掘り聞かないとな」
誰も聞いていない独り言のつもりだったが、コメント欄はしっかり拾っていた。
『小僧はやめて差し上げろwww』
『相手は小学生やぞww』
『急に口が悪くなるな』
『いや大体いつも口悪いw』
『草』
『妹ちゃん逃げて』
『はいドン引きw』
『本人見てたらドン引きされるww』
「見てねえだろ!……見てないよな?」
一瞬だけ不安がよぎったが、すぐに頭を振って画面に向き直る。マッチングが成立し、ゲームの中で再び銃声が響いた。夕方、妹が興奮気味に今日の報告をしてくる姿を思い浮かべながら、久遠はどこか楽しげに配信を続けていた。




