↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴルフ界の伝説を受け継ぐのは6歳の少女でした ―7番の後継者―  作者: 純羽 碧(すみはね あお)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/14

第3話〜新たな出会いの季節〜

 弥々魅が初めてクラブを握ったあの日から数日が経った、四月上旬。

 七瀬家にとって、もうひとつの一大イベントが控えていた。弥々魅の、小学校入学式である。

 

「本格的にスクールに通うのは、入学式が落ち着いてからにしような」

 

 父の提案に、弥々魅は素直に頷いた。ゴルフのことは頭から離れなかったが、まずは新しい生活の始まりだ。逸る気持ちを、右手をそっと握ることで宥めていた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 入学式当日。桜が舞う正門の前は、真新しい制服とランドセルの子供たちでにぎわっていた。

 弥々魅が母と並んで歩いていくと、あちこちで視線が集まっていくのが分かった。

 

「あれ、七瀬じゃね?」

 

 声のした方を見ると、見覚えのある男の子が数人、こちらを指差してひそひそと話している。同じ幼稚園だった子たちだ。

 

「うわ、久しぶりに見たらもっと可愛くなってる……」

「お前、まだ諦めてなかったのかよ」

「うるせ、どうせお前もだろ!」


 幼稚園時代から弥々魅を知る男子たちが、妙に張り合うような空気を漂わせているのに気づき、弥々魅は思わず小さく手を振った。


「久しぶり!みんな元気だった?」


 あっけらかんとした挨拶に、男の子たちは一瞬きょとんとした後、慌てたように顔を赤くした。


「あ、お、おう……久しぶり」

「元気だったよ!な、七瀬も元気そうだな!」

「うん!小学校でも宜しくね!」


 体育館での式は、思ったよりあっという間に終わった。校長先生の挨拶も、来賓の話も、弥々魅の耳をほとんど素通りしていく。周囲からちらちらと注がれる視線には、もうなんとなく慣れつつあった。


 式が終わり、教室に案内されると、さらに別の視線が加わった。初対面のクラスメイトたちだ。


「あの子、めちゃくちゃ可愛くない?」

「……見た事ない子だよな」

「どこの幼稚園だろ」


 新しいクラスの男子たちが、少し離れた場所からこそこそと様子をうかがっている。それに気づいた、幼稚園組の一人が、すかさず割って入るように弥々魅の近くの席に陣取った。


「弥々魅ちゃん、こっち座りなよ。知ってる人がいる方が良いから」

「……お前、勝手に決めるなよ」

「早い者勝ちだろ」


 新しいクラスの男子たちが、むっとした顔でそのやり取りを睨みつける。まだ名乗ってもいないのに、早くも小さな縄張り争いが始まっていた。


 担任の先生が「はい、席は決まってますよ」と苦笑いで仲裁に入る。そのまま自己紹介の時間になり、弥々魅の番が回ってくると、彼女はにっこりと笑って立ち上がった。


「名前は七瀬弥々魅と言います!最近ゴルフを習い始めました。これからよろしくお願いします!」


 元気な自己紹介に、教室から予想以上に大きな拍手が起こった。曖昧に笑うのではなく、まっすぐ前を見て言い切ったその姿に、男子たちの視線がますます集まる。


(緊張して声が大きくなっちゃった)


 少し照れくさくなりながらも、弥々魅は席に戻ると小さく胸を張った。


    ◇ ◇ ◇


入学式の日なので、授業と昼休みを無くしました。きっかけは消しゴムをハンカチに変え、担任を待つ間の教室での出会いにしています。呼び名は「七瀬ちゃん」に変え、その後の反応も合わせて直しました。


 そんな中、一人だけ、まったく違う反応を見せた女の子がいた。


「ねえ、ハンカチ落ちたよ!」


 床に落ちたそれを拾い上げ、にっと笑って差し出してきたのは、ショートカットの活発そうな女の子だった。

 

「あ、ありがとう!」

「どういたしまして!ねぇねぇ、さっきからみんな七瀬ちゃんのこと取り合ってない?知り合いなの?」


 からりと明るい声に、弥々魅は思わず瞬きをした。今日会った誰よりも、真っ直ぐにこちらを見ている。顔ではなく、弥々魅自身を見ている――そんな気がした。


「幼稚園が一緒だった子もいるんだけど、正直わたしもよく分かってなくて!」

「へえ、変なの!」


 女の子はけらけらと笑った。


「あたし月森ひなた!よろしくね!」

「七瀬弥々魅です!ひなたちゃん、よろしくね!」


 勢いよく返された挨拶に、ひなたは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑った。


「ひなたちゃんだって!なんかくすぐったいね!……ねえ、七瀬ちゃんってめっちゃ目キラキラしてない?なんか宝石みたいで綺麗!」

「ありがとう!お婆ちゃんとお揃いなんだ!」


 弥々魅にとって、大好きな祖母から受け継いだこの瞳を褒められることは、何より嬉しかった。


「そうなんだ!羨ましいなー!あたしもそんな綺麗な目がよかった!」


 からりと笑ってそう言うひなたに、弥々魅は思わず声を立てて笑った。周りの男子たちのように気を遣うでも、遠巻きに見るでもない、あっけらかんとした距離の詰め方が、なぜか心地よかった。


「わたし、ひなたちゃんと友達になりたい!」

「お、いいね!あたしもそのつもりだったし!」


 担任の先生が来るまでの間、ひなたは当然のように弥々魅の隣の席に座って、ずっとおしゃべりを続けていた。

 周りの男子たちが、それとなくこちらの様子をうかがっているのが分かったが、ひなたはまるで気にする素振りもない。むしろ、視線が集まるほど「見んな見んな」と言わんばかりに、弥々魅の前にわざと立ちはだかったりした。


「七瀬ちゃんだと、なんか他人行儀だなあ。弥々魅って呼んでいい?」

「もちろん! わたしもひなたって呼ぶね」

「うん、よろしくね弥々魅!」


 差し出された小さな手を、弥々魅は笑顔でしっかりと握り返した。周りのざわめきも、値踏みするような視線も、この瞬間だけは、少しも気にならなかった。


 入学式が終わり、昇降口で靴を履き替えていると、幼稚園組の男の子が思い切ったように声をかけてきた。


「な、七瀬、良かったら一緒に写真撮らない?」

「弥々魅はこれからあたしと帰るから無理!」


 横からひなたが、にっこり笑って割り込む。男の子はぐっと詰まり、「そうなんだ……じゃあまた今度」と逃げるように去っていった。


「ひなた、強いね!」

「強くないって!ただ、みんな弥々魅の顔ばっかり見てるのが、なんかもやっとするだけ!」


その言葉に、弥々魅は驚いて隣を見た。ひなたは悪びれもせず、にこにこしながらスキップするように歩いている。


「わたしの顔、そんなに変かな?」

「変じゃないよ! みんなが見すぎなだけ!」


 ひなたはぷくっとほっぺたをふくらませてから、ぱっと笑った。


「でもさ、弥々魅のいいとこ、顔だけじゃないと思うんだよね!何かする時の手の動きは丁寧だし、落ち着いた話し方するし!それにあたしが話しかけたとき、ちゃんとあたしの目を見て笑ってくれたもん!」


 出会ったばかりなのに、まるで前から知っているみたいに言われて、弥々魅は思わず立ち止まった。ひなたが振り返る。


「何、変なこと言った?」

「ううん、なんか嬉しくて」


 弥々魅は屈託なく笑って、小走りに追いついた。


 顔でも、噂でもなく、ただ弥々魅自身を見てくれる誰か。それが、こんなにもあたたかいものだとは知らなかった。


    ◇ ◇ ◇


 慌ただしい新生活のリズムが少しずつ落ち着いてきた頃。七瀬家の夕食の席では、いつものように今日あったことが話題になっていた。


「そういえば、学校どう? 友達できた?」


 母の何気ない問いに、弥々魅は勢いよく頷いた。


「うん! ひなたっていう子と、もう友達になった!」

「へえ、どんな子?」

「元気で、はっきりしてて……わたしのこと、ちゃんと見てくれる子」


 その言い方に、父と母が顔を見合わせた。久遠が茶化すように口を挟む。


「弥々魅に親友か。いいじゃん」

「親友かどうかはまだ分かんないけど、わたしはそう思ってる!」


 迷いのない即答に、母は嬉しそうに目を細める。


「今度、おうちに呼んでもいいのよ」

「呼ぶ!絶対呼ぶ!」


 張り切って頷く弥々魅を見て、父も安心したように笑った。新しい学校で、新しい友達ができたこと――それは、弥々魅にとって、確かな喜びだった。


 夕食もひと段落したところで、父が改めて切り出した。


「そろそろ、ちゃんと通う?」

「うん、通いたい!」


 弥々魅は迷わず頷いた。


「よし。じゃあ来週から週末に香椎浜スポーツガーデンだな」


 久遠が身を乗り出す。


「今度こそ俺も付き添うから」

「久遠は学校にいけ」

「土日は休みだろ!」

「……それもそうか」


 いつも通りのやり取りに、母が小さく笑った。弥々魅もつられて笑いながら、右手をそっと握りしめる。


 ――もうすぐ、また打てる。


 あの日感じた確かな手応えを思い出すたび、胸の奥がじわりと熱くなった。


 新しい学校生活にも、新しい友達にも恵まれた。そのうえで、もう一つの新しい何かが、静かに動き出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。