間話2〜兄は今日も妹を語る〜
本日2話目です。
――午後九時。
七瀬家の一室から、軽快な電子音と少年の声が響いていた。
「はい、ということでね。ここは一回引きます。真正面から行ったら絶対やられるんで」
パソコンのモニターに映っているのは、人気のサバイバル型対戦ゲーム。
ヘッドセットを装着し、マイクに向かって話しているのは七瀬久遠だった。
「おっと、右から来た! ……はい、見えてました。残念でしたー!」
久遠が素早く操作すると、画面上のキャラクターが相手を撃破する。
直後、画面右側に流れるコメント欄が一気に加速した。
『うますぎww』
『今の反応速度どうなってんの』
『久遠今日調子よくね?』
『いや今のは相手が弱いだけ』
『まぐれ乙』
「おい、最後のやつ表出ろ」
久遠が笑いながら画面を指差す。
「俺がどれだけ練習してると思ってんだ。学校終わってからずっとゲームしてるんだぞ?」
『学校終わってからずっとゲーム?』
『勉強は?』
『宿題しろ』
「…………」
久遠の手が止まった。
「今日はゲームの話をしようぜ。勉強の話は禁止な」
『逃げたw』
『絶対母親に怒られてるww』
『学生配信者の闇』
『宿題終わった?』
「終わってますぅ!」
久遠がわざとらしく胸を張る。
「俺はやることはちゃんとやる男なんだよ」
『ほんとぉ?』
『妹に宿題見てもらってそう』
『妹ちゃんに怒られてそう』
「なんでそこで妹が出てくるんだよ!」
そう言いながらも、久遠の表情はどこか嬉しそうだった。
「……まあ、でもうちの妹は最近マジですごいんだよ」
『出た妹自慢』
『待ってました』
『また始まった』
『定期的に発症する病気』
「病気って言うな」
久遠はゲームを操作しながら、得意げに話し始めた。
「この前、妹がゴルフの検定受けたんだけどさ」
『え、もう検定??』
『妹ちゃんゴルフやってんの?』
『前言ってたな』
『妹ちゃんシリーズ最新話キタ』
「そうそう。で、初めての検定だったんだけど――」
久遠はそこで一度、意味ありげに間を置いた。
「Cランクで合計6打」
『???』
『6?ってことは3アンダー?』
『初めて?』
『ルール知らん、すごいの?』
『わりとヤバいで』
『え?』
「3アンダー」
もう一度、念を押す。
「3ホールで6打。まあCランクだから50ヤードの位置から3ホールなんだけど、それでもダントツの成績だったんよ!」
『???』
『初めてで?』
『俺いまだにアプローチ苦手なんですが…』
『それマジ?』
『盛ってない?』
『久遠の妹補正入ってない?』
「盛ってねぇよ!妹補正で認定バッジもらえるか!」
久遠が笑う。
「まあ俺も人から聞いてたら嘘だと思っただろーけどな!実際に見てても信じられないくらいだった」
ゲームの画面では、久遠のキャラクターが何もせず立ち止まっている。
「しかも本人、別に普通の顔してんの」
『妹ちゃん何歳?』
「6歳」
『!?』
『は?6歳!?』
『それはヤバい』
『久遠よりゲーム上手かったりして』
「いや、それはない!」
久遠は即答した。
「ゲームなら俺の方が圧倒的に上手い」
『ほんとぉ?』
「……たぶん」
『弱気w』
『今の間www』
「いや、妹がゲームやり込んだら分かんないけど……」
そこで久遠は、少し考えるように首を傾げた。
「でも、あいつ変なところで覚えるの早いからなぁ」
『妹ちゃん天才説』
『兄バカすぎるw』
『もっと聞かせろ』
『久遠今日は妹の話しかしてない説』
「誰が兄ばかだよ!……いや、ちょっとはそうかもしんないけど」
『素直ww』
『普段は生意気だけどなwww』
『だからチャンネル外せないw』
『ゲームの腕じゃねぇのかよ!ww』
「ゲームの腕じゃねぇのかよ!…って先にツッコむな!」
久遠は思わず叫んだが、すぐに深呼吸し落ち着きを取り戻した。
「ふー、まあいい、うちの妹の話が聞きたいなら聞かせてやるよ」
その後、ゲームの話はほとんど進まなかった。
「うちの妹ってさ、昔から変なところで度胸あるんだよ」
「あと、めちゃくちゃ素直で――」
「俺が新しいゲーム買った時も、横でずっと見てるんだけど――」
「『お兄ちゃん、それ面白い?』って聞いてくるんだよ」
「で、面白いって言ったら、『一緒にやっていい?』って眼をキラキラさせてさー」
『かわいい』
『妹ちゃん尊すぎる』
『KUONの妹とは思えない』
「だろ?あと最後のやつまたてめーか」
久遠が満足げに頷く。
『久遠がただ妹の話したいだけなの草』
『定期報告ありがとうございます』
「……まあ、それは否定しない」
照れくさそうに笑った。
しかし、その直後。
部屋のドアが、コンコンと二度叩かれた。
「お兄ちゃん?」
小さな声が聞こえる。
久遠が振り返った。
「……あ」
一瞬、しまったという顔をしたが、もう遅い。
「ん、どうした」
「うん。まだゲームしてる?」
「配信中」
「あ、ごめんね」
ドアの向こうから、声がする。
「お水、ここに置いとくね」
「お、おう。ありがと」
ドアの下から、小さなペットボトルが一本、すっと差し込まれた。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
足音が遠ざかっていく。
久遠はしばらくドアを見つめていた後、コメント欄に目を戻して固まった。
『妹ちゃん良い子すぎる』
「今の声だけで妹って断定すんな」
『お兄ちゃんって呼ばれてましたよw』
『いや声の可愛さで分かる』
『兄の反応で確信した』
『墓穴掘ったの草』
「……今の聞かなかったことにしろ」
『無理』
『保存した』
『名シーン集入り』
「いやマジで忘れてくれ!」
思わず叫んだ後、しかし久遠はニヤリと笑った。
「まあでも、可愛いのは否定しない」
『さっき隠そうとしてたのにw』
『切り替え早すぎ』
「いや、マジで可愛いんだって」
久遠はそこで少しだけ真面目な顔になった。
「今日もさ、ゴルフの検定でめちゃくちゃ頑張ってたんだよ」
「本人は全然大したことないみたいな顔してるけど、俺はちゃんと見てたから」
「だからさ――」
久遠はカメラに向かって、少し照れくさそうに笑った。
「これから妹がどんなゴルファーになるのか、俺は一番近くで見てたいんだよね」
コメント欄の流れが、ほんの一瞬だけ止まった。
『……いいお兄ちゃんじゃん』
『急に良い話』
『妹ちゃん頑張れ』
『兄貴も頑張れ』
「……なんだよ。急にしんみりすんなよ」
久遠は照れ隠しのように頭を掻く。
「ほら、まだ配信終わってないからな。今日はもう一戦行くぞ!」
『おー!』
『妹パワーで勝て』
『次負けたら妹ちゃんに慰めてもらえ』
『それは強すぎる』
「お前らなぁ……!」
再びゲームの効果音が部屋に響き始める。
その頃。
廊下を歩いていた弥々魅は、自分の部屋へ向かいながら、小さく笑っていた。
「……お兄ちゃん、また私の話してる」
呆れたような、それでいて少し嬉しそうな声。
そして翌日。
久遠の配信には、こんなコメントが大量に書き込まれることになる。
『妹ちゃんの話、もっと聞かせて』
――兄の妹自慢は、まだまだ終わりそうになかった。




