第10話〜ライバル、あるいは友達〜
第三ホールを終えた後、参加者たちは一度クラブハウス前の広場に集まるよう案内された。
この日は実技の前に、ルールやマナーに関する簡単なペーパーテストも行われており、そちらの結果と実技のスコアを合わせて、最終的な認定級が決まる仕組みになっていた。
実技で回った三つのホールは、どれもジュニア向けに距離を短くしたパー3だ。弥々魅の一打目は三つとも旗のすぐそばに落ち、ほとんど転がらずにぴたりと止まった。あとは短いパットを沈めるだけ──その繰り返しで、トータルは6打に収まっているダントツの成績だ。
とはいえ、本人は結果が気になって仕方がないらしい。ソフトブラックの髪を揺らしてそわそわと足踏みしながら、弥々魅はぽつりと呟いた。
「マークの仕方とか、ちゃんと覚えてて良かった……」
その様子に、隣に立つ佐伯コーチが柔らかく笑う。
「今のスコアと筆記の結果なら、心配いらないよ」
「そう、なのかな」
「うん。むしろ、審査員の先生たちの反応が見物だね」
進行役のアナウンスとともに、参加者一人ひとりの名前とスコアが読み上げられていく。ランクの高い順に呼ばれ、Cランクの番が近づくにつれて、弥々魅の背筋が自然と伸びた。
少し離れた席では、恒一と美沙が祈るような顔で娘を見守っている。久遠はというと、スマホを握りしめたまま、今日は撮影禁止だったことを思い出して何度も溜め息をついていた。
「Cランク、七瀬弥々魅さん。トータルスコア6打。認定級、7級」
その瞬間、審査席に座っていた年配の審査員たちが小さくどよめいた。
「6打って……Cランクですごい子がいたんだな」
「私も先ほど直接見ていますが、未だに信じられない気持ちです。それくらい凄い精度でクラブを操っていましたよ」
「これは7級どころか、もっと上を検討してもいいんじゃないか」
「しかし、Cランクの認定は7級までと規定で決まっていますからね。惜しいなあ」
そんな声がざわめきの中で交わされるのを聞きながら、恒一と美沙は思わず顔を見合わせた。恒一の口元は、必死に抑えようとしているのに、どうしても緩んでしまう。
拍手とともに弥々魅の名前が呼ばれ、前へと進み出る。
「素晴らしいプレーでした。バッジと認定証は、後日スクールの方へ郵送されますので、楽しみに待っていてください」
審査員の一人がそう言って微笑むと、弥々魅は少し残念そうにしつつも、元気よく頭を下げた。
「はい!ありがとうございます!」
その姿に、会場から温かい拍手が送られた。
列に戻る途中、年配の審査員の一人が、弥々魅の青い瞳をのぞき込むようにして目を細めた。
「素晴らしいプレイでした。将来が楽しみだね」
「ありがとうございます!これからも頑張ります!」
無邪気に答える弥々魅に、審査員は愉快そうに声を上げて笑った。
認定式が終わると、佐伯コーチが弥々魅を呼び止めた。
「弥々魅ちゃん、ちょっといいかな」
「はい!」
「今日のプレー、本当によかった。でもね、ここで満足してほしくないんだ」
コーチはしゃがんで目線を合わせると、真剣な表情で続けた。
「次の目標、決めようか」
「つぎの、もくひょう?」
「うん。この検定はあくまで入り口。次は、ゴルフ場を1ラウンド回ってみないかい?今日は3ホールだったけど、今度は18ホール。スクールのみんなで回るラウンド練習があるんだ。それを乗り越えれば、公式戦も見えてくるよ」
弥々魅の青い瞳が、ぱっと輝いた。
「やる!やりたい!」
「よし、決まりだね。じゃあ、明日からまた練習だ。今までより厳しくいくから、覚悟しといてね」
「望むところです!」
元気いっぱいに答える弥々魅の様子に、コーチは満足げに頷いた。
(とはいえ、弥々魅ちゃんほどの生徒に対して僕が教えられる事はあんまり無いんだけどね)
その後、広場の隅で待っていたひなた一家のもとへ、弥々魅は駆け寄っていった。
「ひなた!見た!?7級とれたよ!」
「見た見た!すごいすごい!」
ひなたが両手を取って一緒に跳ねると、月森氏も感慨深そうな表情で近づいてきた。その後ろでは、ひなたの母も嬉しそうに微笑んでいる。
「弥々魅ちゃん、本当におめでとう。今日一日で、おじさんゴルフの見方変わったよ」
「ありがとうございます!」
「あの、七瀬さん」
月森氏が今度は恒一の方へ向き直る。
「もしよかったらなんですが、今度みんなでコース回りませんか。私、休みに良く同僚とまわってるんですが、家族揃ってっていうのもいいなと思いまして」
「いいですね、ぜひ」
恒一が快く頷くと、久遠も横から口を挟んだ。
「それ俺も行きたいです。プレイしなくても同行出来ますか?」
「ゴルフ場によっては許可を取れば大丈夫だよ」
ひなたはその様子を見ながら、弥々魅の手をぎゅっと握った。
「今度はあたしも一緒にコースをついて回れるかもしれないね!」
「うん!楽しみ!」
その横では、月森氏と恒一が日程の候補を出し合い、久遠がさっそくスマホのカレンダーを開いている。弥々魅とひなたは顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
大人たちが休日の予定の相談で盛り上がり始めた頃、少し離れた場所から玲央が歩み寄ってきた。
「七瀬さん、お疲れ様」
「あ、一ノ宮くん!今日は誘ってくれてありがとう、楽しかった!」
その声に、久遠は話の輪の端でぴくりと眉を動かした。名前なら、妹の話の中で何度か聞いている。
(あれが一ノ宮玲央か……。こいつは要注意だな)
弥々魅は笑顔でそう言った後、ふと思いついたように付け加えた。
「ねえ、一ノ宮くんはどうだった?結果」
「Aランクで、3級に合格したよ」
「すごい!Aランクで合格なんて、かっこいい!」
弥々魅が目を輝かせると、玲央はわずかに眉を寄せた。
「いや、最後のホールでミスをしたんだ。それがなければ、2級まで届いてた」
「そうなんだ……」
「今の実力じゃまだ足りないって分かったから。次までに、絶対仕上げるよ」
悔しさを噛み締めるようなその言い方に、弥々魅は少し考えてから、にっと笑った。
「じゃあ、次はもっとすごい一ノ宮くんに会えるってことだね!楽しみ!」
その言葉に、玲央は一瞬虚を突かれたように黙り込んだが、やがて小さく息を吐いて頷いた。
「うん、期待してて」
弥々魅はもう一度、玲央を見上げた。
「ねえ、一ノ宮くん。良かったらなんだけど、これからは名前で呼び合わない?なんかその方が、友達っぽいし」
「もちろん、構わないよ」
「じゃあ決まり!よろしくね、玲央!」
「わかった。……弥々魅」
少し照れくさそうに名前を口にする玲央に、弥々魅は満足げに笑った。玲央はそれを見て一度目を伏せると、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「今日のプレー、見せてもらったよ。正直、かなり悔しい」
「え……」
「でも、それ以上に、面白かった。こんな気持ちになったのは久しぶりだよ」
目を丸くする弥々魅に、玲央はまっすぐな眼差しを向ける。
「俺も、もっと強くなるよ。弥々魅に置いていかれないように」
「うん!わたしも、もっと上手くなる!だから、今度は勝負しよう!」
「うん、約束だよ」
二人はどちらからともなく、小さくこぶしを合わせた。その様子を見ていたひなたが、にやにやしながら口を挟む。
「なんか、いい雰囲気じゃない?」
「な、なんでもないよ!」
弥々魅が慌てて否定すると、玲央は珍しく口元を緩め、小さく笑った。
大人たちの会話に相槌を打ちながらも、久遠の視線はずっとそちらに向いていた。整った顔立ちに、大人を前にしても気後れしない落ち着いた立ち姿。おまけに、妹と同い年でゴルフの腕まで確かときている。
(くそー、イケメンじゃねーか……)
「じゃあ、また練習場で」
軽く手を上げて去っていく玲央の背中を、弥々魅はしばらく見送っていた。
玲央は一度だけ振り返ると、小さく手を振ってからもう一度前を向いた。その足取りは、来たときよりもずっと軽いように見えた。




