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国体  作者: キロヒカ.オツマ―


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第八章 除名

黒沢との一件から三日後、恒一の携帯に会の役員名義で通知が届いた。「活動謹慎処分」――理由の欄には「会の秩序を乱す言動」とだけ記されていた。橋本からは何度か着信があったが、恒一は出なかった。何を言われるか、聞く前から分かっていた。


謹慎の間、恒一は初めて、平日の昼間という時間を持て余した。街頭に立たない自分が、何をすればいいのか分からなかった。長年、拡声器を握ることで埋めてきた時間の空白が、今は剥き出しのまま彼の前に広がっていた。


その空白の中で、恒一は久しぶりに母と昼食を共にした。多恵子は仕事を早退していた。珍しいことだった。


「謹慎になったんだって?」


「誰から聞いたの」


「黒沢さんから、直接、家に電話があった」


その事実に、恒一は驚いた。黒沢が家に電話をかけてくるのは初めてだった。


「なんて言ってた」


「あなたが会の理念を疑うようになった、と。親として、きちんと言い聞かせてほしい、とも言われた」


多恵子は味噌汁を一口すすってから、続けた。


「私は、言い聞かせるつもりはないと答えた」


「なんで」


「あなたが疑い始めたのは、間違ったことじゃないと思うから」


恒一は箸を止め、母の顔を見た。多恵子の表情は、いつもと変わらず静かだった。だがその静けさの奥に、これまで見たことのない強さがあった。


「お母さん、自衛隊にいた頃の話、聞いていい?」


多恵子は少し驚いたように目を上げた。


「珍しいわね、そんなこと聞くの」


「今なら、聞きたい」


多恵子はしばらく箸を置いたまま、窓の外を見ていた。それから、ゆっくりと話し始めた。


「三十代の頃、災害派遣で、東北の被災地に行ったことがある。瓦礫の中から、何人もの遺体を運び出した。あの時、隊員の誰もが、『国のため』なんて言葉を口にしなかった。ただ、目の前の人を助けたいという気持ちだけで、みんな動いていた」


「それが、国を守るってことじゃないの」


「私もそう思っていた。でも、上に行けば行くほど、話は違ってくる。予算の話、政治の思惑、防衛装備の利権。現場で人を助けることと、国家という組織を運営することの間には、大きな隔たりがあった」


多恵子は恒一の目をまっすぐ見た。


「あなたが街頭で叫んでいた言葉は、たぶん本気だった。でも、その本気を利用する仕組みが、上にある。それは自衛隊も、皇道会も、大して変わらない」


その言葉は、恒一がこの数週間で聞いてきたどんな批判よりも、深く彼の胸に落ちた。母は、恒一の思想そのものを否定したわけではなかった。ただ、その思想が置かれている構造の欺瞞を、静かに指摘しただけだった。


「お母さんは、それでも国を守るって仕事を、続けてきたんだよね」


「続けた。矛盾を抱えたまま。それでも、目の前の誰かを助けることに、意味がないとは思わなかったから」


多恵子はそう言うと、席を立って食器を片付け始めた。恒一はその背中を見ながら、自分がこれまで信じてきた「国のため」という言葉の中に、母のような矛盾への耐性が、一度もなかったことに気づいた。


謹慎期間の終わりが近づいたある日、恒一のもとに黒沢から一通のメールが届いた。「会って話したい。一人で来てくれ」――場所は、会の事務所ではなく、市外れの倉庫だった。


恒一は迷ったが、行くことにした。何かが決着する予感があった。


指定された倉庫に着くと、シャッターが半分開いていた。中に入ると、黒沢が一人、パイプ椅子に座っていた。その隣に、もう一人の男の姿があった。氷室だった。


「来たか」


黒沢の声には、これまでと違う硬さがあった。恒一は倉庫の入り口で足を止めた。逃げ場を確認する動作だと、自分でも分かっていた。


「今日は、お前の処遇について話す」


黒沢が言った。氷室は無言のまま、恒一を見つめていた。


「処遇って」


「除名だ。会からは出てもらう」


その言葉自体は、恒一にとって驚きではなかった。むしろ、ある種の解放感すらあった。だが黒沢の次の一言が、その安堵を打ち砕いた。


「ただし、条件がある。田代とのやり取り、これまで得た情報、すべて忘れろ。記事にもさせるな。それが守れないなら――」


黒沢は言葉を切り、氷室のほうを見た。氷室が静かに口を開いた。


「お父様の会社、そして妹さんの活動、どちらも今後どうなるか、私には分かりません」


その言葉に、恒一の中で何かが冷たく燃え上がった。

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