3.
僕の名前は ディオ・クーリスト。田舎も田舎の下級貴族クーリスト男爵家で妾の子として生まれた。男爵家で働いていたメイドだった母は、その美しさから男爵の目に留まり、僕を宿した。もちろん、正妻から母は疎まれ、蔑まれ、排除すべき対象となった。
最初は守ろうとしていた男爵も、正妻の嫌がらせで心身ともに患っていく母に以前の美しさを見いだせなくなると、次第に僕たち母子を蔑ろにするようになった。唯一、僕が男だった事で、殺されずには済んだ。
男爵と正妻の間には、僕より3つ年上の女の子が生まれていた。女子では家門を継げないため、スペアとして残しておいていたのだろう。それですら正妻は嫌だったのだろうけど。
僕が5歳になる頃までは、本邸で男爵の傍に置かれていた。母が元メイドで、仲間から慕われていたこともあり、正妻が家全体で嫌がらせをするように言いつけても、メイド仲間たちはこっそりと母を助けてくれていた。
幼い頃から、僕たち母子は悪だと教え込まれている異母姉は、屋敷の中で僕を見ると8歳ながらにもの凄い嫌悪の表情を見せて、正妻と一緒に
「なぜ、生まれてはいけない存在が、ここにいるのかしら。」
と言い続けた。時に花瓶を投げなれたり、言われもない罪で罰を受けることもあったが、僕も母も一言も言い返さずにただひたすらに頭を下げた。生まれた時から、そうして何とか生きてきた僕は、きっと生きていてはいけない存在で、誰かに謝り続けなければいけないのだと思っていた。
男爵も正妻の嫌がらせを容認し、無視するようになってから、本邸から裏小屋に住まいを移された。あまりに狭く小さい家だったが、最低限の家具はあり、死なせないようにする最低限の食材を本邸から受け取りながら、それでも母と一緒なら幸せだった。
生まれてから、本邸にいた間は、一応貴族として3歳から教育を受け、綺麗な服に身を包んでいたが、正妻の娘が婿を貰えば良いというゴリ押しから、教育は打ち止めとなり、裏小屋では質素な服装に身を包み、母と家事をしたり、こっそり裏の森へ出かけて植物採取や散歩を楽しんだ。だから、ぼくは身の回りの事なら1人で一通りはできるようになっていた。
裏小屋へ行かせても、なお幸せそうに生きていた僕たち母子がよっぽど気に入らなかったのだろう。正妻は、男爵家の使用人やメイドを一斉解雇して新しい人員を雇った。母と交流がないメイドたちは、僕たちを助けてはくれず、食事も届かなくなった。
裏の森で食べられるものを探し、何とか飢えをしのいだ。裏後やで暮らしてから2回目の冬。薪も尽き、寒さと飢えに耐えられなくなった時、母は男爵の元へと冬を越すための蓄えを頼みに出掛けた。僕は家に残るように厳しく言われ、家でじっと待っていた。屋敷はすぐそこなのに、夜が来ても母は帰ってこなかった。
今までどんな扱いを受けていても母だけはそばにいてくれた。そんな母が居ないことが不安で、怖くて震えながら夜を明かした。
次の日の朝になって、戸を叩いたのは母ではなく男爵だった。寝ずに待っていた僕は、叩かれた戸を急いで開け、キョロキョロと母を探した。そして、男爵が手に何かを掴んでいるのを見つけた。見つけてしまった。
それは間違いなく母だった。母の髪を乱暴につかみここまで引き摺って来たのだろうか。屋敷の裏口から何かを引き摺ったあとのようなものが残っている。ハクハクと声の出ない口を動かすだけの僕を見て
「お前の母がどうしてもと頼むから、一晩相手をする代わりにくれてやると言ったんだ。何をしても許される人形だと思って、つい羽目を外し過ぎてしまってな。」
と言い、母を僕の前へと投げ捨てた。母に駆け寄り膝をついて母の顔を見る。原型がないほど腫れた顔は、所々出血している。ボロボロになったはだけた服からも赤黒い痣や出血しているからだが覗いている。母を呼びながら、体を揺するが母からの返答はない。心無しか徐々に体温が無くなっていく気がする。勝手に涙は流れ、ほぼパニックになる僕を一瞥し、
「さっきまではお前の名を呼んでいたぞ。その後動かなくなったが、死んだかもしれんな。貸せ。いっときは愛していた女だ。しっかりと葬儀はしてやろう。」
誰かに対して憎いと思ったことはなかった。そんな感情は持ち合わせていなかった。だが、その時、男爵を睨みつけていた僕は、確かに男爵のことを殺したい程憎んでいた。




