第7話『魔法少女狩り』
〜魔法少女集会の前日〜
ピンポ~ン♪
夜の8時を過ぎた頃、塚井家の玄関チャイムが鳴らされた。
「敵襲?」
「さあ? 誰だろうね? こんな夜遅くに」
トグロちゃんにはいつもの来客マニュアル通りにヘビモードで自室に待機してもらって、俺は玄関に向かいドアの覗き穴から外を伺う。
するとそこには、最近すっかりとお馴染みになった妖精のコナが覗き穴の高さに浮かんでいた。
背後に知らないオジさんを連れて。
チェーンを掛けてドアを開く。何かあったのならコナだけこの隙間を通れるハズだが⋯
「やあ、コナ。 こんな遅くにどうしたんだい?」
「悪いわね神。 ちょっとアンタにお願いがあって来たのよ」
「それは後ろの人と何か関係するのかな?」
「このオジさんのペット⋯⋯魔法少女が逃げ出しちゃったのよ!」
おニャンちゃんみたいな事かな? 家にあげて詳しく事情を聞いてみることにした。
「や、どうも恐縮です。私、鳥居 爾飛燕と申します」
髪とヒゲをモジャモジャと伸ばした小太りのオジさんがそう名乗った。 鳥居さん⋯⋯それは、もしかして?
「あの大きな家の?」
トグロちゃんが初パトロールで塀をよじ登って犬に吠えられまくっていた、この近隣で一番大きなお宅が確か鳥居さんという名の老夫婦のハズだ。
「あ、ハイ。そこのせがれです。去年から戻って来てまして」
「それで飼い始めたペットが魔法少女になったのよ!」
「う〜ん、アレはペットというか、食用で育てていたんですけれどもね、ハイ」
「へえ? 何を飼っていたんですか? ニワトリとか、豚とかですか?」
「あ、ハイ。ダチョウです」
おおぅ、大物じゃないですか。確かに、最近あの家から変な鳴き声がするって噂が流れていたなぁ。
「ダチョウかぁ、アレ結構美味しいんですよね」
「あ、ハイ、そうなんですよ。ダチョウ、結構イケるんですよね。 ただ、ハイ、魔法少女になっちゃいまして⋯⋯さすがに、会話が成立する生き物を食べるのは気が引けてしまいまして⋯」
なるほど? 分からない考えではないね。
「食用でなくなると長期の飼育になりますよね? 確かダチョウの寿命って長かったはずでは?」
「あ、ハイ、お詳しいですね。飼育下だと4〜50年生きるそうで」
「魔法少女になったから、寿命はみんなプラス100年だわよ」
魔法の国の女王様のパワーによる副次的効果だそうだけれども、人間にではなくペット魔法少女に与えられると地味に大変な効果だ。
家族の居ない者では、ペットを飼う責任が取れなくなる。
「⋯だそうで、私だと妻も子供も居ないから面倒見切れないと判断しまして、ハイ。 それて動物園に寄贈しようとしたんどけどね、そうしたら⋯」
「脱走されちゃった、ってワケよ」
ふーヤレヤレ、と、コナはお手上げのポーズ。
「それならさ、動物園さんに協力して貰った方が良くないの?」
「捕獲中に魔法少女に変身されたら大変だと思わない?」
ふむ。大人たちに捕まる小学生程の少女⋯⋯確かに、人攫いの様な光景が目に浮かんでしまった。万が一にも、その罪を動物園のスタッフさんに負わせるワケにはいかない。
「動物園のスタッフは最終手段として、まずは身内だけでなんとかしたいのよ。だから神とトグロちゃんには手伝って欲しいのよ」
「なるほどね⋯⋯」
トグロちゃんのケージを見てしばらく考える。
「分かった、お手伝いしましょう」
「おお! さすが神、頼りになるゴッド!」
「ただし、ひとまずは
俺一人で手伝うよ」
「え!? なんでよ? トグロちゃんも手伝ってよ」
トグロちゃんもガラスケージの中で変身し、狭い中で体育座りしながら、
「おともする」
と、心強い発言をしてくれるが⋯
「ダチョウって、ヘビを食べる事があるらしいからさ、トグロちゃんはいったんお留守番で」
「え〜、でもさぁ、アタシから頼んどいてなんだけどアンタ、ダチョウとか魔法少女とかを一人でなんとかできんの?」
「まぁ、ヒクイドリの生け捕りならした事があるし、魔法少女の動きも見たことがあるし、なんとかイケると思うよ」
「ヒクイドリ? なにそれ、大っきい鳥なの?」
「うん、まぁそんなトコだよ」
「え、ヒクイドリを? それならもしかして、ハイ。 ⋯⋯でも、いったいどこでそんな事したんてすか?」
こうして俺は、初対面のオジさんと二人で魔法少女狩りをする事になった。
そして翌日未明。
魔守沢と隣街との境界付近、人気の無い川沿い。
鳥居さんが用意してくれた軽トラックの荷台の上で俺は揺られていた。
「居たわ! あの子よ!!」
魔法で探知したコナが道の先を指差す。
そこには川沿いの道を疾走する一羽のダチョウ。優に2メートルの背丈はあるだろうか? 2歳未満の若い個体だそうだが、良い肉付きで食べ応えありそうに育っているね。
目が、虹色に輝いて見える。
「GPS通りの位置ですね。見失う事は無さそうだ」
鳥居さんがもしもの時の為にとダチョウに付けていたタグは、しっかりと効果を発揮して、俺が持つスマホにもその位置が示されている。
「それでは鳥居さん、まずは接近して下さい!」
「あ、ハイ!」
返事の後で加速する軽トラック、じわりじわりとダチョウとの距離が縮まる。
「良いですよ! できれば10メートル以内に⋯あッ!?」
ダチョウの少し目の前を、カラスが横切った。
そうしたらダチョウが急にソレを追うように曲がり、土手を下っていく。
軽トラックではそちらへついてゆけない。
ダチョウはアホで、走るうちに目的を忘れる。 そんな話を聞いた事がある。
そして、いつの間にか目的を忘れているから、ほんの些細な拍子で曲がったり引き返したりするらしいが、その話が本当だったら、その進路を予想する事が非常に困難になる。
「コレは、長期戦になるかもしれないね」
軽トラを降りて土手を走って追い掛けてみようかな⋯?
あ、今度は土手を登ってきた?⋯⋯そして今、俺たちが来た道に乗り、今度は逆走を始めた。
ダメだ、俺が自前の足で追いかけていたら先に潰れてしまう。
コレは軽トラで追い掛けて、ジャストのタイミングでの襲撃にかけた方がまだマシだ。
「コナ、やっぱり時間がかかりそうだから君は集会の方に行ってきてよ」
トグロちゃんには皆さんへのお土産を預けたし、俺一人居ない分には問題無いだろう。
「そっか〜、悪いね神、それに鳥居ちゃん。 それじゃあアタシは集会に行くから後はヨロシクね!」
「あ、ハイ。どうもウチのダチョウが申し訳ないです。 塚井さん、すみませんがよろしくお願いします」
「ははっ、気にしないで下さい。実はちょっと楽しくなってきてます」
そうしてコナを送り出した後も、俺たちはダチョウの追跡を続けた。
何度目かのダチョウとのすれ違いや接近をするうちにすっかり夜は明け、道行く人も増えてきた。
しかしダチョウはすれ違う人間にちょっかいをかける様子も無く、それは追い掛ける俺たちとしては少し安心できる要素だ。
人間を敵と思っていない。 これはきっと鳥居さんが日ごろから、美味しくなぁれ、美味しくなぁれと愛情を込めて育てていたおかげだろう。
「あ、塚井さん! 追い付けそうなのでスピード上げますよ、ハイ!」
「よろしくどうぞです!」
そして軽トラが加速する。今は時速80キロぐらいかな? 鳥居さんも速度を上げる事に感覚が麻痺しているようだ。
お巡りさんに見つからない事を祈ろう。
走るダチョウの背に近付き、相対距離が近付く。
15メートル、13、11、10。
来た、今日一番の最接近、たとえ今直角に曲がったとしても、もう射程距離に捉えた。
装備を構える。
吹き矢。 コレには麻酔針が装填されている。
この距離、外さない。
吹く――
ダチョウが発光!?
コレは変身!
発射角を下方修正、少女の体格を仮定して発射。
発光後のシルエットを過たず射抜いた⋯⋯が、
「⋯⋯袖か」
ヒラヒラの衣装をブンブンと、両手を振り走る少女の袖には、突き刺さり揺れる麻酔針。
その身体に針は刺さらなかった。
「ガハハハハハッ!! ガーハハハハハッ!! 」
その顔のあどけなさはトグロちゃんたちと同じ小学生くらいのものだが、彼女たちよりも頭二つは高い背丈。
ダチョウの魔法少女が軽トラと並走していた。
俺は吹き矢の第2射を装填、1射から5秒経たずに第2射を彼女の肩めがけて撃ち込んだ。
しかし、彼女はその虹色の目で俺の吹き矢を捉え、射線を見切り、そして上半身をスイングして躱した。
「ガハハハハハッ! 今の何だ? もう1回! もう1回!! ガーッハハハハハッ!!!!」
う〜ん、計算外だ。 この子、俺の知る魔法少女3人よりも明らかに身体スペックが高いぞ。
脚力もそうだが、今の動き、トグロちゃんの反応速度を超えてる。
完全に想定外の能力だ。
「ガハハ、ガーーハハハッ!! なんだっけ? なんだっけ!? 楽しいな!! 何だか楽しいな!!!!」
ニッコニコでご機嫌なダチョウちゃん。
それじゃあ次は、搦め手でいこうか。
「鳥居さん、この子って名前あります?」
「あ、ハイ。愛着わかせたく無かったから、名前無いですね」
なるほど、じゃあ名前で呼び掛けても効果は薄そうだな。
やるけどね。
「ねえ? ダチョウちゃん、君、お腹空いていないかな?」
「ネーだ? チョウチャン? 何それ? 分かんない! ガハハハハハーッ!!」
「そっか〜、ならコレ、どう?」
ダチョウちゃんの前に棒を垂らす。
その先端には、彼女向けのエサが紐でぶら下げられていた。
反応は劇的だった。
「お、おおおおッ!! おいしそーう!!!!」
ダチョウちゃんはヨダレだばだば。
ぶら下げたエサは、タンザニア原産の大型コオロギ。
全長7センチを超える、俺の飼育するエサ用昆虫の中でも最大のモノをよりすぐりました。
ふふふ、どうだい、見事なコオロギだろう?
「アグ! アグ! うアグ!!」
ぶら下げたコオロギに齧り付こうと夢中になるダチョウちゃん。
食われないように右手で棒を操りながら、左手で次の手を用意する。
「鳥居さん、速度このまま!」
「あ、塚井さん、信号近いです!?」
「何秒?」
「あ、10秒無いよ!? ハイ!」
急ぐしか無い。
「3数えたらブレーキ!!」
「あ、ハイ! やります!!」
3、2、1、食わせる!
「アグん!!」
コオロギが食われた棒から右手を離し、左手では先端を輪にした縄を放つ。
縄はエサに夢中になったダチョウちゃんの右腕から首に掛かり、締まる。
縄を右手でも掴み、手繰り寄せる。
軽トラがブレーキを踏む、俺は片足を荷台に、もう片足をキャビンガードにかけた2方向で踏ん張る。
「うグエーッ!?」
軽トラに引き寄せられ、そして縄で脇を絞められたダチョウちゃんの苦しげな声が聞こえるが、手をゆるめずに一気に軽トラの荷台へと引き上げる。
ビタンッ!!
「ぐっへぇ!?」
荷台に乗った!!
俺は縄を手離し、再び吹き矢を手に取る。
麻酔針三発目、用意できた最後の一本。1メートルの距離で発射。
「うおう!?」
胴体に刺さった。
しかし、麻酔はすぐには効かない。薬効が巡るまでには最低数分を要する。
それまでに俺も乗る荷台で暴れられては敵わないので、再び縄を手に取り、ダチョウちゃんと軽トラのフックやフレームを結び固定。
「ッ? ん? オレ、動かない? お? おおッ!? ガハハハハハッ!?」
捕獲、完了。
あと数分でもすれば、麻酔が回ってダチョウちゃんも大人しくなるハズだ。
「ふぅ〜、なんとか捕まえましたよ! いや、たいへんでしたね鳥居さん」
運転席へと振り返り、ダチョウちゃん捕獲の苦労を分かち合おうと声をかけた。
「⋯⋯」
鳥居さんからの返事は無い。
彼の視線は交差点の向こう側へと注がれている。
俺もその視線を追い、鳥居さんと同じところを見た。
交差点の左側。 そこには白と黒で上下に分かれた特徴的なカラーリングの車、パトカーがありました。
パトカーからは二人のお巡りさんが俺たちを見ていたんだ。
きっとあの位置からは、俺がダチョウちゃん(魔法少女モード)に縄をかけて荷台へと引きずり込んで、吹き矢で麻酔針を打ち込み、軽トラに縄で雁字搦めに固定したところが見えたんだろうね。
パトカーの上のランプが赤く光を放って回転し、サイレンが鳴り響く。
中のお巡りさんの一人が無線機に向かって興奮した様子で何か叫び、もう一人がハンドルをきる。
この日、魔守沢周辺で、二人の男が少女を軽トラで誘拐、緊縛し逃走するという、前代未聞の無線が飛び交った。
そしてその後、魔守沢で激しいカーチェイスが始まり、SNSを通じて全国のニュースになりかけたのは、また別のお話です。




