第3話『生きる為に』
トグロちゃんのお気に入りの枝が折れた。
その悲しい事件から、もう1時間が過ぎた。
のんびりとパトロールをするトグロちゃん、特にその枝の事を悲しんでいる様子は無い。既に忘れているのかも知れない。
まぁ、爬虫類の執着心って、その程度のモノだよね。
今は道路脇の乾いた側溝に体をうつ伏せにフィットさせて、目を閉じ心地良さそうにジッとしている。あの枝よりも具合が良さそう。
こんな調子なので、1時間たったけれども実際の運動時間は20分も無かった。
さあ、あとどのくらいここに居るのかなぁ、なんて俺が考えていたら、トグロちゃんはムクリと上半身を起こす。
その腰の角度は直角90度。俺の腰が同じ角度になったらと思うとゾッとするね。
「んむ⋯⋯アクトゥーの気配」
どうやらトグロちゃんの魔力圏内に感有りだったようだ。
トグロちゃんが顔を向けた先にはブロック塀。
さすがにアレ自体がアクトゥーじゃあ無いだろうから、その先の視界外の気配を感じたのだろう。
立ち上がるトグロちゃん、ジャージに付いた砂や枯れ葉を一切気に掛けずに歩き出す。
進路はブロック塀に直接は向かわず、その少し先の十字路だ。
「曲がり角は向こうから来る車や自転車に気を付けるんだよ〜」
「見つけたぞ! アクトゥーめえ〜〜ッ!!」
俺の方へ返事代わりに片手だけ上げて交差点に進入するトグロちゃん、の、声では無い、誰かの叫びが聞こえた。
「くらえ〜〜! キミ☆スター! シードバレット!!!!」
トグロちゃんの目指す先、交差点の左方向ではなく、逆の右方向から左に向かい、続く叫び声の直後、光る弾丸の様な何かが飛んで行った!
危ない! こっちが優先道路なのに!
トグロちゃんに追いつき、交差点に辿り着いた俺達が見たのは、黄色いヒラヒラの魔法少女衣装。
先日出会った魔法少女、キミコちゃ⋯⋯ん?
あれ? おかしいぞ?
なんだろう⋯⋯かお⋯⋯そう、顔が、違う。
キミコちゃんと思わしき子の顔が⋯⋯
か お が で か い ! ! ?
前に出会った時は普通の顔だったハズだけれども、今日のキミコちゃんはあまりにも顔がデカい。
2倍? いや、もしかしたら3倍くらいはある、かも?
その顔をよく見てみると、目、鼻、口は普通の様だけれども、その外側、頬がパンッパンに膨らんでいた。
おたふく風邪とかそんなモンじゃない。
彼女の頬は、肩幅に迫る所まで拡大しているのだ。
コレは、とんでもないぞ。
急に振り返ったら頬で誰かを殴ってしまうかもしれない。
そんなキミコちゃんらしき魔法少女は⋯
「ヒッ! ヒェェッ!? トグロちゃん!?」
トグロちゃんを見知り、そして怯えた様子。
「スンスン⋯⋯この食欲をそそる香り、逢いたかったよ、キミコ」
「アババババババ」
どうやら本当にキミコちゃんらしい。
「大きくなって食べ応えアップ」
トグロちゃんにとって、彼女のパンパンの顔はプラス評価らしい。
「トグロちゃん、ステイ、ステイだよ」
危ない危ない、キミコちゃんへにじり寄る食いしん坊ちゃんの肩を掴んで止める。
「⋯⋯神よ、ダイエットは明日から頑張る所存」
「ダイエットはともかく、仲間は食べちゃいけないよ。 メッ!だからね」
どうやらトグロちゃん、枝への執着と違い、エモノへの執着は強かったらしい。
「安心してキミコちゃん! 君の事は食べさせないから!」
2匹の間に入ってトグロちゃんからの動線を塞ぐ。するとトグロちゃんの向こうに足を押さえてうずくまるミイラ?らしき者が見えた。
そうだ、俺達はアクトゥーを追っていたんだ。
「トグロちゃん! キミコちゃんよりもあっちのアクトゥーだよ! 油断しないで!」
「御意」
先程の光の弾丸は、キミコちゃんがあのアクトゥーらしきモノを狙い撃ったのだろう。
全身にルーズに包帯を巻いた様な姿、ズレた包帯から汚い尻が出て、正直見るに堪えない。
「おいしくなさそう」
そりゃあキミコちゃんと比べたらね。
地面にはスプレー缶らしきモノが転がり、ミイラの傍のブロック塀には、スプレー塗料で描かれたらしい小汚い落書きがあった。
アイツまさか、ブロック塀に落書きをしていたのか!?
なんて悪行だ、とても許せるものでは無い。
そんな事をしでかした不届き者には、司法があらゆる罰を与えるべきだろう。
しかし、相手はアクトゥー、ここは専門家である魔法少女達に任せてみよう。
2匹の様子を見ると、キミコちゃんはまだトグロちゃんに怯えている。 自由に動けるトグロちゃんに戦って貰おう。
「ようし、トグロちゃん、相手は手負いだ! このままジワジワとなぶってーー」
「アバババ、バッて、バッて下さい!」
アバババしていたキミコちゃんが俺に待ったをかけてきた。
「わ、私にやらせて下さい! お願いします!!」
何と、全身をガクブルさせながらも交戦の意思を示してきた。
「キミコちゃん、君は(トグロちゃんのせいで)本調子じゃあないハズだよ。無理をしなくても良いんだ」
顔は蒼白でパンパン、滝の様な汗も流れている、とても戦える姿には見えない。
けれど、だけれども、俺を見詰めるキミコちゃんの瞳だけは、戦う決意を物語る力強いものだった。
「キミコちゃん⋯君はどうして、そこまでして戦おうとするんだい?」
もしかして、あのアクトゥーはキミコちゃんと特別な因縁でもあるのだろうか?
それとも、トグロちゃんの恐怖に立ち向かう為だろうか?
「私が、私がそのアクトゥーを倒せたら⋯⋯」
キミコちゃんの瞳が、更に力を宿す。
「お手当てが、貰えます」
そう、魔法少女達の活動、アクトゥーのパトロール、討伐には魔法の国ゼーゲンからお手当て、つまり報酬が発生する。
パトロールは1時間千円、1日最大5千円。
討伐は1体につき5万円〜10万円で、個体の強さや行った悪行で変動する。
「そうだね、俺も来月の振り込みがちょっと楽しみだよ」
ちなみにトグロちゃんが魔法少女デビューしてから3週間、現在の報酬見込みは討伐1体で5万円、初討伐ボーナスの2万円、今日を含めたパトロール16時間で1万6千円。
しめて8万6千円。
来週も4時間くらいパトロールすれば合わせて今月のお給料は9万円(非課税)
その収入はトグロちゃん達の飼育環境の充実等に充てさせていただく予定です。
「お姉ちゃんは⋯⋯私の飼い主さんは⋯⋯専業魔法少女なんです」
「せ、専業、だって!!?」
コレは、驚いた!
まさか、魔法少女活動のみで生計を立てている人が居るとは⋯⋯
無理に安定した収入を得ようと思えば、1ヶ月30日無休、毎日最大の5時間、フルでパトロールしたとしても、手取り最大15万円。
まっとうに週休2日でも取ろうものなら、その手取りは11万円程度に目減りしてしまう。
その収入で令和の世の中を生活するのは、なかなかに厳しい。
「それはなんとも⋯⋯アクトゥーの討伐でもしなきゃあ、やってられないね」
月5万円の差は大きいよね。
「ここ3ヶ月、1体のアクトゥーも倒せませんでした⋯⋯」
しょんぼりとするキミコちゃん。
だがそれも、アクトゥーとの遭遇率を考えればおかしな事じゃない。 運が悪ければ、もっと長期間遭遇できない可能性だってある。
「それに、大家さんが、今住んでいるアパートを建て替えたいから出て行ってくれって⋯⋯だから、お引っ越し費用も必要なんです」
それは大変だ。 引っ越し費用が必要という事は、何らかの事情で立ち退き料が貰えなかったんだろうか? 大家さんの方にも都合があるだろうけれども、何とかならないだろうか?
ああ、世知辛い世の中だよなぁ⋯⋯
「⋯⋯お姉ちゃんは、小学生のときからずっと魔法少女なんです。大人になってからもずっと魔法少女をやっていて、でも、ある日、気づいちゃったそうなんです」
彼女は、悲痛な表情で目を伏せる。
「お姉ちゃんは、魔法少女を知らない人から見たら、ただの無職無貯金アラサー女なんだ、って。 ペットのハムスター以外、友達も恋人もSNSのフォロワーも居ない、寂しい人生なんだ、って。たぶんこのままじゃ、結婚もできそうに無いって」
自虐にしたって辛辣だなぁ⋯
何だかいたたまれなくなってきたよ。
「だから、私が魔法少女になれたから、お姉ちゃんの代わりに稼ぐんです! そうしたらきっと、お姉ちゃんは普通の人間の仕事に就く余裕が出来て、友達も恋人もSNSのフォロワーもできて、きっと結婚だってできるハズなんです!」
顔を上げ、俺に未来への希望を語るキミコちゃん。
身の上話をするにつれ、いつしかキミコちゃんの体の震えは収まっていた。
彼女の覚悟が、精神の力が、トグロちゃんへの恐怖を超えた様だ。
ああ⋯⋯なんて良い子なんだろう。
何かね、俺もう、目元がジンワリしてきたよ。
よし、我が家はお金に困っているワケじゃあ無いし、あのアクトゥーはキミコちゃんにシメて貰おう。
「キミコちゃん、君の事情は承知したよ。この場は君に任せよう」
「お兄さん! ありがとうございます!!」
「そういうワケだ! トグロちゃん、ここはキミコちゃんに譲っーー」
振り返った俺達が見たものは、身を丸めてうずくまるミイラ型アクトゥーと、ソレを蹴りシバくトグロちゃん。
アクトゥーはもう既にボロボロだった。
「コッソリ逃げようとしていた」
どうやら逃亡の阻止をしてくれていたらしい。
気が利いてるぜトグロちゃん!
トグロちゃんはつま先をアクトゥーの脇腹に引っ掛けてから蹴り上げ、仰向けにしてから顎へ強烈なサッカーボールキック! ゴラッソ!!
トドメにならないか心配になったけれども、どうやら魔法の必殺技で無ければアクトゥーを仕留めきれない、というコナの言っていた事は本当の様だ。
「キミコ、ボコりながら聞いてた」
アクトゥーに背を向けて、キミコちゃんの方へと歩み寄る。
「と、トグロちゃん⋯⋯」
縮み上がり、下がりそうになる体をぐっと堪え、キミコちゃんは前へ一歩、歩み出る。
「キミコの魔法、見せて」
肩越しに親指で背後のアクトゥーを指す。
エモノを譲る、という事だろう。
「⋯⋯は、はい! 私の魔法、見て下さい!!」
更に大きく一歩前に出て、トグロちゃんとすれ違い、アクトゥーを正面に捉えるキミコちゃん。
両手を広げ、魔法陣を展開させる。
背後に展開した魔法陣は回転しながらキミコちゃんに近付き、重なる。
そして、魔法陣の回転軸は魔法の発射位置、頭に重なる。
「キミ☆スター!! コンプレッションシードバレット!!!!」
「ブウーーーーッ!!!!!!!」
キミコちゃんは、口から光り輝くどデカいヒマワリの種を飛ばした!!
一瞬でアクトゥーへ到達したヒマワリの種は着弾と同時に光を放ち、その光は膨れ上がり、アクトゥーを飲み込んだ。
数秒後、光が落ち着き消えた後に、アクトゥーの姿は無くなっていた。
「私の魔法は、頬袋に貯めた食べ物を魔法の弾にして打ち出すんです!」
振り向いて言う彼女の顔は普通の大きさになっていたのだった。
以前に出会った時よりも少しほっそりしているかも知れない。
こっちが本当の彼女の顔のサイズかな?
「さっきの魔法は、頬袋の種の力をひとつに圧縮して撃つ、私の必殺魔法です!」
フンス! と鼻息も荒く語る。
するとキミコちゃんはおもむろに服のポケットから何かを取り出す。どうやらヒマワリの種みたいだ。
「モッ、モッ、モッ、モッ」
そしてソレを勢いよく口に詰め始めた。
頬が少しふっくらとして、初めて出会った時ぐらいの輪郭になる。
「あ⋯モッ⋯ごめんなさい、口の中に何も入っていないと⋯モッ⋯落ち着かなくて」
「気にしないでいいよ、それにしても凄い魔法どったね」
食べさせるエサで魔法の弾丸は変わるのだろうか? ちょっと気になる。
虫とかミルワームとか、いろんなエサを与えてみたい。飼い主さんと会えたら聞いてみよう。
「お見事」
いつの間にか背後へ接近していたトグロちゃんが、キミコちゃんへ惜しみない称賛の言葉を贈る。
「ヒィッ!? あ、アバババッ、あび、あびがとう、ございますぅ!?」
完全に油断して背後を取られたキミコちゃん。
トグロちゃんはその背中に密着し、胴に手を回し、肩に顎をのせた。あ、足も絡めてる。
「アバッ、アバババババ!?!?!?」
片手をキミコちゃんの頬に添え、背けようとした顔を戻し、互いの頬を密着させる。
「フフ、キミコ、怯えなくていい⋯⋯私たち、トモダチになろう」
「バババボ!? ド、ドモダディ!?」
「そう、トモダチ。 大丈夫、トモダチと美味しそうは両立できる」
なるほど、一理ある。 焼肉屋に行った後で牧場の牛と触れ合い、優しい気持ちになる。
そういう経験は誰しも覚えがあるはず。
俺もトグロちゃんを見て美味しかった蛇料理を思い出し、トグロちゃんもあの味がするのかな? なんて考えたりするけれども、トグロちゃんとはとってもなかよしだからね。
「ドモダヂになっだら、私のこと、食べないですか?」
「死ぬまで食べない」
はは〜ん。 コイツ、さては死んだら食う気だな。
「そ、それなら⋯⋯トモダチに、なります」
おお、捕食者と被食者の間に友情?が芽生えたぞ。
まぁ、実態は脅迫に近い関係だけれども、生きているキミコちゃんを食べないなら問題ないよね。
「あ、コラ! トグロちゃん! トモダチは相手を舐めて味わったりしないんだぞ。 メッ! だからね」
「アババババババ」
ペットを口に入れたい⋯って考える事ありますよね?
別に食べたいワケじゃないんですけれども。




