第13話『塚井家の女』
月曜日の朝7時、ワタシはアパート『天存パレス』202号室のドアに合鍵を差し込んで捻った。
『ガチャリ』と鍵を開けた瞬間、隣のドア、201号室のドアが開く音がしたので振り向くと、ゴミ袋を持った女の子がワタシを見ていた。
以前に来た時は空室だったハズだけれども、どうやら新しい住人が入った様だ。
寝癖で乱れた長髪、ダボッとしたスウェットにサンダル、顔は可愛い系の童顔だけれども歳は20代だろうか?
「どうも」
「あ、え? はい、どうも⋯⋯あれ? そこ、塚井さんの、あ、どうも? え? え? はえ?」
寝起きで頭が回っていないのかもしれない。顔も洗ってなさそうなので余り彼女の顔を見ず、軽く愛想笑いだけ浮かべてワタシは部屋に入って行った。
「宝馬〜、ほ〜うま〜、来たわよ〜」
名前を呼びながら部屋に入ると、玄関横のキッチンに家主は居た。
早朝の自室でもしっかりと服を着て髪も整えて、お隣さんとは違い身支度は完璧に終えている様だ。
多少のだらし無さでもあれば可愛げになると思うが、この男はその辺り全く隙が無い。昔からそうだ。
「やあ卯衣、朝ご飯は食べた?」
「ゼリーがあるけど」
カバンの中のコレは、一分もかからずに栄養を補給できる優れもの。 だけれども⋯
「じゃあ食べてくよね?」
このお誘いを断る程の力は無いからね。
グリルから漂う焼けた魚の匂い⋯⋯鮭かな?
「みそ汁の具は?」
「タマネギは無いよ」
今日は当たり、いや、読まれていただけよね。
「ご相伴にあずかります」
玄米ご飯に焼き鮭、ワカメと豆腐のみそ汁に漬け物、納豆少々と卵焼き二切れ、そしてほうれん草のごま和え⋯⋯旅館の朝食かよ、と思う程の完璧なラインナップ。
マメというか、ソツが無いとでもいうのだろうか?
男の一人暮らしどころか、女でも毎朝こんなに手間を掛けないだろうに⋯⋯コイツは毎朝こうなんだよね。
「お隣さん、入ったんだ?」
鮭の骨を取りながら適当な会話を振る。
「1年ぶりかな?」
皮も剥がす。 ワタシはグニグニの食感が嫌いだけれど、宝馬は好きらしいから分けてあげる。
「けっこう可愛い娘だったよね?」
「律儀で良い人だと思うよ、引っ越し蕎麦をくれたし」
去年の引っ越しの時にご近所に配る蕎麦をケチったワタシにはずいぶんと耳の痛い話だ。
「醤油取ってよ」
だから華麗に誤魔化すわよ。
「一口食べてからかけなよ」
コイツは年々オカンみたいになっていくなぁ⋯⋯
「ほえふぇ、ふぁあっふぁふぉあいはんあっえ?」
食後、歯磨きしながら呼ばれた理由を聞いたけど、さすがにコレじゃ伝わらないか⋯
「そうそう、ちょっと変わっちゃった子が居るからさ、見せておかないと、って思ってね」
シャコシャコシャコ
今ので伝わったのか⋯⋯さすがわが半身よ。
ペッ! グシュグシュ、ペッ!
この歯磨き粉けっこう良いかも。
「どの子よ、見せて」
宝馬の歯磨きセットの横にワタシのセットを戻し、二人で宝馬の寝室兼飼育部屋へと移動する。
宝馬は俗に言うハイスペック男子に該当すると思う。
高身長で顔も整っている、金はあるし家事も主婦以上にこなす。
およそ女が望む物を全て持っているが、余計なモノも一つ持っている。
ソレがこれ。
趣味の爬虫類飼育。
カーテンが閉め切られた部屋の壁際にはメタルラックが立ち、その上には大小様々なガラスのケージが並ぶ。
アパートの二部屋を契約し、大家さんを口説き落としてまで二つの部屋を繋ぐリフォームをしたという特製の部屋。
ヘビにトカゲにヤモリにカエル、と、両生類も居たわね。
愛好家からすれば可愛い子たちだけれども、苦手な人も多い動物たち。
そして⋯⋯
カサ! カサ! ガサガサ!!
メタルラックではなく床に置かれた衣装ケースの中で蠢き跳ね回る、生き餌のコオロギやら。
爬虫類や両生類には生き餌しか食べない子たちがけっこういるから、その飼育者は餌の虫も飼育してたりする。
コレに耐えられる女の子は⋯いや、男女を問わずに少ないだろうね。
でもワタシは昔から割と虫は平気で、今の職場でも虫退治特命部長としてみんなに頼られている。
以前から宝馬が遠出する用事なんかが出来た時には、この子たちのお世話も頼まれたりしている。
だから新しい子が来たり体調の変わった子が出たりする度に、ワタシはこうして説明の為に呼ばれてやって来るのだ。
「それで、変わったのはどの子なの?」
「うん、この子なんだけどね⋯」
宝馬は数歩奥に進んでワタシに追従を促す。
素直について行くと、以前来た日には見掛けなかった特大のケージがありソレを手で示された。
密林を模したケージ内は全体的に薄暗く、ヘビ類が登れる様に枝が張られ、そして下の方には⋯⋯
フリフリの服を着た女児が体育座りをしていた。
「⋯⋯は? 女児?」
「うむ。 こんにちは」
女児はワタシに向かって無気力な表情と声で挨拶をしてきた。
「⋯⋯⋯⋯」スッ
「⋯⋯⋯⋯」ガシッ!
「おっと、卯衣、どこに電話する気なんだい?」
「離せ宝馬、言い訳は刑事さんに聞いてもらう」
「まぁまぁ、コレにはアサリの生息域くらい浅い理由があるんだよ」
「お前が人間の飼育に手を出す奴だとは思わなかった、とマスコミには伝えておこう」
「普段マスコミを信用していないのにイザとなったら上手く使うつもりなんだね」
「⋯⋯神よ、お取り込み中のようだが、確か今日はトグロちゃんのごはんデーでは無いか?」
「女児ちゃん待っててね、今この鬼畜外道からアナタを助けて⋯⋯トグロちゃん?」
トグロちゃんって⋯⋯確か宝馬の1番お気に入りの白ヘビよね? まぶたの有る。
⋯⋯部屋を見渡すが、前にトグロちゃんの入っていたこの部屋最大のケージが無い。
そうだ、この女児入りケージの有る場所が、トグロちゃんのケージが有った場所だ。
「⋯⋯え? イヤ、いやいやいや⋯⋯そんなバカな」
「司祭ウイ、神に代わってトグロちゃんのごはんを用意しても良いんだぞ」
「は? 司祭って、ワタシ?」
「あ〜、神の代行者って事かなぁ?」
「はぁ⋯⋯魔法少女ねぇ」
アホみたいな話だが、目の前で変身を見てしまったからには信じるしか無いのだろう。
そして今ワタシは⋯
「ヒョイ、ヒョイ、ヒョイと」
「うむ⋯⋯うむ、良いぞ、高まってきた」
魔法少女モードのトグロちゃんを前にして、トングで持ったごはんの解凍マウスを揺らしていた。
人間の姿でも食性は変わらないらしい。
「はむん!」
「うおう⋯⋯マジで食ったぜこの子」
女の子がマウスを頭から丸呑みする姿は中々に衝撃的だよ⋯⋯ワタシのショックなぞどこ吹く風で、マウスを食べたトグロちゃんはどこか満足気な無表情だ。
「ナイスフェイント」
「まぁ、こんな訳でね、魔法少女トグロちゃんを今後ともヨロシク! って事をお願いするよ」
「いいよ、驚かされたけれども会話ができる分、前よりもコミュニケーションは取りやすいだろうしね」
トグロちゃんの鼻先に人差し指を当ててみると、レロレロと舌を伸ばして舐めようとしてくる。
これも届かない事を除けばヘビモードの時と一緒だ、可愛いヤツめ、と思ったら舌がでろりとのびてきた!?
うおっ!? こいつスプリットタンだぞ!?
「それとね⋯実はもう一匹、いや、もう一羽変わった子がいるんだけれども」
「⋯⋯今度は何よ?」
「ダチョウの魔法少女なんだけどね」
「ガーハハハハハッ!! ガーッハッハッハァ―ッ!!!!」
ドドドドドド!!
塀に囲まれた大きな屋敷の敷地で、女の子が高笑いしながら、ひたすらグルグルと駆け回っていた。
「こんにちは、鳥居さん」
「あ、ハイ、こんにちは、塚井さん。 そちらは連絡にあった?」
「どうも、卯衣と申します」
鳥居さんはあの爆走している推定魔法少女ケマリちゃんの飼い主さんらしいが、コレはいったい⋯
「ケマリちゃんは今どういった状態なんでしょうか?」
「あ、ハイ。 最初は蝶々を追いかけて走っていたんですけどね、ハイ、追い越したらワケが分からなくなった様子でして、そこからこんな感じにテンション上がって走り回ってるみたいですね、ハイ」
「なるほど、じゃあ特に何ともないですね」
「あ、ハイ、いつも通りです」
「つむじ風起きかけてませんか?」
敷地の中心で風がキュルキュルと渦巻いてるんだけれども⋯
「う〜ん、確かに止めといた方が良いかもね。 トグロちゃん、頼めるかな?」
その言葉に答える様に、巻き付いていた宝馬の上半身から飛び出したトグロちゃんは空中で魔法少女モードへ変身、そしてスルリと滑るようにケマリちゃんの進路へと身を晒した。
「ガッハーッハハハッ!!!!」
ケマリちゃんは減速する様子も見せず、ワタシがアッと声をあげる間もなく、二人は衝突してしまった!?
ぺちん!
!? あの速度での衝突にしては、小さな音しか聞こえなかった?
「トグロちゃんは魔法で柔らかくなったり伸びたりできるんだよ」
宝馬が解説を始めた。
「ほら、トグロちゃん、風で飛ばされて枝に引っ掛かったビニール袋みたいになっているだろう?」
本当だ! 走るケマリちゃんの体にへばりついたトグロちゃんの姿は、確かに引っ掛かったビニール袋みたいにビロビロしている⋯⋯でももうちょっと良い例えは無かったのだろうか? いやスゴい的確だけれども。
そうしてしばらく、ビロビロと風圧になびいてたトグロちゃん。
しかしその手足はただなびいてたワケではなかった。
ワタシが気付いた頃にはケマリちゃんの首や胴体に絡みつきながらトグロちゃんは自分のポジションをズルリと背後へ移していた。
そこから更に背中を登り、ついには肩車の位置についた!
そしてケマリちゃんの顔を両側から鷲掴んだ!?
「ほガーハハハハァーッ!!」
アレは、なんだ? まさか、顔を引っ張る事でケマリちゃんをコントロールしている?
「ふがハホァー!」
そしてケマリちゃんは駆け足から常歩になり、ワタシたちの前まで進み、ついには止まった。
「はが〜」
「さあ卯衣、今のうちだ、ケマリちゃんにこの特大バッタ(タンザニア原産)をあげるんだ!」
「くっ、いきなり!?」
手渡しされた巨大バッタを反射的に手掴みしてしまった。
これ、デカすぎて宝馬が持て余していたヤツじゃないのよ!
「ケマリちゃん! まさかコレ食べるの?」
「うまほ〜う!!」
トグロちゃんが手綱?を緩めてケマリちゃんの顔を解放すると、バッタを掴んでいたワタシの手に口を伸ばす。
「はぁむ!!」
バリバリ!ザクザク!
口いっぱいに頬張ったバッタを、とても美味しそうに食べるケマリちゃん(美少女)
「うま〜!」
「よし、これでケマリちゃんは卯衣に好印象を持ったハズだよ」
「⋯⋯好印象?」
「ああ、ケマリちゃん、人間の顔は数歩歩くと忘れるみたいだけれども、なんとなくの好印象は残るみたいだからね。 こうやってコツコツと絆を深めていくんだ」
「そう⋯⋯鶏頭なのね」
「ガーッハハハハーッ!!」
シュボッ
ジリジリ
「ふぅー⋯⋯」
ケマリちゃんと別れた後、宝馬のアパートに戻って給餌の手伝いや小さな用事を終えた頃にはすっかり日も暮れてしまった。
今、ワタシはお風呂の給湯を待ちながらベランダでタバコを一服している。
晩ごはんは宝馬へ魚料理をリクエストした。自分で作るのも片付けるのも面倒だから、今日はシェフに甘えよう。
カラカラ〜
「はぁ〜〜〜〜っ」
深いため息をつきながらお隣さん、春日美信乃さんがスト◯ングゼ◯を片手にベランダへと出てきた。
ワタシと同様に、お酒で一服をしに出て来た様だ。
「すみませ〜ん、タバコ吸ってましたけど、大丈夫ですか〜?」
喫煙者のマナーとして声をかけてみる。
「え? ゲエ〜〜ッ!? 朝の、巨乳ッ!?!?」
え? いや、巨乳て⋯⋯ワタシ別にそこまでデカくないんだけど? どちらかといえばそっちが平た⋯⋯いや、これはスルーしておこう。
「大丈夫なら吸わせて貰いますね〜」
すぱー
「うぅ⋯コミュ強巨乳だぁ⋯いや、いや、気圧されるな、立ち向かえ、戦うんだ、春日美信乃ぉぉ⋯」
うん、なんだかブツブツと自己暗示でもしているみたい。
カッ!
プシュ!!
ゴッ!ゴッ!ゴッ!!
おお、ストゼ◯を一気にあおった。
「プハァ!! ⋯⋯げっふ⋯⋯ああああのッ! お、お姉さん! お姉さんは、その! つつつつ、塚井さんのぉ! なんなんでしょうかぁッ!?」
そして、顔を真っ赤にしながらワタシに質問をしてきた。
赤いのはお酒のせいか? それとも⋯?
「妹の卯衣です。 二卵性の双子なんです」
「そうですよね!! やっぱり男はみんな脚の長い巨乳が好きなんだ〜〜ッ!!!! ⋯⋯⋯⋯あれ? 今、なんて?」
「双子の妹の『塚井卯衣』です。 兄のペットの世話でたまに来るんですよ」
「い、いもうと、妹⋯⋯そんな、なんてベタな⋯⋯ああ、あハハハハ、そっか〜、妹さんなんですね〜」
う〜ん、この人分かりやすい。
果たしてその思い、宝馬に伝わるのかな?
これは今後生暖かく見守る必要が出てきたね。
トグロちゃんといいケマリちゃんといい、今日だけでこのアパートに来る楽しみがいくつも増えて充実した有給になった。
「兄の宝馬ともども、今後ともヨロシクお願いしま〜す」




