第12話『神と生贄の巫女』
『うわ〜! 緊張しました〜ッ!!』
私はおババさんの寝床に戻って、やっと演技を解いた。
威厳のある予言者役、うまく演じられたかな?
おババさんから借りた鈴付きカンザシとハンカチを外して返そうとすると片手を上げて止められた。
『もうババの体力じゃあ持ち上げるのも一苦労なんだよ、良ければ貰って予言者の装束にでもしておくれ』
『良いんですか? こんなに素敵な宝物なのに』
『ババもさすがに年だからねぇ。 正直、冬の引っ越しを迎えられるのかも分からないんだ。 宝物の整理でもなんでも、できる事は全部今のうちにするつもりさ』
『おババさん⋯⋯』
『ヒエッヒエッヒエッ! しんみりしているヒマなんて有りませんぞ! キミコ様には新天地を探して頂かねばならんのです!』
はッ! そうでした! 私はほっぺを叩き自分に気合を入れます。
『まかせて下さい! きっと新しい里にふさわしい土地を見つけてみます!』
『ありがたい事だねぇ。 そのお供にこの坊やをお連れなされ』
そう言っておババさんは隣に居た小さなハムスターの背を押し、私の前に出す。
『ババ、おしごと〜?』
里を案内してくれた子だ。
『この子は確か、おババさんの子の子の子だったから⋯ひ孫さんですか?』
『ひマゴ? 人間はそう言うのかい? ヒエッヒエッ、お好きにお呼び下され。 この坊やは、まだ少し小さいけれども中々に賢くてねぇ、新天地を選ぶのに意見を聞くといい』
『分かりました! それじゃあ⋯『ヒマちゃん』! よろしくね!』
『ヒマチャン? もしかして、ウチ、名付きになったの?』
『おお、良かったじゃないか坊や、いやさ、『ヒマチャン』よ。 しっかりとキミコ様をお助けするんだよ』
『は〜い! キミコさま、よろしくね〜!』
『キミコさまスゴ〜い! ほんとに人間みたい〜!』
里から出た私は魔法少女モードに変身して、ヒマちゃんを手のひらにのせて歩いた。
このモードならハムスターでは遠い距離もあっという間だ。
「まずは私の縄張りで探しましょう!」
ヒマちゃんたちの里近くは全て駐車場にされるそうなので、こことは違う区画まで歩く。
『たか〜い! すご〜い!』
人間と過ごした事の無いヒマちゃんにとって、私の手の上は観覧車みたいなものなのだろうか?
⋯⋯ちょっとイタズラ心が出てきました。
ヒマちゃんを落とさない様に握り直して、
「走るよ! しっかりつかまっていてね!」
『うわ〜〜おお!!?』
うおォン!
私はまるでヒマちゃんのジェットコースターだ!!
『はやいはや〜〜い!!』
さあ! そして辿り着いた第1候補!
私の縄張りで2番目に大きな畑! なんだけれども⋯⋯う〜ん、やっぱりダメかなぁ?
「ヒマちゃん、ここはどう?」
『うう〜。 ここはね〜、ネコの匂いがいっぱいで危ないよ〜』
やっぱりそうか〜。
この畑の持ち主はネズミ対策に、何匹ものネコさんを隣接する家で飼っているのだ。
魔法少女モードの私なら群がるネコさんたちに足を舐められまくっただけで済んだけれども、みんなが住んだら食べ尽くされてしまうかも⋯
「なんの! ここは1番近いからの第1候補、ほかにも候補地はいっぱいありますから!」
そうして次の候補地へ。
「ここはどうかな?」
『あのヌメヌメしたのちょっとおいしそう?』
「大量のナメクジ!? アレは食べちゃいけません!」
「ここなら?」
『水がないな〜』
カー! カーカー!!
『とりがいっぱいだ〜!?』
そうして何日かかけて私の縄張りを探して回ったけれども、新天地に丁度いい場所は見つからない。
そんな中で、里にはあるウワサが広まり始めていた。
『トウモロコシ、おいしかったね』
『あまかった〜』
『でも、人間、しろねうえなかったね』
『だいこんな』
『つち、ひらたいしてた』
『キミコさまのいうとおり?』
『ババもいってたぞ〜』
『キミコ様、1つ目の予言が的中し、皆が信じ始めておりますぞ』
『はい。 それでは、2つ目の予言を⋯』
『皆に集まってもらうとしましょう』
そして2つ目、3つ目の予言を的中させた私は、いよいよ里の滅びを告げる大予言を前にして、未だに新天地を見つけられないでいた。
『ううむ⋯この里に代わる程の地は、無いものかのぅ⋯⋯』
『がまんすれば、なんとか〜?』
私の縄張りを回ってみても、結局良い引っ越し先は見つけられなかった。
魔法少女モードの力を持つ私では気付けなかったけれども、自然の世界はハムスターたちにとってあまりにも過酷だった。
この里ほど条件の良い場所となると⋯⋯私は他に一つしか知らない。
『次の探索では、私の縄張りの外に行きます』
『外の世界、ですかの』
『実は私、ヒマちゃんと里探しする他にも、縄張りの外で里探しをしていたんです』
お姉ちゃんや他の魔法少女たちの縄張りを、こっそり見て回っていたの。
『私の縄張りほど畑や自然は無かったけれども、一つだけ、この里と同じか、もしかしたらここよりも豊かな場所があったんです』
『おお、まさかそんな所が⋯』
だけれども⋯
『みんながそこを受け入れられるか、不安もあるんです。 だから、そこにヒマちゃんだけじゃなくて、今度はおババさんもいっしょに来てもらえませんか?』
『ふむ?』
『私が魔法少女モード⋯人間サイズになって運ぶので、移動の心配は大丈夫です』
するとおババさんは笑顔で両手を広げた。
『ヒエッヒエッ! 最近ヒマチャンの話を聞いていて、このババもう一度外の世界を冒険してみたく思っていた所さね。 キミコ様、むしろババの方からお願いしますよ』
『おお⋯⋯里は、上から見下ろすと、こうなのかい。 ⋯⋯あそこはトウモロコシがあった場所かねぇ? それと、あっちはエダマメに⋯⋯サツマの跡はそっちかい?』
おババさんは均された収穫物の跡を見渡す。
『こうして見ると、畑の天変地異は一目瞭然さねぇ⋯⋯』
「おババさん⋯」
『ありがとうよ、キミコ様。 さぁ、どうぞ里の候補地へお連れ下され』
『キミコさま〜、はしってはしって〜!』
「ええ!? おババさんが危ないよ」
『なんの! このババ、まだそこまで弱りきってはおりませぬぞ、楽しみにしていたのですから、さあどうぞ遠慮なく走って下され!!』
「え〜っ!? ⋯⋯それじゃあ、辛かったらすぐに言ってくださいね?」
うおォン!
キミコはまるでハムスタージェット旅客機だ!!
『おひょ〜〜っ!?』
辿り着いた目的地は、人間の作った公園だった。
刈り入れ等の整備が不足しているが、ハムスターたち小動物が過ごすにはむしろ、身を隠せる分好都合だ。
中央のいびつな噴水は僅かに傾いているせいか、一方から水が少しずつこぼれており、豊かな水資源となっている。
植え込みの植物には小さな実がなっており、赤く色付いた食べ頃の物や、別の植物にはまだ青い実をつけた物もあり、幅広い季節での実りが期待できそうだ。
そして公園の敷地の向こう側には里の物より少しばかり小さいが、ところ狭しと野菜が植えられた畑まである。
そして、たくさんの虫たち。地を歩く者、跳ねる者、這い回る者に飛ぶ者と、よりどりみどりだ。
出発前にキミコが言ったとおり、里と比べても豊かにも思える土地だったのだ。
だが、この豊かな地は何かおかしかった。
これほど豊かな土地ならば、本来居るはずの者が居ない。
小動物が居なかった。
虫を食べる大きさの生き物が居ない。 ネズミやネコ、モグラ、そして鳥の気配すら無かった。
なぜか? ヒマとおババは疑問に思う事は無かった。
本能で気付いていたからだ。
体が逃げろと言っている。
虫以上の知能を持つ者は、この地の恐ろしい主の存在を感じて逃げたのだ。
『き、キミコ様、この気配、この存在は⋯?』
『キミコさま、ババ、ここはダメだよ、あぶないよぉ〜』
「⋯⋯やっぱり、分かりますよね」
ここの主の存在により小動物が遠ざかり、だからこそこの地には実りが溢れている。
いや、むしろ持て余している。 だからこそ、そこに交渉の余地があると私は踏んだのです。
「ここの主と、交渉をします」
『『!?!?』』
『む、むちゃを言ってはいけませんぞ!? この気配、ただの獣では有り得ない⋯⋯これはもはや、神とも言える存在。 いくら偉大な力を持ったキミコ様といえど、無謀に過ぎますぞ!?』
「はい、分かっています。 でも、大丈夫です。 おババさんもヒマちゃんも、この方から傷付けさせません。 必ず守りますから、安心して下さい」
『⋯⋯何か、対抗策をお持ちなのですか?』
「既に契約を交わしたんです」
『けいやく〜?』
『それはいったい、どの様な契約なのですか?』
「それは⋯⋯そうですね、私が、生贄の様になるというものです」
『んなッ!?!? なんと、そんな恐ろしい契約を!?』
この時、公園に漂う気配に変化があった。
『『!?』』
「ふたりも気付きましたね? 主は既に私たちを捕らえました。 こうなったら、逃げるよりも進んだ方が安全です」
『ふ、ふわわわわわ⋯』
『⋯⋯どうやら、その様ですな』
「それでは、行きます」
そうして公園に踏み入った私たちは、間もなく、公園で1番大きな樹の元へ辿り着く。
その樹の、上、太い枝の上に、主は身を横たえていた。
長大な身体を僅かに蠢かせて、そこから樹下の3匹を睥睨する。
その威容は3匹にとって、まさに、神と言うに相応しき力と美しさ、何より恐ろしさを備えていた。
「トグロちゃ〜ん! こんにちは〜!! 少しお話良いですか〜〜!!」
◇
キミコ様が巨大な白蛇、蛇神に呼びかけた。
お言葉からすると、かの蛇神は『トグロチャン』と言う名付きの様だ。
このババも、3度の冬を越えるまでに様々な者を見てきたが、このトグロチャン様ほど恐ろしいお方を見たことは無かった。
トグロチャン様はキミコ様を見つめてまばたきを一つすると、その身は眩い光で覆われた。
そして光が収まると、なんと蛇ではなく、人間の様な姿に変化していた。
キミコ様とも通ずる神秘の技なのだろうかね?
枝に腹這いになりながら両手足と首を下に垂らした姿で、トグロチャン様はこちらを見据え続けている。
「どうしたキミコ? そんなに美味しそうなハムスターを二匹も連れて」
しゃべった! キミコ様と同じく人間の言葉だ。
「食べちゃダメですから!」
キミコ様は蛇神に対して半身になりウチらをその身で庇って下さった。
「見せびらかし?」
「そうじゃありません! 実はこの二匹と、他に100匹程のハムスターたちをこの公園に住ませたいんです」
「食べ放題?」
「食べちゃダメです!」
「それじゃあトグロちゃんの生殺し」
「もしも食べると言うのなら⋯⋯私、トグロちゃんから逃げます!!」
「⋯⋯ふむ、約束を破るのか?」
「私を食べたいのなら、他のハムスターに浮気しない事です!!」
「⋯⋯うむ、浮気、良くない」
おお⋯⋯なんという事であろうか。 キミコ様はこの恐ろしい蛇神と向かい合い、堂々と交渉しておられる。
「だが食べられないのなら、ハムスターたちをトグロちゃんの縄張りに入れるメリットは無い」
そうさね⋯⋯今の交渉では、トグロチャン様に我慢させるだけで、なんの旨味も与えていないんだよ。
「トグロちゃん⋯⋯今のこの公園、あなたにとって、居心地は良いですか?」
キミコ様は、トグロチャン様に奇妙な質問をなさった。
この豊かな地に、何か不満を持つ様な事があるだろうか? そんな者が居るだろうか?
こんなにも、食べきれないほどの実や虫に溢れているのに⋯⋯
「⋯⋯もりもり、してきた」
「あ! やっぱり!!」
「キミコもそうか?」
「はい、私たち、たぶん自然があふれた所よりも、ほどほどに在るくらいの所が好きなのかなって思うんです。 この公園よりも、このハムスターさんたちが暮らしていた里⋯畑の方が居心地良かったんです」
「そうか、トグロちゃんたちは⋯⋯都会の女」
「はい! だからこの公園、トグロちゃんの別荘も、誰かが自然を手入れしてくれた方が居心地良くなると思うんです!!」
「そこでハムの群れ、か」
「そうです! 適度に草木をかじるし、虫も食べます! ととのいます!!」
「よろしい。 ハムの民を我が縄張り、カンチョー公園に受け入れよう」
おお!? 何という事か!! キミコ様が、蛇神へと交渉を通して下さった!!
『キミコさまッ!!?』
『おおッ! キミコ様ぁ!!』
「あ、あハハッ! よかった⋯⋯みんなの、新しい里、その、希望が、できました!」
ウチらを見つめる人間の姿をした偉大なるハムスターは、その大きな瞳にこぼれそうな涙をたたえながら、ウチらに向かって満面の笑みを浮かべていた。
里での最後の予言は、ハムスターたちにすんなりと受け入れられた。
それまでの予言が的中していた事と、ウチ⋯ババの熱のこもった説得が功を奏したからだろうねぇ。
我ながら、キミコ様にあんなにお熱になって、大演説を披露するとは思わなかったよ。
引っ越しの時には里の上、畑の作物はほとんどが無くなっていた。
人間形態キミコ様の腕の中でソレを見たハムスターたちに、残ろうと言い出す者は無かった。
ウチは内心⋯⋯皆を送り届けた後でこの里に残り、里と共に生涯を終える腹積もりでいた。
だが、気が変わった。
新天地の開拓に励む若者に頼られ、キミコ様からの期待と信頼を受け、そして新しく里の長になってしまったヒマチャンを支える為にも、4度目の冬を迎えた老体にもう一つムチ(キミコ様が言うたのはおそらくこの2段腹のムチムチのコトじゃろう)を入れて、体の動く限り、そして命ある限り、新しい里の為に生きて、奉公すると決めたのさね。
そして、ウチは今、5度目の冬を迎えていた。
秋からいよいよ後ろ足が悪くなり、頼みの前足も先日からしばらく、マトモに動かなくなった。
そしてそのうち、とうとう食事もノドを通らなくなった。
好物の、噛んだヒマワリの種を自分の頬袋で1日ふやかした粥も、むせて吐き出してしまった。
いよいよ、ウチにも終わりの時が来たのかと悟った。
5度目どころか、4度の冬を越えたハムスターなど、ウチ以外に聞いた事すら無いからねぇ、コレでも長すぎたくらいさ。
これまでの生涯に想いを馳せ、その全てへの感謝をして、そして静かにまぶたを閉じて⋯⋯
死んだ。
そのつもりだったのだが、ユ〜サ、ユサ〜、と、慣れない動きに揺さぶられていた。
おやおや、死後の世界とは、何とも味わった事の無い感じのするモノなのかねぇ、と、思わず目を見開いた。
そうしたら、信じられない事にウチは、トグロチャン様の頭の上に居た。
いつの間にか連れ去られていたのだろうか?
『と、トグロチャン様、いったい何を?⋯⋯この老体を、食べるおつもりですかな? ヒエッヒエッ。 他の若いハムスターの代わりになれるのならいかようにでも⋯』
『⋯⋯ハムスターの言葉はまだよく分からないが、貴様が勘違いしているのは理解した』
シューシュー、という蛇モードの言葉はこれまで余り分かる事は無かったが、トグロチャン様が、ウチに敵意も食欲も向けていないのは伝わった。
トグロチャン様は、公園の全てを見渡せる高所、トグロチャン様の玉座たる、公園1番の大樹へと登っていた。
『有象無象のハムスターの死など、このトグロちゃんの知る所では無い。 ⋯⋯が、長老おババ、貴様だけは特別だ』
トグロチャン様は、1番高く、前へと張り出した枝から頭を伸ばす。
つまり、その頭上にいるこのババはこの公園⋯⋯『聖地』の全てを見渡せる高所に居たのだ。
『あぁ⋯⋯おおぉ⋯⋯』
見える。 見えるよ!!
目に僅かにだけ見える起伏は、人間に踏み締められた硬い地面の様だけれども、ウチには分かる。
その地面の下には、ウチらハムスターの里が、いや、里をも⋯超えた?
村⋯⋯いや、コレはもうすでに、町か!? いいや街だ!
里を超え、村を超えた街!! 里はもはや街になったのだ!!!!
我が開拓の里は、ついに、かつての里を超えて、ハムスターの街になっていたのだ!!!!
『見事なりおババよ』
『ヒエッヒエッヒエッ、いえいえ、コレも全てキミコ様とヒマチャンのおかげで⋯』
『キミコでは無い。 キミコは貴様らを始めに動かしたが、その先を導いたのは貴様の子孫ヒマチャンと、それを影に日向にと支え、そして、挫けそうになったヒマチャンや若輩どもを何度も叱責し、立て直し導いた貴様だ』
『いえいえ、そんな⋯』
『トグロちゃんの目は誤魔化せない』
『⋯⋯⋯⋯』
『胸を張って死ぬがよい』
『⋯⋯⋯⋯ハハァ⋯⋯ありがとう、ございます』
『今日よりこの『カンチョー公園』は名を改める。 その名を、『カンチョーババ公園』とする』
ヒエッヒエッヒエッ、ソレ、何だか変な名前の気もするけれどもねぇ⋯
『ヒェヒエッ、ふひひっ⋯⋯トグロチャン様⋯⋯ありがとう⋯⋯ございます』
『うむ。 まこと、大義であったな』
ああ⋯⋯あぁ⋯⋯ヒエッヒエッヒエッ⋯⋯そうさね⋯⋯なんとも、いい⋯⋯眺め⋯⋯だ⋯⋯⋯ね⋯ぇ




