第11話『予言者』
「あ、それとさぁ、あの畑、あとその周りも駐車場にするらしいわよ。あんたのお気に入りだったのに、残念よね」
「⋯⋯⋯⋯え?」
お姉ちゃんの言った言葉が受け入れられない。
駐車場? 駐車場って、あの、車を置くだけの、固くて何も無いところだよね?
なんで? どうしてそんなことになるの?
「年内に畑じまいして、来年から工事だ〜、って持ち主のオジさんが近所の人たちに言ってたよ」
「そんな、だって⋯だって、あの畑には、里が⋯⋯みんなが」
「ん? キミコ、そんなにショックだったの?」
「お、お姉ちゃん、なんとか、なんとかならないのかな?」
「ええッ!? 何とかって、あの畑買うとか、借りるとかってコト? でも私たち引っ越ししたばっかりでお金無いし⋯」
「あの畑には里が、ハムスターのみんなが」
「うん? ハムスターのみんなって?」
私は今日、畑で出会った里のみんなの事をお姉ちゃんに話した。
「野生のハムスターの里ねぇ⋯⋯脱走ハムの末裔なのかな? たくましい」
「だから、あの畑が駐車場になったら、みんな大変な事になっちゃうよ」
「確かに大変だわね。 でもなぁ⋯オジさんも田舎に帰るって言ってたし、私が駐車場業者の代わりに畑を買うのは無理ゲーだし⋯うう〜ん」
私が事情を説明したらお姉ちゃんはいっしょに考えてくれたけれども、むずかしい顔をしている。すぐには解決策がみつからないみたい。
「うう〜ん⋯⋯良いアイデアが何も思いつかない。キミコ、ちょっと考える時間ちょうだい」
「うん⋯⋯」
「どうしたもんかな〜。 コナに相談できる話じゃないよな〜」
お姉ちゃんはカレーの器を台所に置いて、そして冷蔵庫からお酒の缶を出して飲み始めた。
「ちょっと風に当たりながら考えてみるわ」
片手でお酒を持ち、もう片手で頭をガシガシとかきながら、足でドアを開けてベランダへと出ていった。
「あ゛〜あ゛、ど〜すっかな〜?」
「おや? 何かお困り事ですか?」
「つッ!? つ、つ、つッ、塚井さん!?!?」
「すみません、聞こえちゃったもので、無視するのも失礼かなって」
あ、お姉ちゃん、ベランダで隣人のツカイさんに会ったみたいです。
「あ、い、ひひ、ほ、本じちゅは、おヒガラも良くて、あ、ああ!? お、お酒、いつもこんな、昼から飲んでるワケじゃ、は、ハハハ」
お姉ちゃんは慌てながらも後ろ手でベランダのドアを閉める。
私が人間の戸籍を持っていないハムスターだから、表向きはお姉ちゃんの一人暮らしという事にしている。
『信じ⋯⋯アル中⋯⋯!!⋯⋯』
ドアをしめた向こう側でお姉ちゃんがツカイさんと何か話している。
『⋯ハ⋯⋯⋯ら⋯⋯き⋯⋯⋯⋯リ⋯⋯』
ツカイさんの方はお姉ちゃんよりも遠いから何てお話しているか全く分からないけれども、お姉ちゃんとお隣さんのお話は私が気にしても仕方ないだろう。
それよりも畑だ。 畑をどうにかできないだろうか?
畑が駐車場になったら、硬い地面になったらどうなるの?
畑の野菜は採れなくなる。ソレを狙う生き物や、さらにその子たちを獲物にする生き物は居なくなる。
それに、里の出入り口はふさがれる。さらに言えばそれよりも先に、人間の工事が始まればそれだけでハムスターにはとても危険だ。
じゃあ、どうすればいいの?
一つ、答えはある。
それは、ハムスターのみんなに無謀な提案をする事だ。
けれども私は、その答えを選びたく無かった。
お姉ちゃんや誰かが、魔法の様な奇跡で助けてくれないかって、期待した。
だけれども、それが叶うことは無さそうだ。
魔法少女になった私には分かる。そんな都合の良い魔法なんて無い。
だから、無謀な提案を出すしか無い。
でもそれはきっと、みんなにとって残酷で、危険で、そして不確かで、ついさっきトモダチになったばかりの私がこの提案したら、信じてもらえなくて、無視されて、トモダチじゃあなくなって、そして、その結果、みんなが工事に巻き込まれてしまうんじゃないかって。
『え゛え゛ッ!? 買えるんですかぁ!?!?』
そこまで想像して、里のみんなが工事の犠牲になる姿を想像して、ソレだけは防がなくっちゃいけないって、やっと決意ができた。
カラカラ〜
「ま〜じか〜。 塚井さんって、もしかしてお金持ちなのかな?」
しばらくしてベランダから戻って来たお姉ちゃんに私は告げる。
「お姉ちゃん! 私、決めたよ。 ハムスターのみんなには、『おひっこし』をしてもらいます!」
「え? あ、あ〜、そうか、そうだよね。 その手があったよね。 うん、うん、そうだよね、その方が健全だよね。 人様のお金をアテにするのは最終手段がいいよね? 私も農家経験無いから不安だったし⋯」
?? お姉ちゃんの反応がちょっとヘンだけれども、同意は得られた様だった。
「みんなを説得して、新しい里を作るんだ!」
次の日、私はふたたびハムスターの里にやって来た。
今日は里の穴に入る為に、ヒマワリ少な目です。
『あ! キミコだ!』
入り口から小さいハムスターが私を見つけて飛び出してきた。昨日おババさんの隣にいた子だ。
『こんにちは。おババさんは里に居ますか?』
『いるよ〜。 つれてってあげる〜?』
『ぜひ、お願いします』
『それじゃあついてきて〜』
小さなハムスターのお尻を追い掛けて、里の入り口をくぐる。
しっかりと固められた土のトンネルをしばらく進むと、何匹かがすれ違えるほどの広い空間に出た。 天井にはハムスターも通れない様な小さな穴が空いているが、そこから漏れる光がトンネルの中を照らしている。
この空間からはいくつものトンネルが続いており、ハムスターたちが行き来している。物流ハブならぬハム流ハブとなっている様だ。
『こっちだよ〜』
おっと、あまりキョロキョロしているとあの子を見失ってしまう。
しばらく走り、いくつかのハムハブを通ったトンネルの先で、チョロチョロと水が流れる空間に出た。石の溝が水路になり、その周りで何匹ものハムスターたちが水を飲んだり毛づくろいをしてくつろいでいる。
その中の一匹におババさんがいた。
『おババ〜、キミコ連れて来たよ〜』
『こんにちは、おババさん。案内してくれてありがとうございます。これはお駄賃です、プププ!』
案内してくれた子にヒマワリの種をお裾分けします。
『わ〜い! やった〜!』
『こちらはおババさんにも、プププ!』
『おや、これはご丁寧に。なんのお構いもできないが、ゆっくりしていっておくれ』
『⋯⋯実は、今日はおババさんに伝えなければいけない事があって来ました』
『おやおや⋯⋯ソレはどうやら、よっぽど大事な話らしいねぇ。 少し静かな所に行こうかね』
のそり、と歩き出したおババさんについて行った。
案内してくれた子もヒマワリをかじりながら私たちについて来た。
しばらくすると小さな袋小路に辿り着いた。柔らかい草が敷かれているが、匂いから察するにここはおババさんの寝床だろう。
『さ、くつろいでおくれ。 ここでそのお話とやらをうかがわせてもらうよ』
『ババお昼寝〜?』
ついて来た子はおババさんにくっついて丸くなる。
『ヒエッヒエッ、おまえさんはお昼寝してて良いからね』
優しく鼻を擦り付けるおババさん。
『おババさん、この里は、次の春には無くなってしまいます』
私は、その安らぎの終わりを告げなければいけなかった。
『⋯⋯ふむ? この里が、無くなる? キミコ殿は冗談を言ってる⋯⋯ワケじゃあ、無さそうだねぇ。いったいどういう事だい?』
『人間がこの里の上の畑を無くして、硬い岩を敷こうとしています』
おババさんは、信じられないといった驚きの表情をうかべた。
『⋯⋯キミコ殿、あまりにも話が突飛過ぎて、ウチの理解が追いつかないよ。 まず、なんで人間がこの実り豊かな畑を滅ぼそうとするんだい? これだけの食料元を無くすなんて、そんな事をしたら、人間だって死んでしまうだろう?』
『人間はそれぐらいじゃ死にません。もっと遠くで、もっとたくさんの食料を作っているんです。ここは私たちにとって広大な土地ですが、人間にとっては小さな土地なんです』
『そうなのかい? それでも硬い岩を敷くって言うのはどういう事なんだい?』
『おババさん、『車』って知っていますか?』
『車、ああ、あの、人間を入れて走る、大きな』
『そうです。あの車と、それが走る硬い地面が、この里まで伸びてくるんです』
『あ、アレが、この里に来る、のかい』
『そうです。 アレが来たらこの里はつぶされてしまいます』
おババさんはあまりにものショックで言葉も出てこないようだ。
『だからおババさん、ここを出て、新しい里を作りましょう』
『ううむ⋯⋯新しい里⋯⋯』
おババさんはしばらく黙って考え込んだ。
『正直、ウチのずっと親から続いたこの里がつぶされるとは⋯信じ難いねぇ。 この豊かな里を捨てた先で、良い暮らしが出来るとも限らないしね』
『そんな⋯!? 本当の事なんです! 信じて下さい!!』
『うむ⋯⋯キミコ殿が本気でウチらを案じているのは伝わった、それは信じるよ。 でもねぇ、ウチ以外のハムスターたちが、どこまでキミコ殿の話を信じてくれるか』
どうやらおババさんの説得は成功したみたいだけれども、確かにおババさん程の知識を持たないハムスターたちの説得はもっと困難になるかもしれない⋯
『⋯この里がつぶされる時は、ある日にいきなりつぶれるのかい? 何か、予兆の様な事は起こるのかい?』
『それなら、畑じまいをするって聞きました! たぶん人間は、これから冬にかけて実った野菜を収穫した後に、新しい野菜を植えなくなると思います』
『なるほど、もしもソレが本当になったら、明らかな異変、天変地異だよ⋯⋯ そうさね⋯⋯キミコ殿、いや『キミコ様』、あんた、予言者におなりよ』
『え? キミコ様? 予言者?』
『もしもあんたが、ウチらみんなを救おうと、そう思って下さるのなら⋯予言者になっておくれよ。 この里に起こる災いを予言して、みんなを信じさせて、そして新しい里へ導いておくれ』
ど、どえらいコトになってきちゃった!?
『わ、分かり、ました! それでみんなを助けられるのなら私、予言者、やってみます!』
『そうかい! 頼もしいよキミコ様。 ソレじゃあ⋯坊や、起きるんだよ坊や』
おババさんは寄り添って眠っていた子を揺り起こした。
『う〜ん、ババどうしたの〜?』
おババさんはヒマワリの種を渡しながら、
『おつかいを頼むよ。 穴長たち全員に、できるだけたくさんの家族を連れて大部屋に集まる様に言って回っておくれ』
と頼んだ。 そしておつかいに駆け出したお尻を見送ると、私に向き直り、
『さぁて、これからキミコ様には、皆に予言を与えて貰うよ⋯⋯ヒエッヒエッヒエッヒエッ!!』
そう楽しそうに告げるのだった。
それから1時間ほど過ぎた頃、里の一番大きな空間、通称大部屋には、遠出している者以外全てのハムスターたちが集められていた。
『2日つづけてあつまるのはめずらしいね』
『きのうのタネの山分けはよかった!』
『もうはんぶんたべちゃった⋯』
事情も知らず集まったハムスターたちは大部屋の適当な場所や繋がる通路から顔を覗かせる位置で思い思いにくつろいでいた。
『穴長、きょうはなんであつまったの?』
『う〜ん、わかんない! ババの子の子の子が、みんなあつまれ〜ってよんでたの!』
『そっか〜』
チリーン。 チリーン。
すると、大部屋に聞き慣れない音が通った。
虫の鳴き声とは違う、もっと澄んだ音だ。
その音の正体は、ババに近い者、孫や穴長たちならば見た事があるだろう、彼女のコレクションの一つ、鈴のついた棒だ。
ババがきたのかな? そう思い、彼らがババの寝床方面に続く穴を振り向くと、そこから予想外の者が出てきた。
体に色鮮やかな布を巻き付けた見慣れないハムスターが、ババの鈴付き棒を杖の様に突きながら現れたのだ。
『だあれ?』
『あ、キミコだ』
『だれそれ?』
『きのうのタネくれたの』
『ありがたやありがたや』
少しざわつくハムスターたちに、キミコの後ろから現れたハムスター、ババが声を届ける。
『皆のもの、よくぞ集まってくれた! ここにおわすはキミコ様じゃ! 昨日ウチらに特別なごちそうをお恵み下さったお方だが、今日、ウチらの里の未来を予言される! 心して聞くが良い!!』
『よげんってな〜に?』
『明日の明日の、もっと先に、何が起こるか知っていると言うことさね』
誰かのつぶやきにババは答えると、キミコの後ろに下がり、頭を垂れた。
『私は『名付き』にして『予言者』、キミコである!! 私は明日の明日の先、『未来』を予言する。 まず近々トウモロコシが実りの時を迎える!』
『そろそろたべごろ』
『あまくておいしい』
トウモロコシを知るハムスターたちはその味を思い出して楽しげな表情を浮かべる。
『そして人間はトウモロコシを収穫した後、土を均して、そして、何も植えないだろう!!』
キミコの言葉の意味が一瞬理解できずに静まりかえるハムスターたち。だがしばらくすれば皆思い思いに反論する。
『ちがうよね』
『人間はあたらしいたべものをうえるんだよ』
『つぎはしろねだね!』
『だいこんっていうんだよ』
『ヒエッヒエッヒエッ! そうだねぇ、これまで有り得なかった事だ。 だがねえ、もしもキミコ様がその有り得ない未来を言い当てたのなら、予言の力は本物さね! そうしたら、更に次の予言はどうなるだろうねぇ?』
『改めて予言しよう! 人間は、トウモロコシの次に何も植えなくなる!! この予言が的中した後に、私は皆に次の予言を与えよう! そしてその未来も私の言うとおりになるだろう。 そうすれば皆もきっと分かるだろう⋯⋯私が未来を知る者、『予言者』であると!!』
ざわ
ざわ
ざわざわ
大部屋には、かつて無い異様な空気が満ちていた。
ハムスターたちは、有り得ない未来を告げるキミコが立ち去るまで彼女から目を離せずにいた。




