第10話『名付き』
「うげえ!? すっぱい!?」
お昼も近いころ、台所でお姉ちゃんが何か叫んでいた。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
ハムスターから魔法少女へと変身して、お姉ちゃんに駆け寄る。
「ペッ、ペッ、牛乳が腐ってたみたいでさ〜」
お姉ちゃんが持つ紙パックからツンとした匂いがする。
「さすがに2週間モノは無理があったか⋯」
そう言ってお姉ちゃんはとろみのついた白い中身を台所に流している。
「牛乳無しのカレーなんて無いからなぁ⋯⋯パトロールついでに牛乳買ってくるか。 ついでに何かデザートも買おうかな? ねえキミコ、私今から1時間くらい出かけるから」
「あ、じゃあ私もその間パトロールに行ってくるよ!」
「そう? それじゃあよろしくね。 つまみ食いはほどほどにしなさいよ」
そうして私はお姉ちゃんからカギを受け取って、一匹でパトロールに出かけた。
私の縄張りは他の魔法少女の縄張りよりも畑が多い。 お姉ちゃんが言うには個人の趣味でやっている小規模な畑らしいけれども、ハムスター本来の目線で見るとどれも広大な理想郷の様に見える、とっても素敵な所なんだ。
柔らかい土、数本ずつ植えられた何種類もの野菜、身を隠すのにちょうどいい雑草、そこで生きる美味しそうな虫やミミズたち。
お姉ちゃんと一緒じゃ無ければここに住みたいと思っていただろう。
だから私は、この畑たちの周りをパトロールするのが大好きなの。
1時間のパトロールに来るだけでも楽しい気分になって、ルンルンとはねて歩き回っていたら、畑の一カ所に気になるモノを見つけた。
「あっ! アレって、もしかして?」
私はソコに駆け寄ってしゃがみ込み、鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
「スンスンスンスン⋯⋯やっぱりコレ、私とおんなじウンチだ!!」
しかもこの匂いから察するに⋯⋯あ! 見つけた!!
草むらに隠れて私を見つめるたくさんの目。
野生のハムスターたちだ!!
10匹以上いる! こんなにたくさんのハムスターたちをみたのは久しぶりで、うれしくなって手を振った。
「お〜〜い!!」
するとハムスターたちは驚いたようで、何匹かは走って逃げ出した!?
あっ!? そうか、今の私は魔法少女モードだから人間みたいでビックリしちゃったんだ!
だから私はハムスターに変身してからその子たちの元へと近づいた。
『こんにちは! はじめまして!』
人間の言葉と違って、ハムスターたちは声や身ぶりや表情、匂いなんかの全部を使ってお話するの。 久しぶりのハムスターどうしのお話だから、ちゃんと通じているかな?
『うわああっ!? なんだ!? オマエは!?』
『私、ハムスターのキミコです! みんなのオトモダチにして下さい!』
『ハムスター? ウチらはそんなにデカくないぞ!?』
デカい? 私は今ハムスターの大きさに戻っているハズなのに⋯⋯ああ!!
『コレは頬袋だよ! 私のは特別でこんなに大きくできるんです』
『頬袋って、大ダマぐらいあるぞ!?』
一匹がスイカを指差して言ったけど、確かに今の私の頬袋は、左右に大きめのスイカを付けたくらいのサイズだ。
魔法少女モードの時は気にならない大きさだけれども、ハムスターたちからすれば確かにビックリしちゃう大きさかも。
『トモダチになりたいから、コレ、みんなにあげちゃいますね! ぷぷぷぷぷぷぷぷッ!!』
ちょっとだけ惜しい気もするけれども、頬袋からヒマワリの種を出して積み上げる。
このくらいなら、ここにいるみんなの頬袋いっぱいになるだろう。
『うわぁ!! スゴいごちそうだ!!』
『おいしそう!!』
『ちょうだい! ちょうだい!』
『ほんとうにハムスターだったんだ!』
『もっ、もっ、もっ!!』
みんなの警戒は解けて、それぞれが私の出した種を我先にと頬袋につめた。
こんなに喜んで貰えたら、私もとっても嬉しい。
『ねえ? まだ頬袋大きいけれども、まだタネがあるの?』
『そうだよ、この頬袋の中、全部ヒマワリの種です!』
エヘン! スゴいでしょ? 私の自慢の頬袋です!
『ウチら、まだトモダチたくさんいるの。 みんなにもちょうだい!』
『いいよ! どこにいるの?』
『里にいるよ、ついてきて!』
『こっちこっち!』
トモダチになったハムスターたちは走り出して私を先導してくれる。それを追って私も走り出した。
しばらく走ると、先ほどよりも地面がしっかり硬い場所になってきた。雑草も高くなり、私たちが姿を隠すにはとても都合が良い地形だ。
そして、ハムスターたちが先導した先には、地面に穴が空いた場所だった。
『ここが里の入り口だよ!』
『頬袋が大きいから入れないぞ!』
『みんなをよんでくるね!』
そうして何匹かが穴に入って行く。 この中はみんなの巣になっているのだろう。
しばらくすると穴からハムスターたちが出てきた。
『うわぁ!? 大きい! コレほんとうに頬袋?』
『ごちそういっぱいくれるの?』
『外からきたハムスターなの?』
『ようこそ!』
出てくる。まだまだ出てくる。
『ウチしってる! コレ、ヒマワリってタネだよ!!』
『アレに入ってるの?』
『あたらしいトモダチだって?』
『オトコのコ? オンナのコ?』
『なになに? なんでみんな出てるの?』
『わかんない!』
す、凄いいっぱい居た!!?
みんなあっちこっち動き回るし、数えきれないけれども⋯⋯たぶん100匹以上いる!!
こんなにいるなんて思わなかったけれども⋯⋯ようし!
『今からヒマワリの種を出しまーす! みんな仲良く持って行って下さいね!! ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷーーッ!!!!』
こうなったらもう大盤振る舞いだ!!
頬袋の中、全部出すつもりでいくよ!!
『ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷーーッ!!!!』
⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
は ん ぶ ん の こ っ た ! ! ! !
あれだけいたみんなの頬袋がヒマワリの種でパンパンになっているのに、私の頬袋の中身はまだ半分⋯⋯いや、6割は残っている
里の出入り口の穴をチラリと見る。
⋯⋯うん、むりだ。
里の中にも入ってみたかったけど、この頬袋の大きさじゃ絶対に通れない。
そうか私、いつも100匹⋯⋯いや、おそらく200匹分以上の種を貯め込んでいたんだ⋯⋯どおりでお姉ちゃんから怒られるワケです。
『おお⋯⋯なんと、コレほどのごちそうをお恵み下さるとは、里の者を代表して感謝致しますぞ』
ハムスターたちの中から、1匹のお婆ちゃんが私の前に出て来て感謝を伝えてくれた。
『ウチはこの里の長をしております。ババとでも呼んでくだされ』
そう言ってペコリと頭を下げるおババさん。まるで人間の挨拶みたいだ。
『私はキミコと言います。おババさん、こちらこそよろしくお願いします』
私もおじぎで返すと、おババさんが驚いた様子で私を見つめた。
『なんと、お主、『名付き』のハムスターなのかい?』
『ババ、なつきってなにー?』
横の若い子がおババさんに尋ねる。他のハムスターたちも『名付き』というものを知らなそうな様子だ。
『そうか⋯⋯そうさね。こんな古い話を知っているのはもうこのおババくらいなモンだよ』
おババさんは、よっこらしょと地面に座り、私やみんなに向かって語り始めた。
『この里はね、おババを産んだ親のまた親の、そのまた親たちが作ったんだけれどね⋯⋯そのころのハムスターたちは『名付き』という者たちだったんだよ。『名付き』ってのは、そこのキミコ殿みたいな、特別な呼び方を人間に貰ったハムスターたちのことさね』
『ババの親の親の親って、このおねえちゃん、ババよりも長生きなの!?』
『ヒエッヒエッヒエッ! それはどうかの? ババは3度の冬を越えたけれども、キミコ殿はどうかい?』
3度の冬って、このおババさん、3歳ってこと!? スゴい長生きなんだ!
『私は冬に産まれて、まだ次の冬を越えてません』
『そうかい? それじゃあ見た目どおりの若い娘さんだねぇ。 ソレで、話を戻すんだがね、『名付き』ってのは人間と共に過ごして、そして人間と別れたハムスターたちだったのさ。だからこのキミコ殿も、そういう辛い思いをしてこの里まで来たのかと思ったのさ』
『キミコは人間とはぐれたの?』
『キミコは人間からにげてきたの』
『私は人間と別れたハムスターじゃありません。この里には人間の⋯⋯お姉ちゃんから任されてるお仕事の途中で、たまたま来ました。お姉ちゃんとの約束の時間も近いから、そろそろ人間のお家に帰らないといけないんです』
『なんと⋯そうかい、キミコ殿はウチらのご先祖とも違う、ずいぶんと特別な『名付き』なんだねぇ⋯』
『よくわかんないけど、キミコはスゴいんだね!』
『そりゃそうだ! あんなにでっかい頬袋があるんだぞ!』
『カッコいいよね!』
『せくしーだぁ⋯⋯』
『⋯⋯いいなぁ』
『今日はみんなに会えてとっても嬉しかったです。 またヒマワリの種を持って遊びに来ても良いですか?』
『空袋でも良いよ、キミコ殿。 おぬしはもうこの里のトモダチさね』
『トモダチー!』
『キミコトモダチー!』
『けっこんしてー!』
おババさんをはじめ、この里のみんなに受け入れてもらえたようだ。
『みんなありがとう! また来ます!』
そうして、私は里のみんなに見送られながら帰路へついた。
今度は穴の中に入れる様に、頬袋の種を少なめにして来よう。
「お帰りキミコ〜。 ずっと畑の辺りに魔力感じてたけど、何かあったの〜?」
お家に帰ったら、カレーを食べてるお姉ちゃんが迎えてくれた。
時計を見ると、1時間を超えて、2時間近くが経過していた。 予定の倍ほどに時間が経っていた。
「あっ!? ご、ごめんな、さい⋯⋯」
「⋯⋯う〜ん。 人様の畑の作物をね、キミコが食い荒らしていたら、よ? コレは叱らなきゃ!! な〜んて思っていたんだけどね?」
そう言ったお姉ちゃんは立ち上がって私に歩み寄り、そして、ほっぺたをつついた。
「あんたが畑の作物をむさぼり食っていたらさ、コレもパンパンになっているハズだけどもね? 何だか逆に凹っこんでるじゃん」
怒らないのかな?
「まぁ、それなら私が叱る事も無いかな〜? ってね」
「あ、ありがとう、お姉ちゃん!」
ゆ、ゆるされました!!
「あ、それとさぁ、あの畑、あとその周りも駐車場にするらしいわよ。あんたのお気に入りだったのに、残念よね」
「⋯⋯⋯⋯え?」
お姉ちゃんが何気なく告げた言葉は、私がさっきまでいた、あのハムスターの里の消滅を意味していた。




